いま、そこに、あなたが、あるのは

誰も『苦労』はひとそれぞれ。しかもすべて自分のオリジナル。つまり人間の数だけ誰にもみんな役目と役割りあって生まれてる

はたして目標の達成がゴールでいいのだろうか?

2021年12月01日 | 日記


どうも行き成り奇妙なタイトルなのですが。
つらつら考えていて、あることに私は気が付きました。

例えば、病気って治すことを考えて、取り組むものですが。
じゃあ、それで病気を治せたらホントに解決しますかね?
もしも、そこで取組中の疾病を治せたというのならば、
これで所期の目的については、一旦の達成をするにしても。
ただ、病気なんて、いくらでも他にたくさんあるんです。
また治った病気についてだって、再発がおきたりもするし、
いずれまた違った疾患を被るみたいなのも、よくあります。
さらには、病気というのは治せるものばかりとは限りません。

その場合は、病気を治せなくても、いかに付き合いながらで、
これから暮らしていこうかという話になりますけど。
もし仮に治せるような病気の場合にだって、
治るまでは、どう付き合って過ごすかなんですし。

まあ、なかには極端な考え方が好みのひとになると、
とにかく万全て病気が無くなりさえすれば、それでいいんだって。
そこまで拡大したがる向きも、結構おありでしょう。

じゃ、本当に病気の状態というのが、世界から消え失せたら、
それで究極ゴールになるのかと、そう思ってもいいかと問うなら。
私は、そういう風にならないだろうって思うんです。

いうなれば、何か一つ解決をしたら、また違う何かに新たに取り組む。
そういう何かが、必ずまた立ち上るようにして現れてきますからね。
要は、目先の敵を倒したら、次なる敵がまたやってくる。
そういう繰り返しが必ず来るのが現実と思ったほうが賢いです。

つまり取り組んでいくっていう、その何か相手というものは、
ぜ~んぶ当面の課題が、今はそいつだってことですよ。
それらは取り敢えず仮初めの目標に考えておくべきだって。
ええ。それは当たり前といえば、そうなのですが。

私が気が付いたと思っていることはですね。
何か目標を打ち立てて、
その何かをクリアしていこうとするのが、
これが生きるってことなんだという、
このスタンスそのものが、そもそも勘違いなんじゃないか。
錯誤して据えているだけじゃあないかって、
こっちの部分へ自分の目が行くんです。

つまり、何度ゴールを潜ってみても、次のゴールがあるだなんて。
それは結局ゴールなんかじゃないですから。
せめて障害物競技のハードル程度なことですよ。
まあ、陸上競技のトラックには、ゴールがありますよね。

でも、人生はそういう枠の設け方で言ったら、
もう少し違うスパンのあることだとも言えますし。
それはだから、無理をして競技になぞらえるとしたら、
そこは、いかにゴールに辿り着くかという面より、
この競技大会に参加したか、しなかったかの方が、
むしろ重要な眼目だと見るべきかもしれません。
そう金か銀か銅かの話じゃなくて、
自分はコースに出たか、出なかったか、みたいな。

多くの人は、へたな拝金主義で生きていれば、
悪くすると、その成果物で、意義や価値を考えるんで。
そのせいで勝ちか、負けか、そっちにだけ目が行くけど。

そういうのは結果の話として、取りようによっては、
そういう意味にも取れるに過ぎないだけなんで。
むしろ単純に並べて一様に比較をしてみるほど、
一人ひとりの人間の人生なんて単純化するのが不可能です。
それは言ってみれば、様々なジャンルがある音楽を、
どれが一番優れた曲でしょうかって、尋ねるような。
設問そのものが、「おまえ、音楽が何か知らないのか?」
そうセンスを疑われるような感性欠如な思考ですよね。

だから、一人ひとりが生きている人生というのは、
これを考えるとしたら、それはやはり、
どう楽しんだかとか、どう意義深く過ごせたのか。
それで何を経験できたか、やってみて、どんなことを味わえたか。

人生において、何を得られたかの中身とは、
これは、そっちの方だろって思いますよ。

だから、どういう目標をクリアできたかではないんで。
そもそもが、一人ひとりで違うことに勤しんで、
各々は、それぞれ別個の人生に挑んでいるんだから、
これは他との比較で評価できるような意味合いが、
ここには初めからあることじゃない、
個々の独自性に類した中身が本質ですから。

それは冒頭タイトルの、ゴールへ到達する問題じゃなく、
私は、こういうコースを走ってきました。
そうですか、自分は、どこの海を泳いできたんですよ。
ああそうですか。私たちは、あの山を登りましたから。
ほお、いいですなあ。私はそこの川を楽しんできました。
いやあ、私もそこに魅力はあったんですが、キャンプが好きで。

そういう多種多様が、比較して分かるというのが、
むしろ、われわれの生きている、意味だと思うんです。

さてと、近所にお買い物に行ってきましょう。
今夜は何を作って、カミさんを待ちますかねえ。

日が暮れるの早くなりましたから。
急がなきゃ。

じゃ、また。





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