つい先日、土佐料理の花形“皿鉢(さわち)”の注文が入った。
“皿鉢”とは、土佐料理の典型的な提供スタイルで、直径36cm以上もある大皿に、彩りや味わいを考えて豪快に盛り込んだ大皿料理の事で、中に入るものによって“刺身皿鉢”、“たたき皿鉢”、“寿司皿鉢”、“組皿鉢”など幾つかのパターンで提供される。
土佐の冠婚葬祭には、無くてはならないものなのである。
そして、この皿鉢の仕出しを坐唯杏で行ったのだが、武内的にとてもいい話だったので、ぜひ紹介したい。
それは、営業もそろそろ終わりに近い、夜遅い時間に掛かってきた一本の電話から始まった。
その電話の相手は、ある葬儀社の方だった。
鯖寿司と鰹のたたきを仕出しして欲しいとの注文だったのだが、電話の相手は「土佐らしさ」にとても執着している。
鯖寿司で土佐らしさを強調するなら姿寿司がより土佐らしいし、鰹のたたきなら皿鉢に盛り付けた“たたき皿鉢”が豪快で見映えがすると一通り説明した後、「どのような会食で召し上がるのですか?」と尋ねてみた。
答えは予想もつかないものだった。
「出して頂く料理は食べるかもしれないが、基本的には食べるものではないのです」。
料理と言うものは食べてこそ、その価値があるもので、若い頃に展示会の料理などを担当した事もあったが、それには当時から疑問を感じていた武内にとっては、あまりいい気持ちはしない。
更に、「では、何の為に必要なんですか?」と質問する。ところが答えを聞いて、完全に心が動いた。
その答えとは、「土佐の高知から東京に転居してきた御家族の、おじいちゃんが亡くなりました。明後日の出棺の際、おじいちゃんが大変好まれていた土佐料理を、一緒に納棺して旅立ちの餞(はなむけ)にしたい。」
元来、こういう話には、武内は弱い。
土佐の習慣や料理の内容を考え合わせ、鯖寿司や鰹のたたきを同時に盛り込む皿鉢を提案した。
火が点いた途端に走り出すのは、武内の長所でもあり、短所でもある。半ば強引に他の内容については任せて貰い、予算内で何とかすると約束して、電話を切った。
武内も料理の世界に入って20年以上が経ち、色々と料理を造らせて戴いたが、今回のような、故人の為の料理は初めての経験だ。
亡くなったおじいちゃんの御家族の気持ちを考えると、中途半端なものは出せない。気持ちが引き締まるのを感じて献立を考え、仕入れの手配をする。
当日の引渡しは午前中の早めの時間だったので、厨房のマミに早出をさせて補佐をやらせる。約束の時間15分前に完成させ、引渡しを終えた。
食べない料理と解っていても、一切の手抜きはしない。
当たり前の事だが、おそらく食べて貰ったとしても、感動できる仕上がりになっている筈だ。
そして、仕出しの時の皿鉢の盛り方も、師匠から手ほどきは受けている。
とは言え、車で運ぶ途中で盛り付けが崩れたりしなかったか気に掛かるところだ。
その後すぐには葬儀社の方からの連絡は無かったが、器は手が空いてから時間のある時返してくれればいいと伝えてあるので、あえてこちらから連絡はしなかった。
そして何日か経った頃、葬儀社の方が器を返しに来てくれた。
「いかがでした?」と一刻も早く訊きたかったが、こちらが質問する前に、相手から先に話し始めてくれた。
「出棺の時、皿鉢に掛けてあった布を取ると、皆さんから声が上がりました。御家族の方の第一声は『まさにこれだ!』。
とても感激して戴きまして、『おじいちゃんが、鰹のたたきが好きだったんです』と、泣き崩れる方もいらっしゃいました。」
葬儀社の方とお互いに丁重な礼を交わし、その場は終わった。
別れ際に自社のブログに今回の葬儀の事を書いたとの事だったので、後ほど開いてみた。読んでいると、当時の様子が伝わってくる。
<アーバンフューネス・アーバンホール東京ベイ日記>
http://blog.livedoor.jp/urban_tokyobay/archives/50036242.html
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武内初めての経験は、「弔う」と言う事を真剣に考えさせられる出来事でした。
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坐唯杏・本店 公式ブログ
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樂旬堂・坐唯杏 CEO&総料理長 武内剋己
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私は担当をしたスタッフではありませんが、
あの料理の迫力には圧巻でした。
裏舞台もこのブログを見て初めて知りました。
感謝申し上げます。
本当にありがとうございました。
僕が死ぬ時も、武内さんになにか作ってもらいたいなー。