コートジボワール日誌

在コートジボワール大使・岡村善文・のブログです。
西アフリカの社会や文化を、外交官の生活の中から実況中継します。

何とか車を手配しないと

2010-11-25 | Weblog
「何とかしなければならない。」
と、またチョイ国連代表は大使連中を集めて、深刻な表情である。先週の11月18日の昼食会でのことだ。
「そうしないと、第一回投票での間違いを繰り返してしまう。しかも、決選投票では、この点がうまく行くかどうかが、決定的に重要なのです。」

どの点か、というと開票結果をどれだけ迅速に発表できるか、という点である。第一回投票(10月31日)では、83%という高い投票率と、ほとんど衝突や暴力沙汰がない平穏な選挙を実現した。しかし、選挙管理委員会が開票結果をなかなか発表しなかった。投票後2日間も何の情報も提供されなかったので、だんだん人々の間に不安が高まっていった。日中なのに、店が閉じられ、街から車と人通りが消えるといった事態になった。そこで、選挙管理委員会は慌てて、中間発表を始めた。

選挙管理委員会がなかなか結果発表できなかったのには、原因がある。それは、全国2万ヶ所の投票所での開票結果を集計するのに、手間取ったからだ。投票所で、即日開票されて、各候補者の得票数は、「開票調書」に書き込まれる。そこに、選挙係員とともに各政党からの代表者が署名し、その「開票調書」を各地にある地方選挙管理委員会に運ぶ。地方選挙管理委員会は全国に329ヶ所あり、担当地区にある50から60を数える投票所から届く「開票調書」が揃うのを待って、集計を開始する。

即日開票なので、どの投票所でも、投票日の夜8時ごろには、「開票調書」が出来あがっていた。ところが、「開票調書」を各投票所から地方選挙管理委員会に運ぶところで、手間取ってしまった。遠隔地の投票所では、夜8時の暗闇の中を、でこぼこ道を走って運ばなければならない。無くしたり、奪われたりしてはいけないから、投票所の選挙係員は責任重大である。慎重を期する気持ちは当然である。

「地方では、やはり運搬手段が決定的に不足していました。全国2万ヶ所の投票所のうち、半分の約1万ヶ所で、「開票調書」を車で届ける必要があったのです。しかし、それだけの数の車を、護衛とともに確保するということは困難だった。選挙管理委員会は、1600台の車を手配して、複数の投票所を1台で回って回収するという計画をたてていました。しかし、それでも全然足りなかったのです。決選投票では、これを2400台に増やすという計画にはなっています。しかし、それでもまだ数が足りない。」

チョイ代表は、数が足りない、というだけの問題ではなかった、と説明する。そこには、選挙ならではの信頼の問題があった。
「選挙管理委員会が大きな失敗をしたのは、配車したそれぞれの車が、本物の選挙管理委員会差し回しの車であることを、きちんと証明する手段を考えていなかった点です。多くの投票所で、この車に「開票調書」を託していいのか、という議論になった。誰か候補者の支持者が差し向けた、ニセの車なのではないか。この投票所での投票結果を無効にするために、「開票調書」を奪ったり、すり替えたりすることを考えているかもしれない、と疑心暗鬼になったのです。だから、いつまでたっても、「開票調書」が地方選挙管理委員会に集まらない、という事態が生じた。それが、集計作業が遅れた大きな原因になってしまいました。」
つまり、車が手配できるか、というだけでなくその車に信頼が得られるか、という問題がある。

「一方で、各投票所では、2人の候補者の得票は、数字として出る。各候補者の政党の代表者が来ているので、その数字はただちに携帯電話で政党の本部に届くのです。そうすると、勝ち負けが政党には分っているのに、選挙管理委員会は発表する数字を持っていない、という状態が生じる。これは大変危険です。負けたと知った側の政党は、何をするか。正式発表までの間に、形勢逆転をする工作を考えるかもしれない。」
それは、まだ届かない「開票調書」への妨害かもしれないし、もっと深刻な事態をつくりだして、選挙そのものを無効にする試みかもしれない。

「私は夜も眠れないほど、悩みました。投票所から地方選挙管理委員会への「開票調書」の運搬を、何としても、確実かつ迅速に行わなければならない。さもないと、また開票結果発表までの数日間をつくってしまい、決選投票の今度こそ、それは決定的に重大な事態を招来してしまう。」
そう言って、チョイ代表は身を乗り出す。

