コートジボワール日誌

在コートジボワール大使・岡村善文・のブログです。
西アフリカの社会や文化を、外交官の生活の中から実況中継します。

衝突を怖れ、流血を怖れ

2010-12-06 | Weblog
バグボ大統領の就任宣誓式が終わって以降の静けさが、翌日(12月5日)も続いている。国営テレビ放送では、ニュースの時間に、かなり抑えた調子でバグボ大統領の就任を伝えるだけ。それ以外の時間には、映画とか教養番組を流している。おそらくバグボ大統領の側では、もう大統領として就任してしまったのだから、これ以上騒ぎ立てることもない。むしろ、人々の心から選挙の記憶を流し去ろうとしているのだ。

このまま、1週間、2週間と日が経っていくと、少なくともコートジボワールの南半分に住む人々の間には、何だか選挙の騒動があったけれど、世の中は事もなく平常で、大統領はやっぱり前からいるバグボ大統領、ということになるかもしれない。空港は今もって閉鎖され、まったく航空便は飛んでいない。しかし、そろそろ開けて、平常に戻そうとするのではないか。夜間外出禁止令は、日曜の今日(12月5日)までは効力を有し、だから今夜も誰もいない不気味な夜になる。しかし、明日月曜以降の夜間外出禁止令は、まだ発令されていない。平常をつくるために、月曜以降は発令せず、このまま解除になるのではないかと思われる。

一方、そういうふうに現状肯定の雰囲気を作ることは許さない、と頑張るのが、ウワタラ大統領の側である。ウワタラ候補は、バグボ大統領と並行して宣誓式を行って、共和国大統領に就任した。そして、今日(12月5日)になって、ウワタラ大統領は、ソロ首相を首相に再任し、新内閣を組織させた。外相以下、11人の閣僚が任命された。外相は、カク・ジェルベ現外相がそのまま留任、ということである。彼は明日朝、ウワタラ大統領のもとで任命された外相として、外務省に登庁するのだろうか。どうにも、常識の理解を越えた悲喜劇が、これからしばらくありそうである。

そうした動きを進めていっても、ウワタラ大統領側についての報道は、極めて限られている。まず、国営テレビ放送は、バグボ大統領の手にあるので、もちろんウワタラ大統領のことは一言半句も登場しない。政府系新聞にも、一切出ない。野党系新聞には出るだろうけれど、まだ週末であり、週明け以降に待つ必要がある。ウワタラ大統領の動きは、国際メディアを通じてしか報じられない。ソロ首相とともに籠城しているゴルフホテルから、CNNやBBC、フランス24などの放送局を通じて、全世界にメッセージを送っている。だから、世界じゅうの人々が、ウワタラ大統領こそがコートジボワールの大統領だと知っている。知らないのは、コートジボワール国民だけだ。

さて、私は昼過ぎに、他の大使たちといっしょに集まって、情報のすり合わせを行う。アフリカ連合(AU)の調停努力として、南アフリカからムベキ前大統領がやってきている。午後から、まずバグボ大統領に会い、続いてウワタラ大統領に会うという話のようである。調停努力には、何か見通しがあるのだろうか。誰もが腕組みをしている。何か妥協点となる取っ掛かりがあるだろうか。皆、悲観的である。

会合の後、私は市内の某ホテルに出向いた。ここは、フランス系の報道関係者が、宿泊に使っている。彼らに会いに行くのだ。しばらく前に、知り合いに会うために、このホテルに行ったら、ロビーで記者たちに取り囲まれた。問われるままに、現状を説明したら、たいへん喜ばれた。記者というのは、最前線で取材しているから、生の情報はたくさん持っている。しかし、毎日炎天下を飛び回っているため、それを分析整理する時間と余裕がない。それで、私などが全体で何が進んでいるのか、次に何が注目点になるのか、などを要約して伝えると、これが大いに助けになる、と言う。

それからというもの、私は時折、夕刻にそのロビーに行っては、ワインなどを飲みながら、情勢について議論している。相手をしてくれる記者は、約10人ほどで、ル・モンド、フィガロ、ラジオフランス、フランス通信社、などの各社が含まれる。だから、こちらにも得ることがある。まずは情報だ。現在進行形で何が起こっているかを、さすがに記者の皆さんは良く知っている。それから広報である。日本がこのたびの選挙で、どれだけ財政貢献したか。それを、資料を揃えて説明する。合計65億フラン(13億円)を提供したのだ、というと驚く。なぜ、と聞くので、日本の国際貢献を語る。いつか記事になればいいが。

バグボ大統領とウワタラ大統領と、一つの国に二人の大統領、という異常事態になって、これからどうなるのだろう、何か道筋や見通しがあるのか、と議論が進む。

(記者)「大使は、金曜日にバグボ大統領と会っていたでしょう。どういう印象を持たれましたか。」

(私)「バグボ大統領は、自分が大統領に選出されたことの正統性に、幾許の疑いも持っていないと感じました。」

(記者)「でも、民主主義から言えば、正統性どころかとんでもない話ではないですか。だって、相手の地盤である北部の得票を、60万票以上無効にして、得票率を逆転させるのですから。」

