アゼルバイジャン 続き
アゼルバイジャンはイスラム教の国。
しかし、お酒はOK。
現地ガイドさんも「コーランには、酒を飲むなとは書いてない」と言う。
イランとは大違い。
同じく、イスラムの教えがゆるやかなトルコだって
「経営者の信仰によりお酒は置いてません」というお店があったりしてたのに・・
ただし「ビールが冷えていない」と嘆くお方もいましたが・・・
その他、アゼルバイジャンの(私的)見所
ゴブスタン国立保護区の景観と岩絵
ユーラシア大陸、どこに行っても、地震があったせいで・・・が決まり文句のように出てきて・・・
遠くに見えるテーブル状の岩山が不思議な魅力。
手前の岩山は地震でガラガラと崩れて・・・
そこらじゅうに岩が・・・
その岩に・・・・
これ、人物がはっきり見えていますが、
それは、チョークなどで凹んでいる絵柄をなぞってあるから・・・
実際はこんなにはよく見えないものだそうで・・・
すごいのは、この絵が描かれた(正確には岩を彫ってor削ってある)のが
5000年から20000年前だということ。
太陽、星、人物、動物、船・・・とにかく、多種多様
長い長~い年月に描かれた岩絵は・・・60万点を超えている。
シェキ・ハーンの宮殿
1760年くらいに7~8年の年月をかけて建てられた木組み構造の宮殿。
ステンドグラスが美し~いのですが、中に入らないと見られない。
中に入ると、撮影禁止・・・
(どうしても見たい方は検索して探してください。5.6年前は撮影できたらしい)
室内の壁一面に描かれた花の絵も見事です。
が、しかし、シェキ・ハーンはここに来たことはあっても
泊まったことはなかったそうで・・・・う~~ん
首都バクーの今風建物もすこし・・・
スリー・フレームズ・タワー
3つの炎のタワーね・・・う~~っむ。
日本人も設計に関わっていたとか・・・
とにかく大きい!
大きさは右にある普通のビルと比較してくだされ。
古い建物の間から、靴紐のブッシュウォーク結びみたいな・・・
と、ここまでは、明るい話題。
南コーカサスはいろいろな紛争をかかえた地域なのだった。
アゼルバイジャン南部、ナゴルノ・カラバフは紛争地帯。
アゼルバイジャンと隣国アルメニアの関係は険悪。
1991年にソビエトから独立したときに問題発生。
アゼルバイジャン内のアルメニア人が多く居住しているこの地域が
ナゴルノ・カラバフ共和国として、独立宣言したのをきっかけに戦争勃発。
2万人の死者、100万人の難民が発生。
以後、停戦合意がなされたものの、しばしば小競り合いが起こっているようで・・・
ナゴルノ・カラバフからの難民になってしまった
アゼルバイジャン人難民の居住地区なども通り・・・
その難民居住地区にも、ちょっと訪問。
しかし、申し訳なくて写真はなかなか撮れず・・・
唯一、これが・・・・
周辺にはニワトリがコッココッコと・・・牛や豚なども飼っていたけれど
生活はタイヘンそうで。
道ばたでパンを焼いて売っていたりして・・・・
このおばさんは恐そうだったけれど、この写真の後にっこり笑って・・・
インドのナンと同じく、壺型の窯の内側面にこねたパン生地を貼り付ける焼き方。
焼きたては、とてもおいしい!
(パンを撮るのを忘れ・・・)
そんなわけで、旅行者はアゼルバイジャンから隣国アルメニアへ直接入ることはできない。
グルジアに入って、一泊。
翌日、アルメニアへ。
アゼルバイジャンはイスラム教の国。
しかし、お酒はOK。
現地ガイドさんも「コーランには、酒を飲むなとは書いてない」と言う。
イランとは大違い。
同じく、イスラムの教えがゆるやかなトルコだって
「経営者の信仰によりお酒は置いてません」というお店があったりしてたのに・・
ただし「ビールが冷えていない」と嘆くお方もいましたが・・・
その他、アゼルバイジャンの(私的)見所
ゴブスタン国立保護区の景観と岩絵
ユーラシア大陸、どこに行っても、地震があったせいで・・・が決まり文句のように出てきて・・・
遠くに見えるテーブル状の岩山が不思議な魅力。
手前の岩山は地震でガラガラと崩れて・・・
そこらじゅうに岩が・・・
その岩に・・・・
これ、人物がはっきり見えていますが、
それは、チョークなどで凹んでいる絵柄をなぞってあるから・・・
実際はこんなにはよく見えないものだそうで・・・
すごいのは、この絵が描かれた(正確には岩を彫ってor削ってある)のが
5000年から20000年前だということ。
太陽、星、人物、動物、船・・・とにかく、多種多様
長い長~い年月に描かれた岩絵は・・・60万点を超えている。
シェキ・ハーンの宮殿
1760年くらいに7~8年の年月をかけて建てられた木組み構造の宮殿。
ステンドグラスが美し~いのですが、中に入らないと見られない。
中に入ると、撮影禁止・・・
(どうしても見たい方は検索して探してください。5.6年前は撮影できたらしい)
室内の壁一面に描かれた花の絵も見事です。
が、しかし、シェキ・ハーンはここに来たことはあっても
泊まったことはなかったそうで・・・・う~~ん
首都バクーの今風建物もすこし・・・
スリー・フレームズ・タワー
3つの炎のタワーね・・・う~~っむ。
日本人も設計に関わっていたとか・・・
とにかく大きい!
大きさは右にある普通のビルと比較してくだされ。
古い建物の間から、靴紐のブッシュウォーク結びみたいな・・・
と、ここまでは、明るい話題。
南コーカサスはいろいろな紛争をかかえた地域なのだった。
アゼルバイジャン南部、ナゴルノ・カラバフは紛争地帯。
アゼルバイジャンと隣国アルメニアの関係は険悪。
1991年にソビエトから独立したときに問題発生。
アゼルバイジャン内のアルメニア人が多く居住しているこの地域が
ナゴルノ・カラバフ共和国として、独立宣言したのをきっかけに戦争勃発。
2万人の死者、100万人の難民が発生。
以後、停戦合意がなされたものの、しばしば小競り合いが起こっているようで・・・
ナゴルノ・カラバフからの難民になってしまった
アゼルバイジャン人難民の居住地区なども通り・・・
その難民居住地区にも、ちょっと訪問。
しかし、申し訳なくて写真はなかなか撮れず・・・
唯一、これが・・・・
周辺にはニワトリがコッココッコと・・・牛や豚なども飼っていたけれど
生活はタイヘンそうで。
道ばたでパンを焼いて売っていたりして・・・・
このおばさんは恐そうだったけれど、この写真の後にっこり笑って・・・
インドのナンと同じく、壺型の窯の内側面にこねたパン生地を貼り付ける焼き方。
焼きたては、とてもおいしい!
(パンを撮るのを忘れ・・・)
そんなわけで、旅行者はアゼルバイジャンから隣国アルメニアへ直接入ることはできない。
グルジアに入って、一泊。
翌日、アルメニアへ。