H29年 1月 1日
新年あけましておめでとうございます。
今年が良い年になりますよう願っています。
ブログはまだまだ続きますので、本年もよろしくお願い致します。
皆様にお知らせがあります。
「え!! こんなメッセージとUFOみたことなああい」が“たま出版”から出版されています。ブログの内容を1冊の本にまとめたものです。よろしかったらお近くの書店にてお買い求めください。
読者の方にはわかりにくいと思いますが、日本の神々をうさぎ人形に服を着せた時のものです。生地、色柄、持ち物などすべて、それぞれの神様の希望を聞きながら天照様を含めて16神制作しました。その時のメッセージです。
本当はうさぎ人形の神々の写真を載せたいのですが著作権がある為、残念ながら載せられません。
ベッド、横笛、琵琶、テニスラケット、サッカーボール、書見台などは神々へのクリスマス プレゼントとして制作したものです。そのうち写真を載せます。
H19年12月 3日 サッカーボール(須佐鳴の命)
勤勉なあなたも良いが、笑っている顔もいいぞ。笑い顔を見せてくれよ。
H19年12月 3日 ベッド(木花咲也姫)
窓際の花の匂いがとてもほのかでいいです。花達の語りかけに応じるのが楽しい日課となっています。自然の語りに耳をかすことがとても大切なのです。
H19年12月 3日 ベッド(木花咲也姫)
不憫(ふびん)で、不憫(ふびん)で仕方がない。天の法則なれど助けてやることは出来まい。気付きじゃ。
H19年12月 3日 ベッド(木花咲也姫)
いろいろな形の落ちこぼれがあったなぁー。こぼれてもいいのじゃ。その選択が本人の一番安心出来る姿である。耳をダンボにして聞けよ。お前達は落ちこぼれて悲しませてくれるなよ。
H19年12月 3日 ラケット(イザナミ)
いろんな声に変わるのは珍しくもないぞ。何かを知らせるには気付かせる方法で伝えねばならなん。
H19年12月 3日 ラケット(イザナミ)
「どれだけの数をやったかが問題ではなく」と言う事を言うとガッカリかな。残念じゃがそれは本当だ。確かに数も必要ではあるが、祈っているその想念があらゆるものを変えて行く。
H19年12月 3日 書見台(菅原道真)
探さないでくれ、そう言ったのか?お前がどれだけ傷を負っているか知っている。何の為に傷を負ったのか私は知っている。私にもその傷を半分背負わせてくれ。(道真うさぎ)
H19年12月 3日 書見台(菅原道真)
言葉少なげに語るのもよし。女の子のおしゃべりの様に弾んで喋るのもよし。壊れて行く環境の中で力強く残るのは神を知った者の声である。
H19年12月 3日 書見台(菅原道真)
南の国のあったかな空気に触れてみるがいい。穏やかな気の流れがある。時々はこうした所でのんびりと過ごすのも良い。
H19年12月 3日 書見台(菅原道真)
風を切る、雨を打つ、自然に逆らう事は出来まいが。しかし、それらしき事は出来る。それが祈りだ。祈りは風を切る事も出来るし、雨を打つ事も出来る。
H19年12月 3日 書見台(菅原道真)
備え付けの下駄箱の中にユーモラスな人形が入っている。あなたの心もユーモラスになる様に。
H19年12月 3日 書見台(菅原道真)
清らかな思いで“ひふみ”を唱えてみなさい。いろんな“ひふみ祝詞”があるぞ。
H19年12月 3日 書見台(菅原道真)
神様が頭を丸めたって聞いて事があるか?それがあるんだよ。修行の頃らしい。
H19年12月 3日
外堀を埋めて来た積りであるが、そんな事は気にするな。いくら埋めても太刀打ち出来ぬ。エネルギーの強さは知っておるがな。それに負けぬ位のいいエネルギーを貯えよ。
H19年12月 3日
勝負の世界は物々しいなぁー。それを超越すると神の世界に通じるぞ。
H19年12月 3日 (テレビ画面)
怪我の功名と言われる中には的を得たものも多い。飛び抜けて秀でている訳ではないが、学ぶべきものがあろう。選択する余地はないぞ。
H19年12月 3日 (テレビ画面)
希望を捨てるな。希望は持ち続けていかないといけない。存在を生み出す為である。
H19年12月 3日 (テレビ画面)
冒険の旅は終わったのだよ。これからは実現していかなくてはならない。きれいなばかりの、この世ではないから目をそむけることもあるだろう。それでもやり抜いていかなくてはならない。
H19年12月 7日
こぼれる程のおみやげを持って、我々は来たり。輝く未来を築く為に、おみやげとは何ぞゃ。気になるか?宇宙の割れ目に漕ぎ出す舟ぞ。目配せはいらぬ。前のみぞ見て進め。乗り切った時、割れ目は閉じる。暗黒の世界は閉じられた扉の向こうに無限に広がる。(イエス・瓊瓊杵尊・猿田彦・うづめ・イザナギ・大国主・少名彦・豊玉姫・玉依姫・スサナル・道真・ペテロ・ユダ・モーゼ)
