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マシンガントークのおもいつき☆雑記☆

あまりに早口らしく、人はマシンガントークと、私のことを呼びます。福祉、教育・医療支援、をキーワードに思いついたことを…。

帰国したら、師範も帰国、わーん(>_<)

2007-08-02 02:02:02 | Weblog
帰国してまっさきにしたこと。
空手仲間への連絡。
折り返し、みんな一斉にメールくれる。

彼らは私の一生の仲間

空手仲間以外にも、大切な人生の仲間達。

デンマークからは、Mr.Yが電話くれた。
彼は、いつもデンマーク滞在を勧めてくれる。
デンマークでゆっくりすること、デンマークで勉強することを奨励してくれる。
彼の笑顔を見ると、いのちが吹き込まれたような気がするのは、なぜ。

多芸多才の親方、F氏からさっそく呼び出し。
彼は日本人のくせに、海外在住期間のほうが長いというツワモノ。
彼の強い要望により、
なぜかタイ土産ではなく、
スカンジナビア半島特産ジャガイモ焼酎をひっさげて遊びに行く。

昔、私の裁判で、重要な証言をして私を勝訴に導いてくれた
賭博の親方が電話してくれる。
「早くおいで!いいものやるから」とまるでアメ玉をエサに
幼稚園生を呼びつけるみたいに 電話してくれる。
日本に帰国するたびに私に魚を食べさせるのだ。
それも、小魚ばかり。めざし、ちりめんじゃこ。
彼はもう70近く、持病があるのに、頑張って健康管理している。
彼の健康への気遣い、努力は並々ならぬもので参考になる。
彼の持論は、小魚さえ食べておけば、健康、というもの。

子どもの頃通ったカトリック修道会の
学校の所属のカメラマンからの電話。
当時の私の担任だったシスターからの電話。

私はほんとうに人に恵まれていると思う。


弁護士会への連絡はあとで。
大学への出勤なんて、いちばん後回し。
格闘技の練習会行かなくては。

Kさん、Sさん、「今夜、打撃やっか?」なんて誘ってくれる。
柔術、柔道よりも、私が打撃が好きなのを彼らはよく知っている。
彼らはほんとうは柔術をやりたいのに、私の打撃好みに合わせてくれる。

一時帰国にすぎないのだが、ご挨拶のために、テコンドー会本部にも顔を出す。
韓国人師範テコンドー六段はどうしてる?

・・・いない。
知らない若い初段がハイキックを教えていた。

六段師範は、開催中のテコンドー競技会に出場すべく長野県にいます、とのこと。
なんだ、と思っていたら
そのあと、思わぬ事を聞いてしまった。
テコンドー六段師範は、8月9日夜から彼は韓国に帰国します、とのこと

Oh,my God!
自分が帰国したと思ったら、師範も帰国。
彼が韓国に帰国するまで、
あとちょうど一週間しかない。
この一週間で、練習日を合わせて、一回でも多く顔を合わせられるよう
工作、いや、調整しよう。


一時帰国!のち、カンボジア(^^)

2007-07-31 19:56:21 | Weblog
パスポート残存期間にひっかかったのと、
日本で係争中の民事裁判について、相手方弁護団からの
連絡を受けたのとで、一時帰国。
久しぶりの日本。短い滞在。
道もビルもきれい。どこもかしこも、衛生的でピカピカ。
手入れも行き届いている。
「日本」というと、思い浮かべる言葉は、「勤勉」と「和」のふたつ。
勤勉で真面目な国民性だからこそ、ここまでの先進国に発展できたのだろう。
ただ、文化とか風土に、いつまでたっても、なじめないところがある。
和を尊ぶのは、逆に個を黙殺することも視野に入っているということ。
日本に帰国したとたん、逼塞した感じを受けるのは、なぜ。

次のカンボジア渡航までに、
片付けなくてはならないことが山積している。
まずは、パスポート申請のやり直し!
領事館に申請して査証を早くとらなくては。

8月から再度渡航の予定。
今度は、カンボジアだ。
なつかしい子どもたちにも会える。
お世話になったシスターが、Komportの僻地に入ってしまった。
水、電気、ガスもないところ。ファックスなんてない。
Phnom Penhから南下して、5時間のところ。
どうやって、連絡をとればいいのだろう。
不衛生な土地で、病気・怪我してないかな。
まず、シスターへの連絡方法を考えねば。
シェムリアップの修道会を訪ねよう。

