オカマと言うと、やれ差別主義者などと
石を投げられるのだろうか。
私は昔ニンゲンなので、オカマや
男女(おとこおんな・オカマの意)と
いう呼称がしっくりくる。
その逆は、オナベかな。
昔のオカマは、木梨憲武が女子高生役に
なると、木梨憲子という名になり、
三つ編みをしてガニ股にスカートといった、
分かりやすいオカマが多かった。

私も、昔、
「いや、それ、女でもよ〜せ〜へんで」
って思うほどフリフリピンクのワンピースに
白いタイツ、晩年のバカ殿みたいに
化粧ノリの悪い化粧具合をものともしない
模範例のようなオカマと、東急ハンズの
エスカレーターですれ違ったことがある。
晩年のエルトン・ジョンかと思った。
昔は、どれだけ頑張っても
木梨憲子止まりな女装のオカマが
多かったけど、今は平均して
ピーター(池畑慎之介)くらいの
レベルだもんなぁ。
う〜わ、めちゃキレイ!と思うような
人もいるしねぇ。私は、そこまで
極めたら尊敬するけど、
ジェンダーレスやらジェンダーフリーを
煽動する河原乞食(即ち芸能人)は
いただけない。つくづく、テレビは
洗脳装置だなと思う。
山咲トオルは好きだったけどね。
彼は、なかなかうっとりする
所作や表情をしてた。
品があったし。同じオネエでも、
白々しくない部類だったな。
うるさくなかったしね。

昔々、友人がオカマバー(はるな愛が
いたお店)に連れて行ってくれたんだけど、
それはそれは女の私もたまげるほど
美人揃いだった。何せね、そんじょ
そこらのオカマとは努力や観察力が違う。
それに、手がキレイなのだ。
あれには心底感心した。
彼らの努力を感じた。
そこまでして女として生きたいのかと。
女の私が適当にしていることを、
彼らは懸命に磨いているのだ。
私にとっては簡単なことが、
彼らには何倍もの努力がいるのだと
思うと、尊敬という言葉しか出てこない。
こういう人は、素直に認めたい。
おっと、時間がない。
尻切れトンボな終わり方だが、
投稿しておこう。
ではでは、またね。