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厚皮饅頭

答えはいつも椰子の実の中

極私的ヒッパレー

2012-12-27 09:58:29 | Weblog
「どんな人生がー」って歌詞の歌あったよなー。て思ってて検索かけたら・・・今はほんま便利な世の中ですな。積年疑問符だった、「巨大なものは悪である」も直ぐに雲散ミッシェルしてもたし。そやそや、マットーヤユミの曲の椎名林檎カバーバージョンで知ってるんや。あのCDも気に入ってたのにどっか逝ってもたな。そうそう、今年最大のお気に入りでヤフオクでチョッと値入れ失敗してあんまり安ぅでわ買えんかったnadjaⅡも車で聴いたり家で聴いたりしてる間にどっか逝ってもた。嗚呼、愛するモンってどっか逝って舞うもんなんかもなぁ。初恋の人やら思いっきり熱揚げた人は今出雲屋?まあ、そんな熱い相手と一緒に為ったら火傷してまうもんかも・・・まぁ違う意味で熱いバトル(冷たい戦争?狂えるウォー\(・o・)/!?)繰り広げてますけんど。アア「愛するって怖い」((((;゜Д゜))))ブルブル震えるWAR。
てなわけで今朝のヒットパレードは、椎名林檎「翳りゆく部屋」ジュンとネネ「愛するってこわい」沢田研二「愛の逃亡者」に決定!
それでは皆さんどうぞ!

思い出重いでー

2012-12-24 08:13:21 | Weblog
同級生K君はそんな風にその店の人と仲良くしてたけど、ほぼ同じ回数通ってたボクはついぞ仲良くされること無かったですねー。きっとそんなキャラなんやなはは(≧∇≦)はは(´;ω;`)はは(>_<)

そういや我が実家近くのロック喫茶へも、それこそ皆勤賞で通ってたけど(家の居心地が悪かったのでしょうか?)そこの店の人に「お前、リクエストかけたるさかいチョロチョロすな!(`_´)」て言われたものなぁ(遠くを見る目の顔文字)

そうそう、ずーっと昔、小学校低学年のときにはS井君に名指しで作文読まれた。「僕は〇〇君が嫌いです」ってねぇ。
そんなん言われながらも、こんなとこで抜け抜けと書き(“ヌキヌキとカキ”ってカタカナ表記でもいいなと思うのは思考的自慰行為でもあるだろうとも思うから)つづけてるってのは、鈍感か不感症か面の皮厚いねんやろねぇ・・・。

「憎まれっ子世の憚り」言うてねぇ。

“憚り”て辞書調べたら“便所”て書いてあるなぁ。ほな、俺って人間便器?いやあ、そんなんまるで放〇ショーやーん!マニアック、まるでかつてのハプニング芸術、具体の世界でんなー(^0^)/

また、話逸れた。逸れたらこぼすっ中年ッ!おじいちゃ~ん。

抱きしめたいⅡ

2012-12-23 05:27:07 | Weblog
煙草を一服して君のことを想えないのは、そんな君が居ないってのもあるけど(まあ、喩え居たとしてもこんな公共の伝播つこて書けまへんがね)煙草が吸えない健全な肉体を手に入れたってことのほうが大きい。でも、吸いたくなれば少しは吸えて、幸いにもそれ以上吸うという常習者ではない、という折衷主義的修正主義的、ある意味ゼゼシシ(あ!これ是々非々のつもりどすえ)理想的で、罪を犯すことなく生きてる、ってことかな?あ!喫煙って違法じゃないんだ。身体に悪くて常習性有れば麻薬みたいなもんやのにこれは合法って不可思議旋盤。そうそう、どうして快感催す麻薬って常習性有るんやろ?そういうの無ければ一度試してみたい好奇心。常習性って言えば若かりし頃のナニもそうですわなー(男だけや思いますけど)勿論不自由してない輩も世の中には居るんだろうけど、アテラは不自由しまくりケツまくりやったし、常習性でしたなあ゜(゜´Д`゜)゜てな、シーンが「初恋地獄篇(レコードの)」にも出て来よります。嗚呼これもCDで持ちたい一枚。
この文章ほんまは、煙草を吸いたい気持ちを文章化したいっていう僕は、吸えないから書こうとしてる、こういうのは恋に似てるなあ。これって「喫煙」じゃなくて「喫恋」って言えるかも?って内容する筈やったのに、すっかり底抜け脱線ゲームして、全然そんな内容じゃ無いよう。
それと、書く中で修正とか是々非々って書いてたら共産党と公明党が頭の中に浮かんできてしまった。
じゃあ、股(o・・o)/~さよならさよならさよなら・・・三回廻ってワン!(犬の顔文字って無いね)

