俺があの世に逝ったあと、お世話になる予定のお墓が実は3つもある。その三箇所の墓を今、俺は守っている。
埼玉の奥の方にある森林公園駅の側にある霊園に2基、それから市内の三室にある霊園にも1基、計三箇所の墓守りを俺は仏さんから仰せ遣っているってわけだ。
3つの墓のうち、一番古い墓は俺を大切に育ててくれたばあちゃんが亡くなった時に建てたお墓。
祖母が亡くなった時、親父が遠いところにお務めに行っていたため、俺が喪主である親父の代理として葬儀を執り行ったのだが、祖母は亡くなる少し前にポツリと俺にこんなことを言った。
「あたしが死んだら田中家の墓には絶対に入れないでおくれよ」
祖母は若い頃、向島で芸者をして生計を立てていたそうだ。聞けばかなり苦労したらしい。そこに俺の親父の父親が遊びで通っているうちに良い仲になり、置き屋から祖母が借りている借金を肩代わりして家に連れて帰り、後添えにしたらしい。とは言え、当時祖父には本妻がいたのだが、祖母を連れて帰って一年ほどしてその本妻は亡くなってしまったそうだ。
そしてめでたく祖母は正式にじいちゃんの妻として田中家に迎え入れられたってわけだ。
しかし、祖母がじいちゃんに引き取られてから本妻が亡くなるまでのおよそ一年、祖母は、針の筵に座らされている気分だったと言う。
本妻と祖母の仲は、当然と言えば当然なのだが、お互い口も聞きたくない、顔も見たくないという犬猿の仲。その二人が同じ家に住んでいる。しかも祖母が田中家に入って一年もしないうちに本妻が突然亡くなってしまったというのだから、祖母から当時のことを事細かく聞かなくても、祖母にとって田中家がどれほど居心地の悪いところだったのかは想像がつく。
だから祖母は絶対に田中家の墓には死んでも入るものか、と固く心に決めていたらしく、親父が社会不在だったから、祖母は自分の死期を悟って亡くなる前に俺に明かしてくれたのだろう。
だから俺は亡くなった祖母のために墓を建ててやった。
俺の叔母(親父の姉)が森林公園の方に住んでいたので、俺の住まいからはだいぶ遠くて不便だったが、足の悪い叔母がいつでも自分の母親の墓参りができるようにと、叔母の家から歩いても行けるところに建てることにした。
祖母一人じゃ可哀想だから、俺が死んだらそこに入れてくれと、俺の妻に頼んでおいたのだが、その妻も16年ほど前に亡くなってしまったのだが。
祖母が眠っている墓にはその後親父が入った。親父が亡くなった時、今度は俺が社会不在だったため、親父の片腕で、組織の代行を務めていた、俺が唯一「兄貴」と呼ぶ人が、親父の葬儀一切の施主をやり、その兄貴の判断で祖母が眠る森林公園の墓に親父を葬ってくれた。
その後、俺の愛妻も亡くなってしまったのだが、3歳年下の俺の妻は、地元では不良少女としてブイブイ言わせていた。
その妻がまだ15〜16の小娘の頃から、どうしたわけか俺に懐いて、街中で俺と会うたびに「お嫁さんにしてね💕」と、人目を憚らず俺の嫁になるのが私の夢、みたいに口癖のように言っていたが、その通りになってしまった。
そんな女房に先立たれ、遠くの墓に入れるのはどうしても忍びないので、思い出したらいつでも線香を手向けに行けるようにと、俺が住んでいるところからそう遠くない、市立病院の裏の方にある霊園に妻のために墓を建てることにした。
そして三つ目の墓は、祖母と親父が眠る田中家の墓のすぐ隣に建つ、国仲家の墓だ。
そもそも叔母の夫(俺の叔父さん)が亡くなった時、叔母が建てた墓が森林公園の霊園だったので、祖母が亡くなった時叔母の家の墓地の隣がたまたま空いていたので、そこに祖母の墓を建てたのだ。
その叔母夫婦には子供がいなかったので、実は俺がまだ幼少の頃、俺を叔母の家の養子に迎える話になっていたらしいのだが、親父が俺を手放さなかったため、その話は流れたらしい。
叔父さんはあの有名都立校、日比谷高校で定年を迎え、定年後は天下りで体操協会の理事をやったりした人で、また、叔母さんも定年まで中学校の教師をしていたのだが、そんな教育者の家に養子にもらわれていたら、俺の人生はどんなだっただろうかと、たまに思いに耽る時がある。
結局叔母夫婦は子供を授かることなく年老いて行き、国仲家の墓守がいないので、生前叔母から俺は墓守を頼まれていた。
なので国仲家の墓守も俺が任されているというわけだ。
だから俺が死んで荼毘に付されたら三等分に分骨して、俺が墓守をしてきたところに均等に埋めてもらおうと思っている。
俺が建てた二ヶ所の墓石の裏には赤い文字で「田中正道」と、俺の名前が彫られている。建立者の俺が生存している間は俺の俗名が赤い色で彫られているのだが、あの世に行ったら赤い文字の俗名が削られて、消したところに戒名が刻まれるそうだ。
近年では戒名を坊さんに付けてもらうのではなく、生きているうちに自分で戒名を考える人が増えているらしい。俺も自分で俺らしい戒名を考えておこうと思っている。
そろそろ準備をしておかなくてはと、実は既にいくつか候補は考えていて、妹に預けてあるのだ。
備えあれば憂いなし。笑
しかし、三箇所も永眠できるところがあるなんて、ただ眠ってるだけなのに贅沢だな、と思う。
墓参りする子供達には少々大変な思いをさせるかもしれないが、俺って奴は、死んでも尚、迷惑をかけ、欲に駆られるってわけか。
煩悩の塊のような俺には、そんな程度がお似合いなんだと思う。笑
そんなことを思い出しながら、天気が良かったのでご先祖様へご挨拶。