善悪の判断をしない~あるがまま中道に生きる~
私たちは三次元世界の観念概念の中で暮らしていますので、善悪判断するのが当たり前の世の中に生きています。
この世界の善悪とは、悪魔支配層が人類を隷属させるための判断能力・善悪と言っても過言ではありません。
私たちは善悪判断することにより、三次元世界を固定化することに加担しているのです。またそのことに気づいている人は、ほんの一握りです。
では、善悪の判断をしないということはどういうことなのでしょうか?
ここではもう何度もお話しさせていただいています
*中道を心がけて
中道というのは善悪に偏らない生き方であり、善と悪の間の中立地点です。例えば茶道や華道・柔道・合気道などのように、独自の世界観と哲学のある思想でもあります。
私たちの宇宙ファミリーが暮らす高次元では善悪の判断はしません。
もちろん神と呼ばれる純粋なる宇宙エネルギーは最初から善悪の判断能力もありません。
善悪の判断をするのは、この次元世界独自の習慣です。
先日もお話しさせていただきましたが、起こることすべてが最善だと、あるがままを喜びで捉えることができれば、最善が持続し、すべてが最善となっていきます。
三次元世界で判断する不幸も、高次元的ではそれを不幸と認定されることはありません。なぜなら、三次元で不幸と感じ思うなら、どうしたら幸せになるかを人は模索していくようになるからです。
三次元世界とは物質と五感を使う体験の世界なのです。
私たちはこの物質と五感の世界で、長らく雁字搦めになっていましたが、いよいよこの次元レベルを超越する時がやって参りました。
そうです、善悪の判断を止めることが高次元へと移行することなのです。地球に生きながらも、高次元の層に所属することになります。
これからも、たくさんの出来事が世界で繰り広げられるでしょう。
その時に中道中立精神でいること。正義にも不正義にも偏ることなく。
たとえ悪い状況であっても、それは単なる通過地点であることを。公にされない大きなシフトがあることを。
私たちがいつもどんな時も、あるがままの最善であることを願って。
あるがままで