『源氏物語』宇治十帖の主人公薫は、
若いときには理解できない人物でした。
自分の出生に悩み、
この世の栄達にも女性にも無関心。
この世を楽しむ匂宮とは正反対であり、
また宮の自由闊達な明るさにも憧れている。
そんな薫が、
うまれて初めて、自分と同じ魂を持つ大君と出会う。
この人と一緒になりたい。
そのために出家せず悩みを一人抱え生きてきたのだ。
しかし、生来病弱の大君は亡くなってしまう。
そこからの薫の迷走ぶりがあまりに痛々しい。
まず大君の妹で、自分が匂宮をけしかけ既成事実を作ってまで結婚させた中君に言い寄る。
あと一歩というところで、中君の妊娠がわかり、思い留まる。
困り果てた中君が、異母妹の浮舟を紹介すると、大君の面影を求めてすぐそちらに夢中になる。
しかし、正式な妻に遇することもせず、宇治に置き去りにする。
そしてまた今上帝の女二宮の降嫁も強く拒絶することなく、妻に迎える。
浮舟が死ぬと(実際は生きていた)、
もう心のたががはずれたかで、
今上帝の女一宮(妻女二宮の異母姉で、匂宮の同母姉。高貴すぎて生涯独身)に懸想し、
女二宮に女一宮の真似をさせたり、
慰みと女一宮に近づくため、おつきの女房たち(それなりに高貴で美人)を愛人にしていく。
ここまで人が変わるものなのか。
自分の力ではどうしようもない不幸とくに恋愛は、
その人のあり方までも変えてしまう。
光源氏もだろうし、
二条后の藤原高子もそうだろう。
私は今も昔も薫かもしれない。
匂宮に憧れはしても、
それは自分ではない。
ただ、愛する人たちを、
男でも女でも、
精一杯ひとりでも多く愛し、幸せにしたいという思いしかない。