コートジボワール日誌

在コートジボワール大使・岡村善文・のブログです。
西アフリカの社会や文化を、外交官の生活の中から実況中継します。

バンコの森に玄関を

2010-03-26 | Weblog

急速に失われつつある熱帯雨林を保護するため、何か協力ができないだろうか。森や林の所有権や管理の権限などが明確でないコートジボワールでは、農業開発が進むことにより、豊かだった熱帯雨林が消滅していっている。あの雄大に聳え立つ木々が、何百年もかけて育った木々が、今日もどんどん失われていっている。急いで何とかしなければ。

そう考えるのは、私だけでないようである。ドイツとスイスは、国立公園のうち、一番大きな熱帯雨林が広がる「タイ国立公園」の保護に乗り出した。北のブルキナファソとの国境付近に広がる、サバンナ林の「コモエ国立公園」については、世界銀行が森林保護のための計画を動かし始めた。

あるレセプションで、隣にやってきたのが、カヒバ国立公園局長であった。私は、日本でも環境問題に関心が高い、という話をした。コートジボワールでの森林保護に協力することには、国民の賛同が得られると思う。日本が手掛けたらいいような、国立公園とかありますか、と私は聞いた。
「大使、それはぜひ、タイ国立公園の熱帯雨林を保護するための、国際協力の枠組みに、日本にも参加してもらいましょう。タイ国立公園は、希少な動植物資源の宝庫ですけれど、紛争の間に開発に野放しになりました。このままでは人の手がどんどん入って、取り返しがつかなくなると、各国が協力に乗り出したのです。」

それはもちろん、タイ国立公園はユネスコの世界遺産に指定されているし、そこでの森林保護が喫緊の課題であることは分る。でも、すでにドイツやスイスの手が付いているところに、後から混ぜてもらうというのは癪だ。それに、日本の資金は当面限られているから、余りに大きなタイ国立公園を相手では、砂漠に水を巻く程度の効果しか出ない。
「それなら、大使、バンコの森をやってください。」

私はカヒバ局長の顔を、改めて見た。バンコの森の保全に、日本が協力をする余地があるのですか。
「ええ、この森は規模こそ比較的小さいけれど、アビジャンにとってとても重要な森林です。それが、都市開発に脅かされている。実際に、周辺部で住宅に侵食され、汚水が流れ込んで木々が枯れつつあります。」

私は膝を打った。アビジャンの市街に接して広がる、この「バンコの森」国立公園に、日本が出かけて行って協力案件を手掛ければ、とても目立つだろう。しかし、私がすぐに動かせる資金は、極めて限られていた。草の根無償資金協力の1千万円だけである。私はカヒバ局長に言った。たとえバンコの森が小さな国立公園だといっても、都市排水の除去などの措置を講じるとなると、それは大きな資金が必要だ。一方で日本は、本格的な経済協力の再開のためには、大統領選挙による政治的安定の回復が必要という立場だから、大きな額はすぐには資金動員できない。おそらく、ほんの小さなことしか出来ないだろうけれど、それでもいいだろうか。

カヒバ局長は言った。
「それでも構いません。私には、日本がコートジボワールの環境保護のために動き出した、ということだけで十分ありがたいことなのです。日本と繋がっている、ということが、何より私たちには励みになります。」
そして、カヒバ局長は、その規模の資金で日本にやってもらえる案件があると言った。
「バンコの森国立公園に、立派な玄関を作ってください。」

私は、再び膝を打った。アビジャンのすぐ近くの、バンコの森での協力というだけでも目立つのに、その玄関を作るという話なら、とびきり目立つではないか。バンコの森には、今ももちろん入り口があるけれども、街路から野道を走った奥にあった。それを、新しく幹線道路沿いに移して、道路から直接森に入れる入り口を作る計画だという。森への遊歩道に続く玄関とともに、来訪者にバンコの森の紹介をし、環境問題の重要性を説明する、案内所を設置する。こうした施設により、まず付近の住民、アビジャンの市民たちに、バンコの森の意義を訴えたいという。

計画も、デザインも、設計図も、国立公園局にすでにあった。無かったのは資金だけ。それで、草の根無償資金協力の枠組みで、その資金を日本が出すことにした。幹線道路沿いの誰もが車で走る場所に、日本の協力で新築の施設が建築される。そして、その施設は人々に、環境問題の重要性を訴えるのである。日本が環境問題に関心を持っていることを、強く印象付けることになるだろう。そうして、半年間準備して、ついに計画の合意書に署名する運びになった。

3月22日の署名式を、はじめは大使公邸で行おうと準備した。ところが、直前になって、先々週に就任したばかりのファディガ環境相が、自分も参加してぜひ現地で、つまり玄関の建設予定地で行いたい、と言って来た。そこで急遽、幹線道路沿いの現場にテントを張って、式典が行われた。

私は挨拶に立って、話がここに至った経緯を説明した。次いで、ファディガ環境相が演台に立った。
「皆さん、バンコの森というのは、アビジャンの「肺」なのです。バンコの森は、1年に3万4千トンの二酸化炭素を吸収しています。そしてそれに見合った量の酸素を作り出している。粉塵は、最大27万トンを固着してます。そして、バンコの森は、アビジャンの水源地でもあるのです。地下水脈を通じて、アビジャン市民が消費する飲料水の、4割がこの森から供給されています。そのバンコの森を守る案件に、日本が協力してくれることになり、アビジャン市民を代表し、コートジボワール国民を代表し、感謝を伝えたいと思います。」

そう、この森を守ることは、自然保護というだけでなく、アビジャンの人々の生活を守るという意味がある。つまり、バンコの森は、アビジャンの空気と水を守っていたのである。バンコの森の劣化は、すでにアビジャンの人々にとって、大きな心配の種となっている。だから、ファディガ環境相としても、自らも式典に出席して、問題の重要性を訴えたかったのである。

日本は、バンコの森への協力を通じて、アビジャン市民の生活を守るのだ。そして、そういう風に大きく構える以上は、森の玄関だけ作るのではなく、本格的に森全体の環境を保全する計画を進めなければならない。そこのところも、私には腹案がある。すでに本省と相談している計画については、準備が整った折に、記すこととしよう。

 署名式典会場

 部族の長による土地のお清め

 森の民族であるグロ族の踊り

 ファディガ環境相(左)

 こういう施設が出来る予定


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