(私)「いや、バグボ大統領に言わせれば、北部では「新勢力」の軍事的な脅迫によって、民主主義が実現できなかった、だから、正しい選挙結果に修正するためには、その部分の得票を無効にしなければならない、ということです。いちおう、民主主義上の説明はあるのです。それに、もはやバグボ大統領は、自分の民主主義上の正統性は、もう二の次だと考えている。もっと重要なのは、憲法政治上での正統性だ、ということです。選挙管理委員会の出した選挙結果より、憲法院が判断した選挙結果のほうが重要である。憲法院が認定した大統領が、正規の大統領である、という論理ですよ。」

(記者)「でも、ウワタラ大統領は、全国で得票率9%の差をつけて勝っているのです。しかも、81%という高い投票率で、国民が投票に向かった結果ですよ。そのような民意を、そんな勝手な論理でひっくり返すなんていうのが、許されるわけはないではないですか。国際世論は沸騰しています。」

(私)「しかし、そのウワタラ大統領は、憲法上の手続きを踏んでいない。民主主義上では得票が多かったかもしれないが、憲法政治上は正当化できない。一方、バグボ大統領は、民主主義上の正当化には疑義があるとしても、憲法政治上では正統だ、ということです。だから、民主主義上の議論でどうこう争おうとしても、バグボ大統領にはもはや通じない。」

(記者)「いや、そんなのは絶対におかしい。あくまでも、民主主義が勝たなければ。バグボを下ろさなければ。」

(私)「バグボ大統領は現職として、官僚も、軍も警察も、行政制度も、司法も、みんな彼の下に掌握しているのです。一方、ウワタラ大統領の手元には、何もない。あるのは、国際的な支持だけです。そして、ゴルフホテルの敷地に閉じ込められて、何も手を出せない。おそらく、ウワタラ大統領が何もできないまま時間が過ぎれば、人心はやがてバグボ大統領で落ち着くと、バグボ大統領側は見ています。」

(記者)「ウワタラ大統領は、ではどうしたらいい。やはり、人々の常識に訴えるしかないでしょう。ウワタラ大統領への投票が踏みにじられたと考える人が、国民の半分以上いるのですよ。そんなやり口に怒りを覚える人々が、大衆運動を起して、バグボに圧力をかけるのです。」

(私)「それでは、暴力を誘発することになります。暴力はいけません。人が死にます。国連も、国際社会も、誰もが、暴力にだけは訴えないように、強く求めています。幸いに、これまで双方が暴力を自制し、死者の数は極めて限られている。」

(記者)「しかし、そんなことを言っていたら、不正な政権がどんどん既成事実を積み重ねていって生き残ることになるではないですか。ああ、やはりバグボが「当選」を宣言した直後にでも、怒りの大衆が街にあふれて、抗議の声を挙げなければならなかったのだ。衝突を怖れ、流血を怖れていたら、正義は実現できないのだ。」

(私)「いや、それでも暴力はいけません。」

言いながら、私も必ずしも確信できているわけではない。この選挙実施の当初から、選挙の過程において、人々が対立して衝突し、あるいは官憲との間で、流血が起こり暴力が広がることを怖れてきた。国連(UNOCI)でも、活動の最大の目標の一つが、暴力の徹底的な防止である。私も、暴力に訴えてはいけないということを、双方の候補者に言い続けてきた。

しかし、バグボ大統領が宣誓式をすませて、新大統領になるところまで到達した今や、暴力を徹底的に抑える、というのは、バグボ大統領の体制を補強することになっていく。つまり、大規模な大衆運動でもないかぎり、バグボ大統領の現職としての立場は揺るがないのである。それに、とくに大きな人権侵害でもないと、国際社会は国内問題に手を出せない。流血が国際社会からの介入をただちに呼ぶ危険を、バグボ大統領はよく知っている。だから、暴力を徹底的に排除し、つとめて平常を作ろうとしていくだろう。バグボ大統領も、今は誰よりも、衝突を怖れ、流血を怖れているのだ。こうした現状を歓迎すべきだろうか。

さて、ウワタラ大統領は、今日の午後に、ソロ首相のもとに閣僚を任命した。そうすると、深夜になって、バグボ大統領も新首相の任命を発表した。アケ首相(Gilbert Marie N'gbo Aké)という。こうして、二人の大統領に加えて、二人の首相になった。

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3 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
頑張って下さい! (ウメケン)
2010-12-06 21:05:44
公務、お疲れ様です。Y新聞でコートジボワールの出来事を読みました。アフリカなどの国々で、内政が乱れて多くの犠牲者が出る前に、国際社会の関心を高めるにはどうしたらいいのでしょうか。考えさせられます。いつも、大使の日記を読んでます。お仕事頑張って下さい!
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正義感 (野次馬)
2010-12-06 23:16:45
フランスメディアの方々は真実の報道や民主主義擁護からの正義感からなのでしょうか?
忌むべき事柄の文化や価値観の違いといってしまえばそれまででしょうが。
どちらの大統領にも「実」を感じてしまいました。
私自身の民主主義への歴史的な理解度不足も有るとは思いますが、大変興味深いお話でした。
健康にだけは気を使い、他の日本人にも考える機会をまた与えてください。
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 (日本人)
2010-12-07 02:17:47
大変興味深く拝読しております。

本当に難しい状況ですね。
日本にも一票の格差など、選挙制度の問題がまだあります。
国民に不満の残らない公正な選挙、民主制の運用は、とても難しいと考えさせられます。

暴力や圧政が起こらない方向に、国民と指導者が進んでいくことを祈ります。
コートジボワールの人々に、和の心が届きますように。
どうかお気をつけて。
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