ポルポトbase 最後の拠点と言われる、Commune-Malay
に入り、最後はPhnom Penh。
今回は、国際協力の大学教員や、郡長が関わってくるので
結構、academicな訪問となりそう。
ということは、
それなりに、沿革、ODA、政策提言について勉強していかねばならない。
シンポジウムも予定されている。
結構アタマを使う旅になりそう。

いよいよこのまま、日本脱出しようかと思う。


スワンナプーム国際空港とタンソンニャット空港

2007-07-27 01:53:16 | Weblog
ベトナムとタイの、
ネットワークの接続環境について、気になったこと。

国際空港のネットワークインフラがよく分からない。

ベトナムの国際空港、タンソンニャットでは、
なぜか、フリーの無線LANを拾ってしまい、
それで充分日本とアクセスできた。
LinkSysQTというアクセスポイントらしい。

ところが、
タイの新国際空港スワンナプームでは、無線がひっかからない。
business corner のパソコンを使わせて貰う。
このスワンナプーム空港、実に近代的な空港。
日本の関空、顔負けだと思う。
近未来的内装になっている。
天井は、一見すると、シャンデリアかと見まがうほどのきらめき。
ガラスや光を屈折するプラスティックを使っているのだと思うけど。
その白い光のなかを、インディアン空港のサリー姿、
ベトナムのアオザイ姿の
cabin attendant が、色とりどりに優雅に裾をさばきながら
歩いていく。
思わず、見とれるほど、きれいなattendant。
それだけで、絵になる。
美人じゃないと、客室乗務員になれないのは、各国共通基準なのだろうか。
この分野は転職できないな。

スワンナプームは、広すぎて、各カウンターがひとめで
わかりにくい。
この空港だけを見れば、タイは先進国だ。

スワンナプームと比べて、
タンソンニャットは、
小さくて簡素な造りのわかりやすい空港。
出入国審査も、トランジットもトランスファーも
どこにget line すればいいかが、一目瞭然というわかりやすいフロア。

ちっぽけな、タンソンニャットのほうが、ネットインフラがいいのはどういうわけ?

ベトナムは、ネットカフェが乱立。
こういう点は、カンボジアと一緒。

ネット接続を常時確保しなくては!
パソコンの接続がうまくいかない。
どうしよう。

デンマークにいるときも、連絡が取れないと言って怒られてるもんな。

デンマーク行きっぱなしで、何してる!って。
あーあ、二度と日本に帰りたくない。
よく考えたら、私の人生、日本にいたのは、ちょうど半分くらい。
あとは、出たり入ったり。
日本とよほど相性が悪いのか。

南方民族の遺伝子!

2007-07-25 10:41:42 | Weblog
熱帯に来ると血が騒ぐ。
きっと私の中には、ポリネシアン、ミクロシアンの
南方民族の遺伝子が組み込まれているに違いない。

a temperature of 43 degree!
とあるビルに入ったときの館内放送。
外気温は43度!


ぎらぎらと灼熱の太陽。
人々の喧噪と砂埃。
照りつける日差しに目を細めながら、
熱帯の空気を吸い込む。
あーっ、生き返った気持ち。

南西アジアの中でも、タイは先進国だ。
ベトナムとはどうも違う。
何というか、余裕があるかな。
洗練されている感じ。
独立主権国家としての歴史を持っているせいか。
外務省からの滞在注意情報が発令されたため、
首都をうろうろしている。
今回は、観光というより屋台をあさっている。

今回は、日本からの連絡が多すぎる。
携帯はなる、メールはいっぱい入ってくる。
どうも日本国内にいるのと変わらない感じ。
学生からメールが入ってくる
「先生、どこにいるの?」

今度渡航するときには、携帯持って行かないぞ
時差もたった2時間違いなので、日本から遠慮なく
どんどん連絡が入ってくる。
この携帯、むこうは、すぐつながるものだから、
タイといっても信じない。
「タイ?うそ~っ、明日会える?」みたいな感じ。
母校の仲間からの連絡。
8月は、やはり、再度渡航だ。
母校の国際法の先生からお電話を頂いた。
一緒に渡航することに決まった。
「現地でお食事しましょう」
恩師なので、緊張するなぁ。
熱帯だけどドレスアップ頑張ろうかしら。

