年頭所感。
-今年は、自分のために時間を使おうということ。
書きたいもの、テーマもずっと温めたまま。
追われ続けて、季節も実感できないまま、知らぬ間に時間が過ぎてしまった。
ただ昨年は、
時間の過ぎる早さと同時に人との出会いの多さに
びっくりした一年でもあった。
次から次へと、いろんな人に出会った。
まったく、
自分の来し方を振り返ると私ほど、
多くの出会いがあった人間はいないのではないか、
と思うほど不思議なご縁で、
普通の生活ではかなうべくもない多くの出会いがあった。
これも裁判や相談を受ける仕事ならではの恩恵か。
議員、中央省庁の高級官僚、弁護士、大学教員、医師、
医局長夫人から極道上がりの花札師・
援交で稼ぐ女性・日雇いの男性・霊媒師に至るまで。
ありとあらゆる社会階層の人と出会ってきた。
霊媒師には、参った。
私はあの今はやりのスピリチュアルなんとか、
生まれ変わり何とか、というのが
とても苦手なのに。
某有名新聞記者から紹介されたその霊媒師は、
私しか知り得ないあれこれをすべて的確に言い当てて、
いつの間に調べたのだろうという感じ。
調べられるわけがない。すでに逝去した恩師の口癖と嗜好まで
言い当てられて、私はいまカルチャーショックだ。
(得たいのしれない経験はこれは、無視するに限る)
私の経験から言えることは、
本当に困っているときに手を差し伸べるのは
弁護士でなくて、
実際に困窮した経験をもつ貧者だということ。
カンボジア基金の設立だって、実際に拠出してくれたのは
母子家庭の母であり、保護受給者だった。
不思議なことに頼りにしていた整形外科医、
人権擁護派で売っている弁護士は知らん顔だった。
医局長婦人も某一流企業の部長夫人もブランド品は買っても
福祉活動にはびた一文出さなかった。
とても印象的だった。
まったく学歴と社会的地位と人間の品格は比例しないな。