その1997年がオラの盛岡ゼブラサポーター初年度である。最初に見た試合はソニー仙台戦。当時は東北社会人の雄と言われたチームである。
6月22日、岩手県営運動公園に足を運んだオラは驚いた。ソニーの応援団がすでに来ていたのだ。それに負けないようにオラもがんばった。この当時のソニーには盛岡商業卒のGK千葉恵二やブランメル仙台OBが何人かいて、東北最強もうなづける顔ぶれだった。
しかし試合は意外にも早くから動き、ゼブラがFW蛇口卓也のヘディングで先制した。その後も蛇口はゴールを決め、後半のラストでハットトリックを達成してしまう。いまから考えるとなんてすごいことをしたのか、そう思ってしまった。だが、それをやってのけた。そこからオラは盛岡ゼブラにのめりこむことになる。
これは後に知ったことだが、これより少し前に別のサポーターがいたそうだ。その方は盛岡ゼブラのサポーターから四国リーグの南国高知FCのサポーターに転身、高知国体の頃までサポーター、通称「とさっぽーたー」として名を馳せていた。
最初に見たサッカーの試合で、東北リーグ覇者に大量点を奪い、しかも完封。そんなジャイアントキリングをやってのけたゼブラ。ブランメル仙台が信じられなくなった時期に、オラが応援するチームとしてここしかなかったことは言うまでもない。
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