食べ物だけは、おいしくて、あれこれ食べている。
屋台の刀麺が、すごくおいしい。
あと、トムヤムクン、グリーンカレー。
トロピカルフルーツに、ショウロンパオのデザート
うすいチャパティみたいな皮に野菜をきざんで
くるくる巻いて、焼いた物、タイ語がいまひとつわからない。
これが気に入って、ホテルの朝食食べないで
屋台に出かけていく。
ナンプルーとパクチの強烈な香り。
あーっ、好きだなぁ。
もう二度と日本に帰りたくない気持ち。


せっかくタイに来ても、
今回は日本を引きずってきている。
いろんな連絡ごと。
理屈で説明できないこと。
帰国してすぐ立ち向かわなければならない面倒なこと。
気に入らない、居丈高でえらそうな相手方。
よく考えると私の人生、闘ってばかり。
時間と労力とお金をかけまくって、闘った割には
結末がいつもショボい。

上司に言われたことば
「あなたはもっと、女性としてもっと楽な生き方、
可愛く生きる道があったろうに」
気の毒そうな顔をして言われてしまった。

余計なお世話!フン。
かわいくなくて悪かったな。
私は私、これが私。
いまさら代えられないし変えられない。

日本でのことが、ずっとまつわりついて離れない。
熱帯に来るとてきめんに元気になる私だが、
今回は、日本での日々を持ってきたので、珍しく
意気消沈。
疲れてぼーっとしていたら、
なんと、この状況を見抜いたかのごとく
師範からメールが来た。
この師範、千里眼の持ち主なのかというくらい、
私の状況をよく見てくれる。
人が困っているとき、疲れているときに限って
これ以上ないという絶妙のタイミングで連絡してくれて、
何気なく、食事したり、お喋りしたりしてくれて、
少しの時間を共有してくれる。
一緒に何気なくお喋りした、というそれだけのことで、
気がつくと元気と勇気がわいてきて、
もうちょっと頑張ろうと言う気になれる不思議な人。
彼は、母親に早く死なれ、家族に重度心身障害者を抱えながら、
生活の不如意に堪え過酷な人生を生きてきて、
いろんな経験をしているから 重みが違う。

見た目は、ごっついのだが、ナイーヴで癒し系のひと。
彼の笑顔を見ると元気になれる、という
やさしい笑い方をするひとだ。

師範がなつかしくて
こちらから電話かけなおした。
あれこれと愚痴をこぼしてしまった。
彼はなにも言わず、ただ
「そちらは星が見えますか」とひとこと。
いわれて、はじめて、しみじみと夜空を見上げてしまった。
日本にいても、タイに来ても、
じーっと星空をながめるってことないもんな。
だいたい、日本では星が見えない。

「南十字星がみえるはず。その星の光、
今あなたの目に見えてるまでに
何万光年と時間を経て、いまその光を見ているんですよ。
いまはその光が届いて見えているけど、もしかしたら、
いまごろその星は消滅しているかもしれないなぁ」
なーんて、小学校の理科みたいな会話なのだけど、ずいぶん
落ち着いた。
彼は、私の父親役みたい。
お年もあるし、長く人生を生きてきた人ならではの
やさしさ。
苦労が多かっただけに余計に優しくなったみたいな
感じの人。
日本との時差を考えてもこちらの時間で夜中の2時まで
ずっと話してしまった。

お互いあと20年若かったら、
師範にアタックするのだけどなーぁ。
残念なことに年齢差がありすぎ。

急に日本に帰りたくなった。
いつも海外に出るたびに、もう日本には帰るのいやだとおもうのだけど。
日本に帰ったら、また師範に怒鳴られて稽古つけてもらおう。

師範に会いに日本にかえろーっと!

ベトナム足止め!デング熱騒ぎ

2007-07-20 16:36:03 | Weblog
某県弁護士会副会長先生のお声掛かりで
弁護士の先生方とタイへ医療・教育視察旅行に行くことになった。
6月末からデンマークも授業なし!


