横浜技能会館についたのは、2時、すでに岸先生のフアックスフオンによる、コンサートが始まっていた。先生が、サックスヲ拭きながら、一人一人に語りかけるように、近づいて拭いてくれた。あたかも、音楽を通して、岸先生の生きざまを感じられるひと時だった。以前、岸先生のコンサートを聞いたのは、鎌倉芸術会館だった。
500人ほど集まって聞いていた。しかし、今日は、20人ほどの小さなサロンのような形でのコンサートだった。 日本人の心の歌として、故郷、荒城の月、ミカンの花咲く丘をひいてくださった。 ふるさとを作詞作曲したかたは、牧師さんだったようだ。滝廉太郎もクリスチャンだった。 讃美歌で、世界中で一番愛唱されている、アメージンググrフェースを演奏してくださいました。 CDを半額の1000円で売ってくださいました。 最後にCDに岸先生から、サインをいただきました。 敬愛する島村さん
みな異う。みな大切. 2011,2.26
千の風
私のお墓の前でほほえんでください。
すでに、私は召されて、天国に来ました。
青い空の、はるかかなたの国で
愛する人達と 手を取り合っています。
主イエスは 死に打ち勝って
よみがえられたので
すべて信じる者は 滅びることはない。
青い空の はるかかなたの国で
ともに手を取り合って、喜ぶ日がくる。
私のお墓の前で 喜んでください。
そこに私はいません。天国に来ています。
千の天使 愛する一人ひとり
あなたに会うまで、見守っています。
千の天使 愛する一人ひとり
あなたに逢う日まで 見守っています。
あなたに逢う日まで 見守っています。
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日時 2011年2月26日
時間 13:30~17:00
テイタイム 15:30~17:00
場所 横浜技能会館 地下音楽室
横浜市万代町2-4-7
(いせざき大通り公園ヨコ)
奏楽 池田よしみ
ワーシップリーダー 神崎佳都子
ありのままのあなたが素敵
これが、ハーベストチャーチだ!
連絡先 神崎佳都子 045-821-9716
http://blogs.yahoo.co.jp/yonohikari2009/19062988.html
2月27日 日曜礼拝 説教要約
説教題:「自分の幸福感は自分で管理しよう」
聖書箇所:コリント人への手紙第二 6章1節~10節
説教者:菅野直基牧師
聖書は、「神の恵みをいたずらに受けないように」と警告します。それは、馬の耳に念仏のように、意味のないものとして受けるのではなく、その恵みが私たちの生き方になることを願っての言葉です。
1、人の評価に左右されない生き方
パウロは、「ほめられたり、そしられたり、悪評を受けたり、好評を博したりすることによって、自分を神のしもべとして推薦しているのです。」と語ります。それは、人の評価は様々であることを知りつつも、それに左右されないで生きている姿を見せてくれています。スポーツ選手、政治家、タレントのように自分自身をさらしている人々に対する評価は様々です。私たちに対する人の評価も様々なはずです。そのような人の評価に頼って生きていると、間違いなく不安定になります。人の目に対して生きるのか、神の目に対して生きるのかが問われます。そして、神の目に対して生きる時、人の評価に左右されない生き方をすることが出来るようになります。
2、人の目に対して生きるのか、神の目に対して生きるのか
人の目に対して生きるのと神の目に対して生きるのでは、生き方が決定的に変わってくるはずです。マザー・テレサは、神の目に対して生きた人です。道ばたに倒れている人の中にキリストの姿を見て、手を指し伸ばしました。これがもし、人の目に対して生きながらしていたとしたら、相手からのお礼や人からの賞賛、評価、報いを求めただろうと思います。そして、それを受けることができる時には、幸せでいられても、返ってくるものがない時には、不満が生じて、良いことをしながら不幸になります。私たちも、神の目に対して生きる時に、人から返ってくることを期待しないで親切をすることが出来ますし、誰が見ていても見ていなくても、同じような生き方ができるはずです。そこには、本当の自由があり、誠実な生き方になります。
3、自分の幸福感を自分で管理しよう
「悲しんでいるようでも、いつも喜んでおり。」とパウロが語った生き方は、自分の幸福感を自分で管理している生き方です。悲しみ、困難な時にも、主を讃美し、喜ぶ生き方を選ぶことが出来ます。その生き方を支えているものが信仰です。ダビデの言葉の中に、「主は私の牧者です」(詩篇23:1)と、目に見えない神に頼り切っている姿を見ます。何もない、望みもない荒野の真ん中で、ダビデは「主が牧者なので大丈夫!」と語り、讃美をしています。この喜びは、どんな悲しみや恐れよりも強く、究極の楽観的な生き方を与えます。今の時代、将来の不安材料は山ほどあります。しかし、パウロやダビデのように、自分の幸福感を自分で管理する生き方を自分のものとさせて頂きたいものです。そんな生き方が、他者を幸せにし、日本を救い、世界に平和をもたらさせるのです。
