ねじまき鳥のねじまき

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安倍首相辞任の理由を推察する

2007年09月13日 | 日記
昨日の安倍首相の突然の辞任会見から一夜明け、政治は既に「次の総理」に向けて動き出している。麻生自民党幹事長ですぐに一本化されるのかと思いきや、自民党内には安倍首相続投を強く推奨した麻生氏の責任を問う声も挙がっており、このまま麻生氏が後継総理となれるかどうかは微妙な情勢だ。党内には小泉氏再登板を望む声も強いそうだが、当の小泉氏が全く乗り気ではなく、今後の情勢は不透明なままだ。安倍氏の後を継ぐことは、火中の栗を拾うことに他ならず、もう年齢的に後がない麻生氏はともかく、他の「有力候補」の面々には、今回の突然降って沸いたこの話に乗るだけのメリットは無いと言うのが正直なところだろう。

にしても、一夜明けても「謎」のままなのが、安倍首相の辞任理由である。理由がよくわからない分、さまざまな憶測がなされているが、それぞれを少し検証してみたい。

1)健康不安説
安倍首相の辞任会見を受けて、与謝野官房長官が語った「何かの病気」という発言に端を発する、健康不安説が一部でささやかれている。政治評論家の三宅久之氏や岩見隆夫氏らもこの説を主張しているが、個人的には健康上の不安だけが理由と言うことは、あり得ないのではないかと考える。
断っておくと、安倍首相はその就任当初から、健康不安説はささやかれていた。個人的には、07年2月に立花隆氏がオンラインの日経BP上で安倍氏の健康不安を指摘した記事が記憶に残っている(こちら)。
確かに、参院選の歴史的敗北、その後の内閣改造後の遠藤農水大臣の辞任劇、テロ特措法延長問題でも茨の道が予想されるなど、安倍首相の政権運営に暗雲が立ちこめ、それが理由でもともと悪かった胃腸をさらに悪くしたということは考えられうるが、ただそれは健康問題というよりも、①そもそも健康上の不安があるなら、なぜ首相に就任したのか。もし健康不安があるまま首相になったとすれば、リスクマネジメント上大問題であり、その時点で安倍氏の見識が疑われる。②最近になって悪化したとすれば、なぜこのタイミングなのか。参院選直後であれば政治的空白も避けられた。③体調を崩したのは、そもそもこの難局に耐えるだけの精神力が安倍氏になかったからではないか、というようなことが考えられうる。
いずれにしろ、百歩譲って健康問題が辞任の原因であったにせよ、それは安倍首相の政治家としての資質に問題があるということに帰着する。それがわかっていたからこそ、安倍首相は記者会見で健康問題を一切語らなかったのではないか。
また、この健康不安説が、首相周辺では与謝野官房長官発信の情報であることも気になる。他の安倍氏の側近からは、この健康不安説が辞任の主因だったと語られておらず(参議院議員で安倍首相の側近である山本一太氏も「無責任すぎる」と発言している)、また首相周辺からは「麻生氏に裏切られた」との安倍氏の発言を伝えている。この発言は、遠藤農水大臣の辞任劇が、安倍首相抜きで決定されてしまったことに端を発することであろうが、その時糸を引いていた人物は、麻生氏と与謝野官房長官であった。つまり、安倍首相が本当に健康不安が問題であったとして、与謝野氏にそれを語るかという疑念が生じる。昨日の麻生氏の「月曜に辞意を聞いていた」という発言とともに、額面のまま受け取ることが出来ないのだ。
そもそも、2日前のAPECでは、「職を賭して」テロ特措法問題に取り組むとの意思を、安倍首相は示したばかりだった。それからたった2日間で、その職務が継続不能なほど体調不良が進んだとでも言うのだろうか。
やはりどう考えても健康不安説は、辞任の一因であるかもしれないが、主因ではないと筆者は考える。