タイ直行便がとれず、ベトナムでトランジット。
なんと、思いがけず、
ここで、足止めをくっている。

日本国外務省からタイ渡航情報危険情報発出が出ており、
私たちの入る予定のタイ・ナラティワート県は、
デング熱感染地域なので、「滞在延期勧告地域」である。

バンコクは観光地でもあり、
「充分注意して滞在」可能と指定されているが
一番主要な訪問目的地である、ナラティワート県
に、うまく入れるか、危うくなってきた。
ここで、エイズ病院とエイズ罹患の子どもたちの教育支援
の活動を勉強に行くのだ。

デング熱の猛威については、
新聞では見ていたが、
日本の情報と南西アジアとでは温度差が違う。

デング熱感染で、ぴりぴりしている感じ。
「タイ・カンボジアでのデング熱の猛威について」なんて
張り紙がしてあるくらい。

昨年は、鳥インフルエンザだった。

昨年、カンボジアからの帰り、
同行者が蚊に刺された後が目立つから、という理由で
「カンボジア帰りの日本人」として、関西空港検疫所で
2時間入国を待たされたことを思い出す。
半袖・ランニング姿のその男性は肩から背中にかけて、
7カ所蚊に刺されたあとが、赤く腫れており、目立ったのだ。
私たちの渡航したカンボジア、トンレサップ湖は、
マラリア蚊汚染地域で有名とのことで、よけいに事情聴取された。

デンマークから成田に入るときには、検疫は何も言わないのに、
カンボジアというと、帰国便の中からすでにイエローカードが
配布されて、検疫チェックされる。

今回は、このデング熱騒ぎで、タイに入れたとしても
帰りがたいへんそう。


昨年、カンボジア渡航の際、同じく経由した
ホーチミン空港で、ぼんやり、3ドルのフォーを食べて
時間を過ごしている。
この風景、去年とまったく同じではないか。
タイムマシンに乗って一年逆戻りしたみたい・・・。

このベトナムフォー。本場の平打ち麺。
実においしいのだが、空港special priceで
3USドルというのは、えらく高い値段だ。
私たち外国人向け、プライスなのだな。

今回も渡航を見込んで、
空手仲間が忙しいのに、食事会をしてくれた。
いつもそう。
何かあるたびに、ちょっとした心使いをしてくれる。

デンマーク渡航のときには、あんことレトルトぜんざい、
粉汁粉をどっさり差し入れてくれた。
今回は、蚊よけスプレー、に腕に巻くタイプの電子蚊取り。

師範たち、好きだなぁ。
みんな、私利私欲なく、そのままの自分でつきあえる。

「おーい」と呼ばれ、私のことは女性と見てもらえないのが
ちょっと不満だが、みんな大好き。
特に8段師範は、私たちの父親代わり。
普段は愛想ないのだけど、何かあると、黙って
実に胸に迫る心使いをしてくれる。
先輩たちもそう。
いつもと変わらず、渡航の際には送り出してくれ、
帰国したら、まるで空白の時間がなかったかのように
普通に接してくれる。
空手仲間は、私の実家・家族みたいなもの。
いつでも出かけ、いつでも戻れて、受け入れてくれる。

今回の渡航は、昨年と比べたら、軽装備。
Tシャツも短パンもタオルも何もかも現地で調達しよう。

私の荷物はノートパソコンだけにしよう。
中には、仕事道具一式がデータとして詰まっている。
加えて、日本のお花も入れてある。
この花はデータなので、腐る心配もない。私の分身。
ブーゲンビリアにも劣らない、日本の花にしては、珍しい
派手な花。花ザクロという種類。色がすばらしくて、一目惚れしてしまった。
解説書には、「赤に近い朱色」が特徴の花、と書いてある。
ここが気に入った(^_-)
お守り代わり


4年生は、最終授業で言いましたが、
私は渡航して、10月まで連絡はメールになります。
卒論進捗状況を逐一報告してください!

日本には、タイのあと、4日間だけですが、一時帰国します。



保護法益

2006-12-30 22:55:27 | Weblog
弁護団会議が対立している。
3年越しの損害賠償請求事件が
ようやく結末が見えてこようとしている。
このまま判決を貰ったほうがいいのか、
和解に持ち込んだほうが、実害は少ないか。

悪徳業者相手の裁判だが、
係争中の弁護団会議の段階から、
同じ弁護団内部でも意見が対立して基本方針が定まらない。
立証不足もあり、
和解に持ち込んだほうが実質勝訴であるとする
県弁護士会の先生に説得されて悩むところ。

この一ヶ月間、この裁判の闘い方をめぐる会議、
打ち合わせ、証拠固め、陳述書作成で明け暮れてしまった。
海外にいるのは、言い訳にならない、
早く訴訟方針を固めよと迫られている。
どうしたものか・・・。
白黒追及せずに、灰色で手を握るというのが
いちばん私の苦手とするところ。

