コートジボワール日誌

在コートジボワール大使・岡村善文・のブログです。
西アフリカの社会や文化を、外交官の生活の中から実況中継します。

職業訓練学校の視察(5)

2009-05-26 | Weblog

マン(Man)というのは、コートジボワールの西部にある町、あと数十キロも西に走れば、リベリア国境に到達する。おおよそ平坦な土地が広がるコートジボワールで、この地域だけは険阻な山々が続く。森も豊かに残り、滝なども各地にあって、風光明媚な景色が広がり、国内有数の観光地である。

というか、観光地であった。紛争で南北分断になったとき、マンは北部の支配地域となった。それ以来、観光は消滅した。南北和解で人々の行き来は復活したけれど、ホテルやレストランは皆つぶれたままである。国内航空便も再開の見通しはない。だいたい、外国人観光客が戻ってくるようにならないと、観光は立ち行かない。だから、今や大変貧しい地域になっている。

私たちは、ガニョアを経て、車で300キロ走ってマンに到着した。もちろん観光のためではない。職業訓練学校の視察の、最後の訪問場所として訪れている。そのマンで、私たちは町の公会堂に連れて行かれた。暗くて照明もなく、天井も崩れかかっているようなその建物には、およそ数百人の若者が集まっていた。私たちは、ここで若者との対話集会に臨んだ。

ひととおりの挨拶のあと、いよいよ若者の声を聞こう。地元青年団の若者が、代表してマイクを取る。
「君たちは、働いているか。」代表の若者が、会場に向かって呼びかける。
ノーン、と聴衆の若者たちが応える。
「君たちは、働きたいか。」
ウイー、と会場の合唱。いきなり、政治集会のアジ演説である。
「このとおりだ。我々には、職がない。希望がない。未来がない。」

そして、若者の代表は続ける。紛争が終わったとはいえ、このマンには何も経済復興の兆しがない、皆さんがたはアビジャンから来られたということで、アビジャンに帰ったら我々の要求事項をきちんと伝えてほしい、それは最低限の公共サービスの保証だ、国も役所も、マンの若者には何もしてくれない。
「ヨーロッパの大使がおられる。我々はヨーロッパで働きたい。アジアの大使がおられる。我々はアジアで働きたい。若者のために、支援が必要だ。若者のために、移民労働を受け入れるべきである。」

そして、脅迫めいた言葉が出た。
「このまま仕事がなければ、我々は盗賊(bandit)をやるしかない。」
この地域で「盗賊」というのには、意味がある。南北和解が政治合意され、北部の元反乱軍「新勢力」の兵士たちは、敵対行為をやめて今や武装解除が進められつつある。ところが、この西部地域では、「新勢力」ではない民兵勢力がまだおおぜい残っている。リベリアやシエラレオネでの紛争が終結した後、仕事が無くなって流れてきた傭兵たちである。この連中が、盗賊業に転業し、カラシニコフなどを振りかざし、街道沿いで車を襲って強盗殺人を繰り返している。

さて、何とも攻撃的な若者代表のアジ演説、そして何人かの若者たちが個別に苦境を訴えたあと、スペイン大使がマイクを取る。集まってくれた若者へのお礼、大変な困難にあることは理解したこと、職業訓練で手に職をつけることが重要だと考えて、そのための支援を検討していること、などを外交的に丁寧な言い方で説明する。そして続ける。
「皆さんは、ヨーロッパに出て行けば、そこに働き口がたくさんあると思っているようですけれど、違います。世界不況で、ヨーロッパの若者たちも、職がなくなって困窮しているのです。」

こういう若者たちを見ていると、はがゆくなって私もマイクを取る。私はあまり外交的な話し方はしない。
「日本やスペインの大使が来ていることの意味を考えてください。私たちの国には、決して昔からずっと、今の豊かさがあったわけではない。それどころか、それぞれ大変な戦争を経験し、貧困から再出発しました。経済復興は、自分たちの手でなしとげました。コートジボワールも戦争を経験した後、経済復興を目指していく段階です。それにはまず、あなたたち若者が、自分たちの手で国を経済をなんとかしようと、努力しなければなりません。それは、コートジボワールの、国の誇りの問題です。」

ここのところ、どこに行っても、支援をくれと訴えられるので、うんざり気味である。私は人々の努力を促すのに、日本だって今のコートジボワールどころでなく貧しかったのだ、と説明することにしている。

促されて、私たちの代表団の一員である、全国職業訓練協会(AGEFOP)のジャネット・クドゥ事務局長がマイクを取る。
「皆さんは、今泣いていると言いましたね。泣いている、分かります。大変な困難です。」
一呼吸置いて、お説教に移る。
「しかし、なぜこんな困難が続いているのか、自分たちで検討したことがありますか。処方箋を描いたことがありますか。私は訴えたい。それぞれ自分たちにどれだけ潜在力があるか、まずそれを考えてほしい。あなたがたの地域経済に、どれだけ経済活性化の余地があるのか、研究した上で努力してほしい。この西部地域には、森林がある、コーヒーやカカオの農園がある、広がる稲田がある。たいへんな観光資源がある。やれば出来るはずです。ただ座っていてはいけない。あなたがた若者は、まず自分を鍛えて、自分で出来ることを考えることから始めるべきです。」

ジャネットさんが、コートジボワール人としてそういう反応をしてくれたのは、とてもよかった。そう、自分で何とかしよう、そういう意気込みがあってこその、こちらからの支援なのだ。自分で何もせず座っていて、いい話がくればいい、とばかり言っている人のところには、いい話を持っていく気はしない。

そう考えてみると、職業訓練というのは、まさに、自分で何とかする力を身につけようという、重要な機会なのである。 これまで見て回った職業訓練学校で、集まった生徒たちの生き生きした姿に、私がなぜ特別の好意を感じたのか、その理由がわかった。そうした学校で学んでいる生徒たちには、自助努力の意気込みがあふれていたのだ。

(続く)

 マンの公会堂での若者との対話集会

 マンの町並み

 マンの町並み


最新の画像もっと見る

1 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (Unknown)
2009-05-26 14:40:45
「それにはまず、あなたたち若者が、自分たちの手で国を経済をなんとかしようと、努力しなければなりません。それは、コートジボワールの、国の誇りの問題です。」

日本国大使が、保身のための耳ざわりのよい外交辞礼でその場をしのぐのではなく、相手国の現状をしっかり見た上で多少辛口でも より良く変わっていくための親身のアドバイスを語るのは 聞いていて胸がすくようですね。何年待ったことか。

私の個人的な印象では、「オレ達は何もしなくても、金持ちの連中が、必要な物をくれるのが当然だ、助けないならむくれてやるぞ。」という態度は西アフリカの中でも特にイボワール人に多いようで、マリやブルキナでは 矜持を持った自助努力についてことさら指摘する必要はなく、一般の人々の間にすでにその素地があるように思います。
返信する

コメントを投稿