週一寺社めぐり

主に 奈良、京都 2011年より、寺社めぐりをしています

大原野神社 2016.04.08 Archives

2020-11-30 09:21:35 | 寺社めぐり

大原野神社 京都市西京区大原野南春日町1152
二十二社(中七社)の一社 平安京以前に由緒をもつ古社で、延暦3年(784年)に桓武天皇が長岡京へ遷都した際、皇后の藤原乙牟漏が藤原氏の氏神である奈良春日社の分霊を勧請して、しばしば鷹狩を行っていた大原野に祀ったのに始まる


源氏物語の作者紫式部は大原野神社を氏神と崇め、この大原野の地をこよなく愛していました。源氏物語二十九帖「行幸(みゆき)」の巻には、大原野へと向かう冷泉帝の華やかで美しい行列の様子が描かれ、紫式部のこの地への思いの一端を伺い知ることができます。

 

   

                                               一の鳥居

               本殿

 瀬和井

               

               拝殿

       左より白髭社、藤森社、稲荷社

        一条天皇行幸の図

      後鳥羽天皇行幸の図

            順徳天皇行幸の図

  

              在平業平

              若宮社

TV 引用

 


春日神社柏原 2020.11.27

2020-11-29 08:29:32 | 寺社めぐり

春日神社  柏原市田辺1丁目16-38
境内は「国指定史跡 田辺廃寺跡」があります  現在は春日社になっているが、もともとは渡来人の田辺氏が開拓した土地の氏寺。
田辺廃寺は現在の柏原市田辺を本貫地とした百済系渡来氏族の田辺史氏が建てた氏寺と言われています。1971 年の発掘調査によって金堂、東西両塔、南大門などが確認され、薬師寺式の伽藍配置であることが判明しました。東塔の基壇はセン(レンガ状の焼物)を積み上 げたセン積み基壇、西塔と金堂の基壇は瓦を積み上げた瓦積み基壇で、東西両塔ともに三重塔が建てられていたと考えられます。遺跡は春日神社の境内にあり、 瓦などの出土遺物も境内の収蔵庫に展示されています。 柏原市 Home Page

ここから10分

          鬱蒼と茂る鎮守の森

                                               拝殿

             社務所 不在

         本殿

               本殿

        収蔵庫 遺物が納められている

弁天池

弁天社 こちらの弁天社は田辺寺があった時代からのものであるとのこと

礎石

 

 

               復元模型

          創建時の瓦

      平城宮式の複弁蓮華文軒丸瓦

 

 

 

 


元興寺塔跡 2020.10.27

2020-11-28 09:54:26 | 寺社めぐり

元興寺塔跡 奈良市芝新屋町12     住職不在 前回と、変わったこと パンフ100円が出来ていた

南都七大寺の一つで、法興寺(飛鳥寺)が前身の寺院ですかつ、元興寺の金堂・講堂・五重塔があった場所です現在は東大寺の末寺で、宗派は華厳宗です

 前回の御朱印

URL    変わりました

https://blog.goo.ne.jp/8139th

 


丹生都比売神社 2014.09.18 Archives

2020-11-28 09:37:59 | 寺社めぐり

丹生都比売神社(にふつひめじんじゃ、にうつひめじんじゃ)は、和歌山県伊都郡かつらぎ町上天野230   
全国の丹生都比売神を祀る神社の総本社である。別称として天野大社・天野四所明神とも『播磨国風土記』によれば、神功皇后の出兵の折、丹生都比売大神の託宣により、衣服・武具・船を朱色に塗ったところ戦勝することが出来たため、これに感謝し応神天皇が社殿と広大な土地を神領として寄進されたとある

ご祭神のお名前の「丹」は朱砂の鉱石から採取される朱を意味し、『魏志倭人伝』には既に古代邪馬台国の時代に丹の山があったことが記載され、その鉱脈のあるところに「丹生」の地名と神社がある。丹生都比売大神は、この地に本拠を置く日本全国の朱砂を支配する一族の祀る女神とされている全国にある丹生神社は八十八社、丹生都比売大神を祀る神社は百八社、摂末社を入れると百八十社余を数え、当社は、その総本社である

 

 

 

輪橋 淀君が寄進したといわれる 

境内社社務所玄関 

若宮

摂社佐波神社

石像史跡鎌倉後期~南北朝初期

光明真言曼荼羅碑・江戸前期 1662年(寛文二年)に建立され正面の円形の部分に梵字で光明真言が刻まれている

大峰修験者の碑  

脇ノ宿石厨子・内部には葛城修験の御本尊 「役の行者」の石像が安置されている

 板碑五輪塔 南塔(町指定文化財、鎌倉

高野山百八十町石五輪卒塔婆(国史跡、鎌倉中

町石百八十町目:高野山への出発点

 

 

 

 


平城宮跡 2020.11.21

2020-11-27 09:12:47 | 寺社めぐり

平城宮跡 奈良市佐紀町  興福院拝観の後に寄る
和銅3年(710年)から延暦13年(794年)の平安遷都まで日本の首都だった平城宮。唐の長安をモデルに建築されており、道路を碁盤の目のように整備して大極殿、内裏、朝堂院などが並んでいた。広大な敷地内の緑地の中には復元された朱雀門や東院庭園がある。平城宮跡資料館、遺構展示館(いずれも入館無料)

           西大寺からバスで大極殿

高御座

大極殿

推定宮内省

                井戸