コートジボワール日誌

在コートジボワール大使・岡村善文・のブログです。
西アフリカの社会や文化を、外交官の生活の中から実況中継します。

お金もないし気力もない

2010-08-03 | Weblog

ガニョアの県会議長にベテ族の話を聞いたときに、ベテ語で外国人のことを「ロウ・リニョー」と言うと教えてくれた。私は、こういうときに、いちおうきちんと調べておく。さっそく本屋に行って、ベテ語の教則本を探したら、アビジャン大学出版会からちゃんと出ていた。

その教則本は、「ア・アヨー(こんにちは)」と題されている。初歩からけっこう難しい表現まで、ベテ語の基礎が、フランス語で学べるようになっている。巻末に簡単な辞書がついていて、「外国人」を調べると、「lowlunyo」と出ていた。たしかに県会議長の言ったとおりである。

さて、教則本の頁をぱらぱらとめくる。1課ごとに、1場面が登場して、会話例文が載っている。設定としては、ベテ族のある村での日々が綴られている。ひとつひとつ読み進んでみると、私の目にはちょっと不思議な筋書きが展開する。とにかく、主題は「お金がない」ことと「気力がない」ことである。以前にご紹介した、おそらくベテ族の村を舞台にしているとおもわれる小説「ロベールとキャタピラ」でも、村の生活の特徴としてこの2つが描かれていた。誇張があるにしても、この部族には、しょっちゅう見られる話なのであろう。

ある小学校で、先生が生徒に、家に戻るように言っている。先生は、生徒に言う。
「君たちの親が、私の家を修繕するまで、授業は中止だ。」
何のことだ、先生の家の修繕と授業と、どういう関係があるのか。当然、子供の親もそう思う。父親は先生に詰め寄る。そうしたら、先生は親に陳情をするのである。
「私の家は、ひどい状態です。雨が降ったら、もう寝ることもできません。」
だから、授業が出来ないという論理である。親は納得の表情で、先生の家を眺めているから、そんなに変な理屈ではないのだろう。

さて、挿絵でみるかぎり、村の若者たちは、寝そべっているか椅子に座っている。お酒を飲んだり、何か双六のようなことをしながら、どうもだらだらしているようだ。皆、あまり勤勉な感じはしない。あるとき、長椅子に横たわる息子に、母親が言う。
「お父さんが、鎌をちゃんと研いで、畑に草刈りに行くように、と言っているよ。」
長椅子に座ったまま、息子は答える。
「お父さんに言っておいて。僕は畑には行かない。今日はゆっくりしたいからね。」
母親は、息子の怠惰にあきれているのだろう。すぐに言い返す。
「じゃ、今晩はご飯は無しだよ。働かないなら、お腹もすかないはずだからね。」

ジェザという女性が登場する。女性たちは、挿絵でも子供を腰にくくりつけて、料理や掃除をし、あるいは水や野菜などを頭に載せて運びながら、常に一生懸命に働いている。物語は、ジェザと夫の間に展開する。まず、子供が熱を出し、ジェザは医者のところに連れて行く。診察の後、医者はジェザに処方箋を渡して、薬を買って与えるように言う。さて、家に戻ったジェザに、夫が聞く。
「医者は薬をくれたか。」
ジェザが、「いいえ、薬を買うようにと、処方箋をくれたわ。」と答えると、夫は怒りだす。
「医者のところに行って、ちゃんと薬を渡すように言え。俺のところには、お金なんかない。」
それで、ジェザは仕方なく、医者のところに戻って、お金はないけれど薬が欲しい、と言う。医者は、肩をすぼめて、それじゃどうしようもないね。ここで、真の被害者は、病気の子供である。

お前の甲斐性なしを、妻に八つ当たりしてどうするのだ。さすがに教則本でも、ジェザが最後には頭に来たことになっている。ジェザはある日、荷物をまとめて実家に帰ると言いだした。なぜ、と聞く、長老風の男に、ジェザが訴える。
「夫は、いつもひどく、私をぶつのです。それに、子供に薬も買ってくれませんでした。だから、実家に帰って、そこで暮らすことにしました。」
ジェザがいなくなると、夫は「また新しい女でもつくるさ」と呑気なことを言っているが、まわりの人々に説得され、ジェザを取り戻しに実家に赴く。

実家の村の人々が集まっているところに、夫は挨拶する。
「皆さん、ごきげんいかがですか。今日は、皆さんにお詫びをして、妻を連れ戻しに来ました。」
馬鹿もん、とジェザの父親。お前は、ひどい夫だから、彼女を戻すわけにはいかない。
夫は、さらに懇願する。まことに申し訳ないことをしました。妻が戻ったら、もう酷いことは決してしません。
父親は、「絶対に駄目だ」と頑張る。なかなかの頑固親父だ。娘の人生を守るために、断固とした態度をとっている。

そうすると、夫は切り口を変えて、こう言いだす。
「そういうことなら、私が払った結納を返してもらいましょう。牛と羊と、それから沢山の布地と象牙を、私に返してください。」
つまり、結婚のときに、実家に対して、いろいろと金品を渡している。お嫁さんを「買う」のが、こちらの風習である。その嫁が帰らない以上は、渡した金品を返してもらいたい、というわけだ。

父親は、ああっ、と叫ぶ。
「そう言われても、われわれのところにはもう何も残っていない。」
じゃあ、どうするか。
「仕方がないから、ジェザにお前のところに戻るように説得しよう。」
父親の威厳も、ジェザの人生も、お金がないという事実の前には、もろくも挫折するのであった。