常に裁判を抱えているが、
私の意向はいつも単純・シンプルだ。
一撃必殺が私のモットー。
どかんとデカい攻撃をお見舞いして、先制する。
初回の攻撃で目処がついたらもうけもの。

今回は、
加害者が明白に特定されているにもかかわらず、
状況証拠に終始してしまった。
決め手の直接証拠が足りない。
毎回、
訴訟で実感するのが、人は裏切る、
人は信用ならないってこと。

今回も確実性の高い証言者と
当て込んでいた証人に逃げられてしまった。
彼は医師である。
あれほど社会正義のために一緒に闘う、
証言すると約束したのに。
いざ、自分が矢表に立つとなると、
なんだかんだと理屈をつけて
知らぬ存ぜぬを決め込む奴らばかり。
えてしてこういう卑怯者は社会階層の高い、
地位のある男性に多い。
私の経験から。医師、大学教授、議員、弁護士だってそう。
敗訴予見のある事件なんて誰も着手しない。

私の裁判で、
気持ちいいくらい明晰な理論と話振りで、
堂々と証言してくれ、
裁判官の心証を上げ、
勝訴に導いてくれたのは、
元花札師というヤクザ上がりの男性だった。
彼とはいまだに父親代わりとして付き合いがある。
私の人生で出会った最高の正義漢だ。
彼いわく、人生の裏街道を歩き過ぎたからこそ、
何がきれいで、何が本物かよくわかる、と。
泥にまみれると光る石がよく見えるのだそう。

昨年来、
デンマーク滞在中からネットを介して、
WEB会議続けて戦い続けた結果が和解なんて!!
―承服できない。

和解したとて、判決から出してもらう賠償金額と、
実質、損害回復金は同じ。
ならば、判決出させて堂々と受ければいいではないか!
信頼している県弁護士会、
学会の長年の先輩の先生方からは、和解を説得されている。
和解も、灰色の判決も同じ。
もらったって、被害回復にはならない。

法は説得学の学問である。
自分もしょっちゅう、そう授業している。
しかし頭で理解しても、ハラで承服できない。

裁判に関わるたびに思う。
時間と金がかかるのはもちろんだが、
実はもっとかかるものがある。
闘い抜ける気力とエネルギーだ。

それだけのものを費やして被害回復はなされるのか。
私の経験からは否である。

法ってなんだろう。
人は法で救われるのか。
ずっと、法律に関わって、
まだそんなこと言ってんのか、
あなたは法律家として失格です、と
弁護士で活躍中の先輩に言われてしまった。

悩み多い日々。

なつかし。カンボジアの味!

2006-11-16 21:18:04 | Weblog
友人に勧められて
「亜細亜市場」にかよいづめ。
にんにく、ピリ辛、魚醤の匂いでいっぱい。
デンマーク。
アンデルセン生誕の地、オーデンセ市は、ベトナム人が多い。
デンマークで、なつかしいアジアの味に会えるなんて。

なつかしいカンボジア・ベトナム・タイの味に出会える。
パクチーはもちろん、
日本ではお目にかかるのはむずかしいウォーターグラス
とよばれるカンボジアのクメール鍋にはかかせない菜っ葉も
きちんと入っている。
元町の南京町に行っても、入手できないのに
この店はどうやって、これらの南西アジア特有の野菜を
仕入れるのだろう。ふしぎ。

クゥイティオという独特の平麺のはいったエスニック風の
汁麺も、シェムリアップのプッサルーで食べた味と
まったく同じ。

マンゴーだけははずれ。
ココナッツミルクもタイ風で、これも私はパス。

鶏肉の炒め物も、トンレサップで食べた
ローストチキンを思い出す。

なつかしいなー。

やっぱり、私の遺伝子には南方民族の血が入っているのかも。
どうも
ベトナム、カンボジア、タイの料理と言われると弱い。
すぐ駆けつけて味見せずにはいられない。

昨年カンボジアに行ったにもかかわらず、
すぐ、カンボジアの味が恋しくなります。

あー、おなかすいた。。。



ブログ再開!