「そうしたところで、名案が浮かんだのです。あの簡易投票所の問題を解決したやり方、つまり各投票所に資金を配布して、それぞれ自分で解決を探させるやり方を、ここにも適用するのです。車を必要とする各投票所に資金を配布して、それぞれの選挙委員に自ら車を手配させるのです。そうであれば、投票日の当日に、その投票所から「開票調書」を運ぶ車が必ず1台待機している、という状態を確保できる。」

さらに車の手当てを必要とする投票所9千ヶ所に、それぞれ車を自分で手配するように指令する。費用は、一つの投票所あたり100ドルで足りる。自分で手配した車であるから、信用も置ける。「開票調書」は完成し次第、その車に乗せられて地方選挙管理委員会に送達されるだろう。全部で90万ドルである。それだけの資金があれば、投票日の夜のうちに「開票調書」が届けられ、選挙結果の集計が間違いなく翌日には完成する、とチョイ代表は力説する。

「ほんの90万ドルで、選挙が救えるのです。その資金を出してくれるところは、ないか。私は皆さんにお願いしたい。」
チョイ代表は、集まった主要諸国の大使の顔を見回す。とくに、私と欧州連合(EU)の代表には、期待感のこもった視線である。

「いつまでに、その90万ドルが必要なのですか。」
スイス大使が聞く。
「明日にでも。だって、あと10日もない間に、各投票所と話をつけて、資金を配らなければならない。」
各大使とも、そんな無理難題を、という表情である。たとえ趣旨に賛同して、資金を提供しようという政府があったとしても、公的資金はそんなに右から左には回せない。決裁書を部内で回すだけで1週間はかかる。

私は、資金を提供してこの計画を実現できるのは、日本とEUしかないだろうな、と判断した。なぜなら、日本もEUも、第一回投票のときに選挙活動への資金提供を行っているので、すでに銀行口座に現金が来ている状態である。日本政府が使途に合意しさえすれば、少なくともその資金の残額分については、数日中に動かすことができる。しかし、他の各国には、そういう資金調達の手段はない。

そうは言っても、安易に考えてもらっては困る。説明責任というのがあるのだ。私は言う。
「日本から提供する資金を使うということは、可能だと思いますよ。でも、どうしてそんな、各投票所でのいわばレンタカー代を、日本が負担する必要があるのかを、東京に説明できなければいけません。」
チョイ代表は、厳しい表情で答える。
「絶対に必要だということ、今の私の説明で分かってもらえませんでしょうか。開票結果を一分一秒でも早く集計することが、混乱の事態を回避し、選挙を救うことになるのです。この車借り上げの計画は、そのために決定的に重要なのです。」

「分かりますよ、それは十分。しかし、私が言いたいのは、選挙を円滑に進めるのは、コートジボワール側の責任でしょう。選挙管理委員会が悩むべき話なのです。チョイ代表の心労は理解するけれど、肝心のコートジボワール政府が必要だ頼む、と言わないものを、日本としては出すわけには行かない。」
私がそう付け加えると、米国大使も私に賛同する。
「日本大使が言うことは、別の面からも重要だと思う。もし、選挙管理委員会自身が必要だ、とは言っていないことを、国連がこうするべきだといって資金を出して手配してしまったら、どうなると思いますか。その「開票調書」の運搬の責任は、国連にあるということになりますよ。責任があるということは、開票がうまく進まなかった場合には、国連や国際社会が非難されることになるのです。」

チョイ代表は、自分の提案がうまく受け入れてもらえないので、焦燥感を募らせる。
「でも、選挙管理委員会は、この問題を分かっていながら、もやは手を打とうとしないのですよ。2400台を手配するところで、もう割り当てられた資金も使い果たして、だからこれで後は何とかなるだろうと神頼みです。私の案を採用すれば、選挙の混乱を防げるのに、もうそれ以上の仕事をしない。何とか車を手配しなければならないのです。国際社会として、私がこの案を進めることに賛成できないというのなら、分かった、もう私も仕事ができない。」
怒っている。

私はチョイ代表に言った。
「日本は、この協力に乗れないとは言っていないのです。コートジボワール政府が、つまり首相や選挙管理委員長や財務大臣が、皆でそろって日本にお願いしたい、と言ってくれれば考えることができる、ということです。」
チョイ代表は、頭を抱えたままである。昼食会は、気まずい雰囲気の中で、散会となった。

公邸に帰って一休みしていたら、チョイ代表から電話がかかってきた。
「もしもし、さきほどは少し怒って申し訳なかった。」
いえいえ、連日の激務でお疲れなのでしょう。
「それで、日本大使がされた提案、あれ、ひとつやってみようと思うのです。ですから、引き続きお願いします。」
チョイ代表は、首相を動かしてみる、と言った。

(続く)

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