2)脱税問題説
今回の安倍首相の辞任劇の背景として、あまり語られていないが、安倍氏自身の脱税疑惑を理由に挙げる向きもある。実は一部週刊誌(『フライデー』?)が、安倍氏の脱税疑惑をこの週末にスクープするという情報が、永田町では飛び交っていた。
遠藤農水大臣の辞任劇以降も、増田総務大臣ほか閣僚の不正会計疑惑などのスキャンダルが止まらず、民主党が主導権をとる参議院では、国政調査権の発動を含め、容赦無い追及がなされる可能性が高かった。そこに来て自身の脱税問題が噴出すれば、内閣いや与党を含めた政権運営が吹っ飛びかねない。
その前に、安倍首相自らがけじめをつけることで、火消しにまわったというものである。
この説は、その脱税疑惑を伝える記事を見てみないと何とも言えないが、もし本当だとすれば、不可解な辞任のタイミングの説明もつき、一定の信憑性があるとも感じられる。

3)登校拒否説
早稲田大学教授で元日経新聞の政治記者であった田勢康弘氏ほか、与党の多くの代議士が唱えるのが、政権運営の難しさに直面した安倍首相が政権を投げ出したという説である。筆者もこのあたりがやはり辞任の主因ではないかと考える。
安倍首相は、この辞任劇を演じる前も、いろんな問題を投げ出してしまうことがあった。例えば佐田行政改革担当大臣の辞任劇の際も、事務所費等の不正会計が相当の信憑性をもって伝えられているにも関わらず、佐田大臣個人の問題だとしてそのマネジメントを放棄している。タウンミーティングの「やらせ」問題の際も、自身が小泉政権時代のタウンミーティング取りまとめの責任者であったにもかかわらず、「知らない」の一点張りで、問題の解明はもちろん、その決着をつけようとする意思すら見せなかった。
また、安倍氏は自身に批判的な意見を言うものには、たとえ安倍氏にシンパシーを抱いている人間でも、容赦なく攻撃を加えてしまう。
典型的なのは、読売新聞のオーナーの渡邊恒夫氏との関係で、渡邊氏は安倍氏とはかなり以前からの入魂の仲であったが、靖国参拝の問題で渡邊氏が自身の戦争体験から批判的な意見を開陳したことから、その関係を断絶するに至っている。(安倍氏が心を許していたマスコミは、フジサンケイグループのみだったと言われ、安倍氏の政権構想がらみのスクープは、そのほとんどがフジサンケイグループ周辺からなされている)
安倍氏は、その育ちのよさも手伝って、とにかく自身に批判的な意見を持つものを徹底的に忌避し、また艱難辛苦の状況を泥臭く突破すると言う政治的な経験も積んできたことが無かった。唯一の「功績」と言っても良い拉致問題に対する取り組みにしても、対北朝鮮への強硬策を主張したとしても何ら自身の政治生命に危機が訪れるわけでもなく、ノーリスクで手柄を得られる美味しい「仕事」であった。
やはり、これらを鑑みると、初めて直面する政治的な危機をマネジメントする自信を失い、「敵前逃亡」したというのが真相に近いのではないだろうか。

辞任会見で安倍氏は最後まで、「小沢氏が党首会談に応じなかったから」辞任をすると、主体性の無さを露にし、さらに周辺に「麻生氏にだまされた」と自信からその権力を簒奪した相手をののしってしまう。これらの発言に共通するのは、「自分は悪くない」という政治家にあるまじき、エゴイスティックで無責任な感覚であり、この安倍氏のセンスにこそ、参院選で「ノー」を叩きつけられた部分ではなかったのだろうか。

このようなセンスの無い政治家が、1年間も首相の座に就任し、教育基本法などの法案を取りまとめていたと考えると、予想以上に彼が日本に残した傷は深いのだと考える。彼の健康不安など、彼が日本に残した傷に比べれば、些細なものだと心の底から思う今日この頃である。