◇9話 愛のかたち(最終話)
そのころ、アザラシまんじゅうの星で1匹のアザラシまんじゅうが悲しげに鳴いた。
「クー。。。」
周りのアザラシまんじゅう達も鳴き始めた。
その声に反応したように、海から微笑みの女の子が上がってきた。
微笑みの女の子の姿を見るとアザラシまんじゅう達は落ち着いたように静かになった。
少し困ったような表情をした微笑みの女の子は空を見上げ、手を合わせた。
合わせた手を開けると手の中には、一本の注射器があった。
注射器の中には淡い桃色の液体が入っていた。
地球の地下深くから低い地鳴りが聞こえ始めた。
その地鳴りは、まるで重低音のあの鳴き声だった。
「クー、クー。。。キュー、キュー。。。」
この地鳴りを聞いた人間たちは、地球に浸透しているアザラシまんじゅうのことを思い出したのだった。
アザラシまんじゅうの与える一方の愛が、すべてを奪う憎しみとなった。
地面が揺れ始め、世界中で地割れが起こった。
巨大な津波、砂嵐、竜巻、洪水、あらゆる災害をアザラシまんじゅうは操り、人間達の築き上げた文明を容赦なくなぎ倒していった。
与えたものを一気に回収するかのように、今まさに地球を飲み込もうとその勢いは最大になった。
その時、黒雲渦巻く空に現れた巨大な手。
その手には注射器が握られていた。
注射器は地球に刺さり、淡い桃色の液体が注入されていった。
地震も嵐も止み、空は澄み渡り、津波や洪水も引いていった。
地球上は静寂の世界になった。
ビルが倒壊し廃墟となった街のいたるところから生き残った人間達が這い出してきた。
すべてが止まったかのように何も聞こえない。
次の瞬間、地球上から無数の白い光の糸が北の空に向かって伸びていった。
無数の光が一点にまとまると大気圏を通り抜け、宇宙空間に出た。
地球のすぐ外の宇宙には、地球を抱えられるほどに大きな微笑みの女の子がいた。
光は、微笑みの女の子の手のひらに乗るほどのアザラシまんじゅうになった。
「クークー」
とアザラシまんじゅうは、微笑みの女の子の手のひらに乗って鳴いた。
優しい笑みを浮かべて、微笑みの女の子はパクリとアザラシまんじゅうを食べた。
そして微笑みの女の子は、一点の光となって消えた。
地球からアザラシまんじゅうは除去され、人間達は救われた。
人間達は多くを失ったが、清浄化された地球が戻った。
この先の人間達は、アザラシまんじゅうが残した地球を保つことができるだろうか。
アザラシまんじゅうの星では、今日も微笑みの女の子とアザラシまんじゅう達の穏やかな、究極の愛に満ちた日々が続いている。