その晩、機関長の松さんとその仲間は、三陸の新鮮な魚介料理に舌鼓を打ち、陸奥のおいしいお酒に酔った。
オヤジが腕をふるって調理する魚介料理を、次々と久美子が運んでくる。
運ぶ合い間に、若い久美子は愛嬌を振りまきながらお酌をして回る。
「健さん、もう一杯いかがですか?」
寡黙な健さんは、久美子にそう言われて少し赤くなり、杯を干した。
健さんは中年の船乗りだ。妻子を故郷の新潟に残して船に乗っている。
彼は幸運にも戦地から生きて還ってきた男だ。
生きて還ってきたことを「戦友に申し訳ない」と思いながら生き続けている男だ。
だから新潟生まれのこの男は、寡黙になって酒を飲むしかないのだ。
お腹が膨れ、お酒も入ってみんな良い気分になったところで、松さんが言った。
「さて、俺はこれから女のところへ行くぞ。今夜は船には戻らない。今夜の当直は信一だったな。あいつなら心配ない。さあみんなも今夜は羽を伸ばしてくれよ」
みんな馴染みの女がいるようで、納得顔で松さんの顔を見ている。
「ところで健さん、すまんが耕坊をどこか適当な所へ連れて行ってくれないか?」
端の方で小さくなっている耕一を見ながら、松さんが言った。
「ああ、いいよ。おれに任せておけ」
健さんはそう言うと、上着のポケットからタバコを取り出して口にくわえた。
それを見た耕一は、さっと健さんの側に寄り、マッチを擦ってその火をそっと彼の口元に差し出した。
耕一のそんな気配りに満足したように、健さんは旨そうにタバコを吸うと、大きくその煙を吐いた。
「ところで耕一、お前はどんな女が好きなんだ?」
「・・・・・・・・・」
耕一は赤くなってうつむくばかりである。
それを見て、健さんはニヤニヤと笑った。
「じゃ健さん、我々も出かけようじゃないか」
隣で飲んでいた男が、ソワソワしながらそう言って立ち上がった。
海の男達は、この日の夜の楽しみのために生きていると言っても良いだろう。
戦争という異常な時代を生き延びた男達にとっては、特にそうであったかも知れない。
耕一の手には、 松さんから軍資金として渡された1円札(現在の1万円に相当)が握られていた。
《これからどんなことが始まるのか・・・・》
16歳の少年の胸は、これから始まろうとしている夜の処女航海を前に、その好奇心という想像の翼に乗って、うずき、ときめき、高鳴って行くのであった。
続く・・・・・・