2005-01-09 13:47:42 | Weblog
しばらくブログをサボっていました。

パソコンに向かうと、関節のふしぶしが痛むので、
体調が戻るまで、パソコン厳禁状態でした。
パソコンがないと生きられない、生活できないと思っていたのに、
いざパソコンを取り上げられると、案外、なしでもやっていける。
ほんの十年前までは、パソコンにかじりつく生活なんて
なかったのだから。
人間って、すぐ「慣れる」のだな、と思う。

久しぶりに卒業生が私の研究室に訪ねてくれたのだが、
先生、もうmixiやめちゃったの?と言われてしまった。
もとは、学生とのコミュニケーションのために、
勧められてはじめたmixi。

mixiも、 gooも、頑張って書かなきゃ!
気合いの入れ直し!

ここ数年、大学閉講期は海外に出てしまう生活。
大学繁忙期に授業に追われると
ついつい、ブログが手薄になってしまう・・・。反省。

このままでは、せっかくのブログ仲間のつながりが切れてしまうぞ。
いつも励ましてくれていた仲間との交流は大事にしなくては。


明日からひさしぶりに大学に出る。

実習に出ていた学生達が戻ってくる。
教育実習、介護実習、施設実習、学外から飛び出て
あちこちで研鑽を積んできた学生達が戻ってくる。
頑張って授業しなくちゃ!

通常授業のほかに、補講、集中講義など目白押し。
明日はさっそく、
他大学出張に講演会。
ある自治体の依頼をうけ、
福祉施設増設に関する自治体の福祉施策について
講演しなくてはならない。
福祉の最前線現場での、分権化要求の具体的な事例報告
もしなくてはならない。
明日からは、超多忙。自宅に帰るヒマがあるかしらん。

いままで、のんびり出来たけど、いよいよ
明日から本務復帰!

誰かパワーください!

「ブランド買い」と社会福祉活動

2005-01-01 06:12:03 | Weblog

年頭所感。

-今年は、自分のために時間を使おうということ。
書きたいもの、テーマもずっと温めたまま。

追われ続けて、季節も実感できないまま、知らぬ間に時間が過ぎてしまった。

ただ昨年は、
時間の過ぎる早さと同時に人との出会いの多さに
びっくりした一年でもあった。
次から次へと、いろんな人に出会った。

まったく、
自分の来し方を振り返ると私ほど、
多くの出会いがあった人間はいないのではないか、
と思うほど不思議なご縁で、
普通の生活ではかなうべくもない多くの出会いがあった。
これも裁判や相談を受ける仕事ならではの恩恵か。

議員、中央省庁の高級官僚、弁護士、大学教員、医師、
医局長夫人から極道上がりの花札師・
援交で稼ぐ女性・日雇いの男性・霊媒師に至るまで。
ありとあらゆる社会階層の人と出会ってきた。
霊媒師には、参った。
私はあの今はやりのスピリチュアルなんとか、
生まれ変わり何とか、というのが
とても苦手なのに。
某有名新聞記者から紹介されたその霊媒師は、
私しか知り得ないあれこれをすべて的確に言い当てて、
いつの間に調べたのだろうという感じ。
調べられるわけがない。すでに逝去した恩師の口癖と嗜好まで
言い当てられて、私はいまカルチャーショックだ。
(得たいのしれない経験はこれは、無視するに限る)


私の経験から言えることは、
本当に困っているときに手を差し伸べるのは
弁護士でなくて、
実際に困窮した経験をもつ貧者だということ。

カンボジア基金の設立だって、実際に拠出してくれたのは
母子家庭の母であり、保護受給者だった。
不思議なことに頼りにしていた整形外科医、
人権擁護派で売っている弁護士は知らん顔だった。
医局長婦人も某一流企業の部長夫人もブランド品は買っても
福祉活動にはびた一文出さなかった。
とても印象的だった。

まったく学歴と社会的地位と人間の品格は比例しないな。






教え子が教壇に!授業参観

2004-11-23 23:51:31 | Weblog
久しぶりに4年生が、教育実習からかえってきたので
卒論ゼミが開講できた。

教え子が、教壇に立って、授業している姿は、
胸に迫る。
ここまで大きくなったか、という感慨。
一年生で入学してきたときと、断然違い、堂々と教壇にたって
授業している姿は、じーんとしてしまう。
私が信じているのが、教育とは、希望を伝えるもの、ということ。
人生を切り開く鍵は、「学ぶ思い」「学ぶ力」だと、実感している。
教育とは、教え子を評価するのでも、決め付けるのでもなく、希望を語っていくことだと信じている。

学生と教室で再会できるのは幸せなことだと思う。