抱きしめたい

2012-12-21 08:42:22 | Weblog
実は今煙草が吸いたい。それは、何故かと言うに、脳内に思考を拡散させたいので、その為に部屋中に拡散する煙草の煙眺めてみたい、って言う気持ち。理想は自分の思考を、思考の排泄物を部屋中にブチまけられればそれが理想。つまり、秩序正しいカンディンスキーや筆を弄ばすザオ・ウーキーやインクぶちまけるサム・フランシス、はたまた身体の一部に硫酸かけて融かしてしまうフランシス・ベーコンの絵みたいに・・・。て書いてきて、そうそうハチャメチャな絵(所謂抽象っての)は受け入れられるけど、シュールな詩てのはなかなか受け入れられないなあ。言葉って論理的でないと言葉の体裁為さないからかも?ってことは、絵ってのは音楽と文学の境界線にあるものなのかもしれないねえ。じゃ、煙草さっさと吸え!てな話ですけど、残念ながら吸うとしんどく為るんですなぁ、これが(´;ω;`)そんな綺麗な体になっちまったの、ハタチ・・・じゃなかった25歳、いやいや結婚してたかもしれないから30過ぎかも?一日3本も吸えばしんどくなる。一日二本までが限界。だから煙草が身体に悪いってのは実感してる。なんせ、吸ったら身体の隅々まで毒素回ってる感覚になるもの。でもね、思うんだけど、この歌詞にもあるように、煙草を一服して彼女のこと(まあそういうときは彼女以前であったり未彼女であったりしてて結局成就しない異性が射的対象であったけれども)で、今みたいに喫煙が灰汁の源みたいに世論で罵詈雑言浴びせられるバッシングされてるこんな世の中じゃ彼女のことを思うことも出来なくなってる?そんな統計取られることもないだろうけど、そんなことも思う。たしかに百害あって一里梨なんかもしれんし、吸わない周りのひとには大迷惑かもしれないけど、健全な社会にドンドン為ってる割には右肩上がりで自殺者は増えてる訳で、これもまた因果関係調べる人なんかいない思うけど、どうも健全っていうハッキリした真っ黒な太い線引きして囲い込みしてしまうことによって、其処からはみだしてしまったり、その水面に浮き上がれない底に沈む人は、健全という明快なカテゴライズ硬直杓子定規レッテル貼りが重すぎて浮き上がれなく為ってる、正しいと正しくないの境目にこそもしかしたら生きる場所あるのかもしれないのに。大昔のイノダ本店旧館のサンルームにゃタバコの煙が朝陽に照らされて綺麗やったなあ。まあ、体には悪かった思うけど。ところで、そんなに健康で長生きばっかりしたって仕方ないような気もするけどねえ。自分的には70代で寝起きに知らん間にポツクリ逝きたいね!(^0^)/

小沢昭一のココロ

2012-12-13 10:55:53 | Weblog
小沢昭一のこと。中学時代、演劇同好会ての作らないか?って或る先生に言われて、オチョーシモノのボクは「へぇへぇ」って作って、労演ちゅう処に入って(未だあるのか?もう失くなってるやろな多分)毎月見に行ってそれらは悉く退屈で何度寝かけたことか。で、そんな中で唯一面白かったのが小沢昭一、西村晃、ともう一人(思い出せない)がやってた俳優小劇場。あれは面白かった。あのサークルのせいでか(ま、新劇てどれも辛気臭かったけど)新劇嫌いになった。けど、あれは中学生だったから耐えられなかっただけで、今なら面白くみれたのかもしれませんね。

バリバラ・スペシャル

2012-12-10 07:56:11 | Weblog
あまり気乗りしなかったけど、ちょっと義務感で見てみた。(こういうのが偽善的なんや思いますけど)予想に反して面白くて笑ってしまった。昔は見世物小屋とかあったなあ(残念ながら入ったことは無いんですけど、当時はまだ幼すぎて)寺山修司作品なんかには、見世物の匂い漂ってて、そういう「粘性(ごく私的な解釈で使ってます)」を、現代の“計数的”杓子定規デジタル世界じゃ「差別」って呼ぶのかもしれないなあ。で、今の世の中じゃ寺山修司は生きてられないかも?なんて思った次第。勿論、「あの頃の」て説明を補足的に入れなくちゃなりませんけれども。