新年あけましておめでとうございます。
今年が良い年になりますよう願っています。
ブログはまだまだ続きますので、本年もよろしくお願い致します。
皆様にお知らせがあります。
「え!! こんなメッセージとUFOみたことなああい」が“たま出版”から出版されています。ブログの内容を1冊の本にまとめたものです。よろしかったらお近くの書店にてお買い求めください。
読者の方にはわかりにくいと思いますが、日本の神々をうさぎ人形に服を着せた時のものです。生地、色柄、持ち物などすべて、それぞれの神様の希望を聞きながら天照様を含めて16神制作しました。その時のメッセージです。
本当はうさぎ人形の神々の写真を載せたいのですが著作権がある為、残念ながら載せられません。
ベッド、横笛、琵琶、テニスラケット、サッカーボール、書見台などは神々へのクリスマス プレゼントとして制作したものです。そのうち写真を載せます。
H19年12月 3日 サッカーボール(須佐鳴の命)
勤勉なあなたも良いが、笑っている顔もいいぞ。笑い顔を見せてくれよ。
H19年12月 3日 ベッド(木花咲也姫)
窓際の花の匂いがとてもほのかでいいです。花達の語りかけに応じるのが楽しい日課となっています。自然の語りに耳をかすことがとても大切なのです。
H19年12月 3日 ベッド(木花咲也姫)
不憫(ふびん)で、不憫(ふびん)で仕方がない。天の法則なれど助けてやることは出来まい。気付きじゃ。
H19年12月 3日 ベッド(木花咲也姫)
いろいろな形の落ちこぼれがあったなぁー。こぼれてもいいのじゃ。その選択が本人の一番安心出来る姿である。耳をダンボにして聞けよ。お前達は落ちこぼれて悲しませてくれるなよ。
H19年12月 3日 ラケット(イザナミ)
いろんな声に変わるのは珍しくもないぞ。何かを知らせるには気付かせる方法で伝えねばならなん。
H19年12月 3日 ラケット(イザナミ)
「どれだけの数をやったかが問題ではなく」と言う事を言うとガッカリかな。残念じゃがそれは本当だ。確かに数も必要ではあるが、祈っているその想念があらゆるものを変えて行く。
H19年12月 3日 書見台(菅原道真)
探さないでくれ、そう言ったのか?お前がどれだけ傷を負っているか知っている。何の為に傷を負ったのか私は知っている。私にもその傷を半分背負わせてくれ。(道真うさぎ)
H19年12月 3日 書見台(菅原道真)
言葉少なげに語るのもよし。女の子のおしゃべりの様に弾んで喋るのもよし。壊れて行く環境の中で力強く残るのは神を知った者の声である。
H19年12月 3日 書見台(菅原道真)
南の国のあったかな空気に触れてみるがいい。穏やかな気の流れがある。時々はこうした所でのんびりと過ごすのも良い。
H19年12月 3日 書見台(菅原道真)
風を切る、雨を打つ、自然に逆らう事は出来まいが。しかし、それらしき事は出来る。それが祈りだ。祈りは風を切る事も出来るし、雨を打つ事も出来る。
H19年12月 3日 書見台(菅原道真)
備え付けの下駄箱の中にユーモラスな人形が入っている。あなたの心もユーモラスになる様に。
H19年12月 3日 書見台(菅原道真)
清らかな思いで“ひふみ”を唱えてみなさい。いろんな“ひふみ祝詞”があるぞ。
H19年12月 3日 書見台(菅原道真)
神様が頭を丸めたって聞いて事があるか?それがあるんだよ。修行の頃らしい。
H19年12月 3日
外堀を埋めて来た積りであるが、そんな事は気にするな。いくら埋めても太刀打ち出来ぬ。エネルギーの強さは知っておるがな。それに負けぬ位のいいエネルギーを貯えよ。
H19年12月 3日
勝負の世界は物々しいなぁー。それを超越すると神の世界に通じるぞ。
H19年12月 3日 (テレビ画面)
怪我の功名と言われる中には的を得たものも多い。飛び抜けて秀でている訳ではないが、学ぶべきものがあろう。選択する余地はないぞ。
H19年12月 3日 (テレビ画面)
希望を捨てるな。希望は持ち続けていかないといけない。存在を生み出す為である。
H19年12月 3日 (テレビ画面)
冒険の旅は終わったのだよ。これからは実現していかなくてはならない。きれいなばかりの、この世ではないから目をそむけることもあるだろう。それでもやり抜いていかなくてはならない。
H19年12月 7日
こぼれる程のおみやげを持って、我々は来たり。輝く未来を築く為に、おみやげとは何ぞゃ。気になるか?宇宙の割れ目に漕ぎ出す舟ぞ。目配せはいらぬ。前のみぞ見て進め。乗り切った時、割れ目は閉じる。暗黒の世界は閉じられた扉の向こうに無限に広がる。(イエス・瓊瓊杵尊・猿田彦・うづめ・イザナギ・大国主・少名彦・豊玉姫・玉依姫・スサナル・道真・ペテロ・ユダ・モーゼ)