<教則本>

(第1課)

A me glo’me.
A dehbawa neh yi wa’ka ‘na budu ‘wlu giganeh,
maa e ‘neh bhe sehbha, n’na-a ‘kanyeh ‘ceha.
(先生)家に戻りなさい。
君たちの親が、私の家を修繕するまで、授業は中止だ。

‘Saa bha ‘n a yi o nimi yi ‘neh?
Papa, o le sukumaseh le naa,
a ‘neh ‘o budu ‘wulu giganehe me-e o ‘na-a kanyeh ‘ceha.
(父親)何故、お前たちは帰って来たのだ。
(子供たち)パパ、先生がね、お父さんが先生の家を修繕するまでは、授業はしない、って。


Misie, ‘saa-gboh -n -se o yuoa -suku ‘me ‘neh?
(父親)先生、どうして子供たちを家に帰したのですか。

‘Na -budu ‘nehe neneh.
‘Nyu -ka lehbha-a, n’n ngame.
Zaa n ‘na-a ‘koha ‘ceha.
A yi a ‘ka a’bhu –ma ‘ylehme.
(先生)私の家は、ひどい状態です。
雨が降ったら、もう寝ることもできません。
だから、あなたがたの子供たちを教えることができません。
私の家を、見に来てください。


(第2課)

O le, -na debha le naa : Me –n ‘ka –dohaniea ‘ne a ‘ka sibhio me.
(母親)お父さんが、鎌をちゃんと研いで、畑に草刈りに行くように、と言っているよ。


-N –ka me-e, ‘nyo ‘deh : N ‘na-a ‘ka zeh’e ‘kwle’me.
Me maa nyepe n ‘ka-a nyepe.
(息子)お父さんに言っておいて。僕は畑には行かない。
今日はゆっくりしたいからね。

Zaa ‘na-a –kame zeh’e ‘who pi maa –n ‘neh libho noh-ho
-na ngli ‘neh-e meneh.
(母親)じゃ、今晩はご飯は無しだよ。
働かないなら、お腹もすかないはずだからね。


(第3課)

N nye ‘bogoh.
-N ‘ka gwazeh pehaa me.
Aoo n keh ‘noh oo.
N’ka na ‘luwli ‘deh ‘nyee me.
(医者)はい、これが処方箋です。薬局で薬を買ってください。
(ジェザ)分りました。夫に相談します。


Dohtoloh, o –kame o gwazeh ‘nye?
N’nn, maa o –kaa ‘bogoh ‘nye n’keh peha.
Me –n ko ‘deh ‘nye o –kame gwazeh ‘nye,
Maa –lohayi ‘neh -a’a –bheleh ‘lehlehleh.
(夫)医者は薬をくれたか。
(ジェザ)いいえ、薬を買うようにと、処方箋をくれたわ。
(夫)医者のところに行って、ちゃんと薬を渡すように言え。
俺のところには、お金なんかない。


(第4課)

Jeza, ‘saa bha ‘neh?
A –saa ke yowoh, n ne n’ka na ‘bhele me n ‘ka-a’a –ma gleh.
Se yeh –woho o ‘me ‘neh?
Gablie lehbhaa tenyii, o’o-o ‘na gwazeeh peha, o’o peha na lekwi zaa,
n’ka-a’a –ma na dehba ghleh n’ka –ma gleh.
‘Oo! Yeh ye nyimo!
(長老)ジェザ、何が起こったのだ。
(ジェザ)放っておいてください。私はもう実家に帰って、そこで暮らします。
(長老)でも、どうして?
(ジェザ)夫が、いつもひどく、私をぶつのです。
それに、子供に薬も買ってくれませんでした。
だから、実家に帰って、そこで暮らすことにしました。
(長老)おやおや、どうにも困ったことになったもんだ。


(第5課)

Gboh ‘neh-e –ma –who,
Maa ‘na ngloo ‘me n yl-e yowoh bhibhee.
(夫)皆さん、ごきげんいかがですか。
今日は、皆さんにお詫びをして、妻を連れ戻しに来ました。

N’nn, maa kpohkpoh –n ka-a zaa.
-Naa ‘ko-a’a –kaleh.
(ジェザの父)駄目だ。お前は、ひどい夫だからだ。
彼女を戻すわけにはいかない。


A –yayaya! Maa –a –ka-a’a –sehkaa me-e,
‘na-a ‘ko-a’a ‘kpohkpoh ‘who ‘paneh.
(夫)あれあれ、まことに申し訳ない。
妻が戻ったら、もう酷いことは決してしません。

-A ‘na-a nglu ‘lehlehleh!
(ジェザの父)絶対に駄目だ。

-Aa! zaa, a neh nyeh-aa ‘na leeh yowoh.
‘Na bhilii, wila, lekwi ‘kadee ‘n logleyii.
(夫)そういうことなら、私が払った結納を返してもらいましょう。
牛と羊と、それから沢山の布地と象牙を、返してください。

-Aa! –a keh ‘noh maa –lu ‘neh-e –bheleh zaa,
-A ‘ka Jeza yowoh bhibhe a ‘ka –na ‘bhele me.
(ジェザの父)ああっと、そう言われても、われわれのところにはもう何も残っていない。
仕方がないから、ジェザにお前のところに戻るように説得しよう。


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