説教題:「自分の幸福感は自分で管理しよう」
聖書箇所:コリント人への手紙第二 6章1節~10節
説教者:菅野直基牧師
聖書は、「神の恵みをいたずらに受けないように」と警告します。それは、馬の耳に念仏のように、意味のないものとして受けるのではなく、その恵みが私たちの生き方になることを願っての言葉です。
1、人の評価に左右されない生き方
パウロは、「ほめられたり、そしられたり、悪評を受けたり、好評を博したりすることによって、自分を神のしもべとして推薦しているのです。」と語ります。それは、人の評価は様々であることを知りつつも、それに左右されないで生きている姿を見せてくれています。スポーツ選手、政治家、タレントのように自分自身をさらしている人々に対する評価は様々です。私たちに対する人の評価も様々なはずです。そのような人の評価に頼って生きていると、間違いなく不安定になります。人の目に対して生きるのか、神の目に対して生きるのかが問われます。そして、神の目に対して生きる時、人の評価に左右されない生き方をすることが出来るようになります。
2、人の目に対して生きるのか、神の目に対して生きるのか
人の目に対して生きるのと神の目に対して生きるのでは、生き方が決定的に変わってくるはずです。マザー・テレサは、神の目に対して生きた人です。道ばたに倒れている人の中にキリストの姿を見て、手を指し伸ばしました。これがもし、人の目に対して生きながらしていたとしたら、相手からのお礼や人からの賞賛、評価、報いを求めただろうと思います。そして、それを受けることができる時には、幸せでいられても、返ってくるものがない時には、不満が生じて、良いことをしながら不幸になります。私たちも、神の目に対して生きる時に、人から返ってくることを期待しないで親切をすることが出来ますし、誰が見ていても見ていなくても、同じような生き方ができるはずです。そこには、本当の自由があり、誠実な生き方になります。
3、自分の幸福感を自分で管理しよう
「悲しんでいるようでも、いつも喜んでおり。」とパウロが語った生き方は、自分の幸福感を自分で管理している生き方です。悲しみ、困難な時にも、主を讃美し、喜ぶ生き方を選ぶことが出来ます。その生き方を支えているものが信仰です。ダビデの言葉の中に、「主は私の牧者です」(詩篇23:1)と、目に見えない神に頼り切っている姿を見ます。何もない、望みもない荒野の真ん中で、ダビデは「主が牧者なので大丈夫!」と語り、讃美をしています。この喜びは、どんな悲しみや恐れよりも強く、究極の楽観的な生き方を与えます。今の時代、将来の不安材料は山ほどあります。しかし、パウロやダビデのように、自分の幸福感を自分で管理する生き方を自分のものとさせて頂きたいものです。そんな生き方が、他者を幸せにし、日本を救い、世界に平和をもたらさせるのです。
世界各国の難民の非常に多くが食糧不足による、病的な「やせ」で悩む中、先進国で、肥満が問題になっています。
昨秋私が訪問したメキシコは、米国に次ぐ肥満大国です。大気が汚染されている事や、自動車が多いことから、子供たちが野外で運動せず、ポテトチップやコーラ、ハンバーガーなどジャックフードをたくさん食べることが肥満の原因です。
肥満とは、摂取カロリーが消費カロリーを上回った結果起こる体脂肪の過剰状態です。言い換えれば、中性脂肪が脂肪細胞内に過剰に蓄積された状態です。この脂肪細胞も生きた細胞で、心臓から血液を送ってもらうので、心臓にも負担がかかります。将来、高血圧、心臓病、糖尿病、腎臓病などを招く危険が大きいです
肥満度を科学的に示す、指数として、BMIがあります。体重(キログラム)を身長(メートル)の2乗で割った数字で、18.5から25が標準とされています。体脂肪では、男性20%以上、女性30%以上が肥満とされます。
肥満対策の基本は運動と食事です。一般に肥満の人は、運動することが面倒になって屋内にっこもる一方、食事の量は過多になりがちです。ごはんや麺類など糖質のほか、脂肪の多い食材やアルコールなどの高カロリーなものを好む傾向もあります。
先進国は、高カロリー食の傾向があり、このため、肥満者が多くなります。ただし、一口に先進国といっても、地域差があり、米国では、中部が肥満が最も多く、東部は少なくなっています。
日本では戦後、好景気の波に乗って肥満が急増し、最近統計では、肥満人口は、男性1300万人、女性1千万人とも言われています。
今回のメキシコ訪問では、医学の進歩を目のあたりにしました。重度の肥満症の大人を病院に半日入院させ、少しの量で満腹感を与えられるようにする手術が盛んでした。胃を部分切除したり、胃の真ん中を絞ってヒョウタン型にしたりするのです。
メキシコと日本は400年もの文化交流史があります。
健康問題に関しても互いによい生活習慣を学びあえればよいと思いました。
(聖路加病院理事長)