沈木れこおど

2012-12-09 05:07:33 | Weblog
レコードとCDの違いって・・・

木版画とエッチングの違いかもねえ

エッヂが効いてるCDと

輪郭がぼやけてるレコード

雑音やら色んな音含めて

音が氾濫してる今の世の中じゃ

エッヂが効いてないと届かない

でも

輪郭がはっきりしてる分

融通が効かない

みたいな・・・

井上安治って人の絵

テレビで見て初めて知ったけど

ふと、そんなこと思ったのがぼくの

『今の気持ち』

別に公約でええやん

2012-12-08 11:42:22 | Weblog
マニフェストやらアジェンダやらややこしい

「日本語使えよ!」とワタシは言いたい

結局曖昧さを曖昧っぽく見せない為の演出なんかなあ?

そんなこと言わす前に

てめえらの都合の悪いことは

他人さんが決めるような制度にせんとあきまへんわなあ

だって最高裁の判例出てるのに

ヌケヌケと紅顔有知(ほんとは無知だけども皆知ってる筈なので)で

選挙してるんやもんね

赤信号みんなで渡れば怖くない

ってのよりタチ悪いん違いますかねえ?

国会議員みんなで踏みつければ怖くない

正義、さえも

即今日

2012-12-08 05:15:20 | Weblog
昨日、京都芸術センターへトイレを借りに行ったら、海外からの留学生の個展やってて、それ見て、廊下歩いてたら二階から音楽(っていうか管楽器の音)聞こえてきたので、覗きに行ったら、即興音楽の試みってのやってた。椅子に座って聴いてた。ちょっと盛り上がったり盛り下がったりしてた。えーっと、こういうのを延々何時間もやってらっしゃるんですかぁ?ずーっといた訳じゃないので、最初はどれくらい人がいてどんな展開でってのは分からないけど、ぼくを含めて客は5人ほど、それもボクが居てる間に3人は帰ってった。リードする男の人が一人、関係者と思しき人が(奏者必須)8人位かなぁ?サックストランペットリコーダー辺りが入るとなかなか盛り上がる。ピアノもね、やっぱり。でも、その盛り上がりそうなところに全くのド素人(多分)の音の羅列が入ってちょっと興醒め。でも、盛り上がらない方がいいのかも?だって、盛り上がるとあとは下り坂なわけで、終わってしまう。それと、即興音楽というからにはメロディアスであってもいけない訳で・・・。途中別のピアノ弾ける人が弾いて綺麗な不協和音奏でだして、それはまるでキース・ジャレットのケルンコンサートが頭の中で泡沸黄泉蛙(*^_^*)。ケルンコンサートは名盤中の名盤だと思うし、それは、やっぱり即興故だとは思うけど、あれは玉珠の珠玉の稀有な例だったろうし、事実、その頃(18くらい)そのレコード貸してくれた女友達は「ソロコンサート行ってきたけどガッカリ」て、言ってたし。即興って何だろう?音楽のようで音楽でないベンベン・・・とでも言うしかナウシカ。そうこう思いながら結局1時間以上居たみたいだけど、帰る前に「どんな楽器あるんかいのう?」ってテーブルの上覗きに行って、音出さんと分からんわなあ、って感じで音だしてたら、ちょっと乗って来て、少し即興音楽に参加してしまいました、とさ。

唄と詩

2012-12-06 05:18:52 | Weblog
時には娼婦のように
NHKじゃかからなかったそうな

歌詞が扇情的過ぎるって理由でね

でもある日
ラジオで詩を朗読して欲しいって
依頼が来たそうな

唄は駄目だけど
詩なら構わないってことらしい

同じ内容なのにね

でも考えてみたら
詩と唄って違う気がする

詩は頭の中だけで共鳴するけど
唄は体中で鳴り響くって違い

だって
鼻詩って詩ないけど(鼻思考はあれど)
鼻歌はしょっちゅう口ずさむ


詩は体温のない冷血動物
唄は体温のある温血動物

今変換してたら音欠って為った

唄を忘れたらかなりカナリアだけど
音が欠けた鳥はどんな風に羽ばたける?