ほろ酔い日記

 佐佐木幸綱のブログです

前川佐美雄賞・ながらみ書房出版賞授賞式

2018年07月07日 | 日記
昨夜、第16回前川佐美雄賞、第26回ながらみ書房出版賞の授賞式が、お茶の水のガーデンパレスで開かれ、出席してきました。
オーム真理教の麻原彰晃以下の処刑が行われ、日本各地で記録的大雨による被害が伝えられる中、それでもにぎやかに授賞式、記念パーティがおこなわれました。

以下、雑誌「短歌往来」のために書いた選評を、採録しておきます。

 「前川佐美雄賞」は、奥田亡羊の歌集『男歌男」に決定しました。
 この歌集の独特さは、時事詠・社会詠を見るとわかりやすいだろうと思います。新聞やテレビの取材とは、まったく違う切り口、掘り進め方を見てとることができます。

  「ゲス」という言葉のちから生き生きと蘇らせて美女は顔上ぐ           
  インターフォンより「ママあ、ママあ」と呼ぶ声の幾日か聞こえ消えゆきにけむ
  ユージン‥スミスの写真の奥に日は差して子どもを抱く母の顔あり          
  海の来て海の去りたる野阜(のづかさ)に長ぐつ干して泣く人は見ゆ             
 
 一首目は、解説するまでもないでしょう。 ベッキーと「ゲスの極み乙女」の川谷絵音の不倫騒動です。この作のあざやかな切り口は選考会でも話題になりました。
 二首目は、二〇一〇年、三歳と一歳の子をマンションの部屋に置いたまま母親が五十日間家に帰らなかった、という事件。声そして音だけに焦点をしぼって、いたましい事件を表現しています。
 三首目、ユージン・スミスの写真集『水俣』をうたった作。四首目、東日本大震災に取材した作。野阜は小高い岡の意味です。どれも、いわゆるニュース的な要素をできるだけ排除して、腰を低くしてうたっている点が特色です。ニュースを非ニュース的にうたっていると言ってもいい。マスコミ、ネットとの差異の大きさが魅力です。
 この歌集には、自分の子に取材した作、家族をうたうが多く、また佳作も多いようです。詳しい事情は知りませんが、妻と子は妻の実家がある群馬県に住み、自分は単身、東京に住んでいるらしい。

  浅間山しずかに揺れて火を噴けり少女となりて子は眠りつつ     
  ひらひらと子は走るもの石積みの古墳のめぐりコスモスの咲く
  石の上に焚きし火のあと縄文の家族はここに首を寄せけむ
  子らを遠く人と歩める冬の日の道まがるたび道のさき見ゆ
  ガスコンロの青き炎に十の爪照らしてそこに立っている人
  子の顔を近づけ匂いかがせれば大泣きに泣くこれは水仙
  歩みつつ人となりゆく進化図のはじめの猿のうつむきており

 特色は、日常的な場面に取材した作がほとんどないことです。「ガスコンロ……」の歌はたぶん妻をうたったのだと思いますが、日常を不思議な世界のように表現しているのが象徴的です。近年多い、日常の現実に取材したイクメン歌集と異なるところです。
 「あとがき」によれば、タイトル「男歌男」は佐佐木幸綱の「男歌」からとったとしています。歌集には「男歌男」なる人物がしばしば登場し、ときに戯画化の役をつとめていたりするのですが、結局、「男歌男」のイメージあるいは意味が私にはよくわかりませんでした。

 第26回「ながらみ出版賞」は、岩尾淳子『岸』に決定しました。

よろこびの長さのように川はありところどころに橋は休めり

 歌集を読んで、たとえば「川」と「橋」とをこういうふうにうたった歌は見たことがないので「おっ!」と思いました。とくに「橋」。何本もの橋は休んでいるんですね。
 歌集のタイトルの由来をうたったらしい次の一首にも驚かされました。こういうタイトルの付け方に、はじめて出あいました。

  岸、それは祖母の名だったあてのなき旅の途中の舟をよせゆく

 川や橋、歌集のタイトルをこのように見る特異な感覚が魅力的です。

 当日の。受賞者のほか、選評する俵万智、御祝いにかけつけた「心の花」メンバーの写真を
出しておきます。


     


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