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「ハウス・オブ・X/パワーズ・オブ・X」 補足

PAGE 110-111
 モイラとデスティニーの価値観の違いがよくわからないという人は、ミュータントの部分を「黒人」「ユダヤ人」「LGBTQIA+」などに置き換えてみると少しわかりやすくなるかもしれない。デスティニーにとって「ミュータント(≒黒人、同性愛者)である」というのは、自らのプライドやアイデンティティの根幹に関わる重要なことである。一方、モイラは「ミュータントは治療すべき病気=遺伝子的な異常である」という立場をとっている。ミュータントの定義が根本的に異なるため、両者の間には妥協点など考えられないということになる。
 そしてこの対立は、「HoX/PoX」においてジョナサン・ヒックマンが行ったリブートの巧みさを示すものでもある。そもそも60年代に誕生したX-MENは、ミュータントという架空の異人類を通して現実世界の差別や偏見を描いたものだった。当時は女性や黒人に対する待遇差別が平然と行われ、同性愛者が精神障害とみなされていた時期である。それから半世紀以上が経った現代では、#MeTooやBlack Lives Matter運動の興隆によって、そうした差別は撤廃されつつある。しかし、60年代にも差別はあったし、現代でも根強い差別は依然として残っている。差別という「事実」は変わらない。変わったのは被差別者に対する社会の「意識」である。
 ヒックマンはモイラの設定を修正することによって(=モイラを“カミングアウト”させることによって)、これまでの「事実」を何一つ変えることなく、ミュータントに対する我々読者の「意識」を一変させている。これは現実世界の変化を反映させたものであり、極めてクレバーなやり方だと思う。伝統的なフィクションに現代的な視点を持ち込めば、必ずしもエンターテインメント性が増すわけではないが、本書の場合には成功していると言えるだろう。
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