コートジボワール日誌

在コートジボワール大使・岡村善文・のブログです。
西アフリカの社会や文化を、外交官の生活の中から実況中継します。

ドログバ選手と老婦人

2010-07-27 | Weblog
私がその事故のことを知ったのは、アビジャンを出てパリに着いた夜、休暇で日本に帰る途上だった。サッカーのワールドカップに、日本もコートジボワールも出場を果たした。そして、南アフリカでの本番を前に、日本とコートジボワールの両チームが、6月4日にスイスで練習試合を行った。両国がお互いに知り合う、たいへん素晴らしい親善の機会であった。ところが、その試合中に、日本の闘莉王選手が、コートジボワールのドログバ選手と接触し、ドログバ選手は転倒して、何と手の骨を折ってしまった。

ドログバ選手といえば、コートジボワールの英雄である。普段はイングランドのチェルシーで活躍し、欧州のプロ・リーグの試合では、得点王に輝いている。コートジボワールはただでさえ、サッカーに国をあげて熱狂する国民性にある。今回、ワールドカップへの出場権を得て、ナショナル・チームへの期待は大いに高まっていた。ところが、本番の試合を前にして、大黒柱のドログバ選手が故障してしまった。いよいよという時に、本戦への出場は難しくなる。コートジボワールの大多数の人たちが、天を仰いで悲鳴を上げたであろう。そして、その原因は日本との試合にある。

事故のことを聞いて、私は咄嗟に、コートジボワール国内で、日本に対する怨嗟がまき起こるかもしれない、と恐れた。スポーツにはつきものの事故だといっても、心情からはとても受け入れられる説明ではないだろう。私の大使館は、私の留守にかかわらず、機転を利かせて、すぐに「たいへん残念なことになった、ドログバ選手の早期の回復を祈る」という声明を出していた。しかし、それで人々に納得してもらえるとは思えない。映像では、闘莉王選手の側から、かなり激しく衝突している。練習試合なのだから、そこまで真剣にやり合わなくてもよかったのに。この映像を見ると、ますますコートジボワールのサッカー・ファンたちの怒りが募るだろうと思った。

東京に着いてから、日本の報道を見たけれども、日本のチームが快進撃で、予選リーグを突破したことに熱狂する記事ばかりであった。ワールドカップが始まる前に、日本のチームがコートジボワールのチームに、決定的な手傷を負わせてしまったことは、日本ではとっくに忘れ去られているようであった。そして、日本は予選リーグを突破し、その一方で、コートジボワールは予選落ちしてしまった。もちろん、コートジボワールの同じ予選枠に、強豪のブラジルやポルトガルがいたという不運はあろう。しかし、ドログバ選手には最良な状態で存分に闘ってほしかった、とコートジボワールの人々はみな思ったはずだ。ドログバ選手の故障を抱えての敗退は、やはり国民感情として、割り切れないものがあったに違いない。

だから、東京に滞在している間に、在京コートジボワール大使のボア大使(女性)から、昼食に招待されたとき、私はまずこの件を取り上げた。コートジボワールの人々が、どんなに落胆したか思うに余りあります。スポーツに不可避な事故であったとはいえ、このことで、日本に対するコートジボワールの国民感情が害されることを、私は懸念します。

そうボア大使に申し上げた。そうしたら、ボア大使の返答である。
「そうね、とても残念な事故だったわ。でもね、私には、とても胸を打つことでもあったのですよ。」
胸を打ったとは、どういうことですか。
「あの事故以来、日本の全国から、在京のコートジボワール大使館に対して、ものすごい量の手紙やメールが来たのです。残念なことになった、申し訳ない、ドログバ選手の早い回復を祈る、コートジボワールの人々との親善が傷付くことのないように、と。」

そして、ボア大使は付け加えた。
「私たちは、日本の人々の心に大変感動しました。それで、決めたのです。届いた手紙やメールを、できるだけたくさん、日本語からフランス語に翻訳して、本国の大統領のもとに送りました。これだけの反響がある、だから、本国政府では決して日本のことを悪く言わないように、と。」
そうだったのか。私は報道だけを見て、日本の人々が、コートジボワールのことを軽く考えていると誤解していた。

「ちょうど、横浜で講演会があって、私がコートジボワール大使として出席したのです。そうしたら、講演会が終わってから、一人の老婦人が私のところにやってきて、私の手を取って、ただ、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、と。」
ボア大使は、心なしか声を詰まらせていた。老婦人も、両国の友好を救ってくれた。それは、私など外交官には決してできないことであった。

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5 コメント

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心に響きました (Yoko)
2010-07-29 06:24:39
たいへんいいお話をありがとうございます。
私は恐ろしくてなかなかコートジボワール人の友人にこの話題を切り出せないでいました。ピンチの時こそチャンスと言いますか、こういう時こそ誠意を示すべきだったなと、今 大反省です。
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キンタマが小さい (red)
2010-07-31 01:12:46
私には、大使はこの件で、日本とコートジボワールの関係が悪くなることよりも自分の立場が悪くなることを心配していたように思える。

両国の友好が深まることをますます望みます。
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Unknown (通りすがり)
2010-08-06 18:40:05
非常にいい話ではありましたが、
下記の文章に、「大使は殿様」と世間で言われるのもうなずけると思いました。
あなたの城じゃないですよ。
非常に公人としての意識が低いですね。

>私の大使館は、
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Unknown (K)
2010-08-06 21:42:41
>下記の文章に、「大使は殿様」と世間で言われるのもうなずけると思いました。
>あなたの城じゃないですよ。
>非常に公人としての意識が低いですね。

お前な、特命全権大使は日本国民の統合の象徴たる天皇陛下の名代であり、公人中の公人であり、全権代表の砦であり城である大使館の主である、さような我が国の利益を代表し国際親善の前衛たる大使閣下に対して、どれだけの暴言か理解できてないようだな。
大使は殿様?ふざけるな、そんな軽いものじゃないぞ

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Unknown (FK)
2010-08-08 07:09:05
胸を打たれました。大変いい話をありがとうございます。

いい話をけなしたい人もいますが、気になされずに。
学生も「私の学校」と言いますが、「私が所属する学校」という意ですし。
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