ムスメは1歳過ぎるまで歯が一本も生えない子で
当時は「このまま生えてこないんじゃ?」と少し心配したりした。
こーゆー子は永久歯に生え変わるのも遅いらしい。
2年生も半ばを過ぎて、やっと前歯がグラグラしてきたのだが
ぐらつく歯を庇う知能が発達してしまい、なかなか抜けないので
おととい、歯医者さんでの「抜歯初体験」を果たしてきた。
「大好きなS先生がいなかったら帰る」を繰り返しながら歯医者に向かったが
残念なことにしっかり指名予約していたのでS先生はいらっしゃった。
名前を呼ばれて歯をくいしばりながら診察室に入る。
優しい看護婦さんに「あら、ブタちゃん持ってきたの?」と言われてキレていた。
これはアフロ犬だもんっ!!!
犬でもブタでもなんでもいいじゃないか。
見た目同じだし。
心の狭いやっちゃなー
S先生は間違っても痛い治療をしないと親子で絶対的に信頼しているので
ワタシは診察室でウトウトしながら余裕で待っていた。
そういえばムスメは前歯が抜ける頃には死ぬって言われてたんだよなぁ
・・・なんて思い出にふけりながら。
ウチはビンボーだったし0歳からムスメを保育園に預けていて
けっこう昔の考えを持つババァ達に「かわいいさかりは一瞬なのよ」とか
「子供は親の元で育つのが一番いいのよ」とかムカつくことを言われて
じゃぁウチの家賃払ってくれんのかよ!アタシだって働きたくなんかないんじゃ!
・・・と言いたいのを抑えつつ「あら、でもムスメは毎日楽しそうですよ。
絵の具や粘土なんてなかなか家庭ではやらせられないし」と負け惜しみを言っていた。
でもその実、あの頃のアタシはムスメに対して罪悪感があったのだと思う。
ところがある日、その保育園の検診でムスメの胸の音がおかしいと言われた。
小児心臓外科を紹介されて検査をしたが
太0.1ミリ、長さ3ミリの毛細血管を捜すのはかなり時間を要した。
何度も「ないですよ~」とか言われた。
結果みつかって「何故これが聴診器一本で見つかったのかわからない」と言われた。
それもうるさい子供が何十人も走り回る保育園の中で・・・。
「名医ですね。その方にお礼を言ったほうがいいですよ」と専門医に言われた。
初めて「ビンボーでよかった」と思わされた瞬間だった。
保育園に通わせなかったら死んでたんだ。
それから体重が増えるまで2年間待ったのだが
検診や打ち合わせなどで、ワタシは質問のひとつもしなかった。
入院先で希望の病院はありますか?「先生におまかせします」
手術に関する質問等は?「ないです。おまかせします」
もっと我侭言ったり動揺したりしてもいいんですよ?「いや、とにかくおまかせしますので」
稀に見るお行儀の良い保護者で助かりますけどね^^;
・・・いや、決してお行儀が良いわけではなかったんだ。
どんな病気なのか全く知識がなくて質問ができなかっただけ。
医師は一番最初に
「心臓に欠陥があるわけではないので命の危険はありません。
簡単な手術です。失敗する可能性はゼロに近いです」と言った。
それで十分だった。余計な知識は必要なかった。
ネットで「先天性動脈管開存症」と調べることもなく医師の言葉だけを信じて2年待った。
要はこーゆーことだ。
赤ちゃんでお腹にいるときに酸素を心臓に運んでいた血管は
生まれると共に収縮してなくなるのだが、ムスメはなくならなかった。
鼻から酸素を取り入れられるようになって不要になったその血管は
こんどはバイキンを運ぶ働きをするようになる。
この病気の子は、大怪我をしたり歯が抜けたりしても患部が腫れない。
腫れる=バイキンがその場で戦ってるということだけど
ムスメの体に入ったバイキンは戦わずに心臓にそのまま流されてしまう。
大変なのは歯が生え変わる時。歯が抜けた時のバイキンというのはすごいものらしい。
「命の危険はありません」
「ですが、このまま放っておけば歯が生え変わる時に死ぬ恐れがあります」
つまり簡単な手術をすれば長生きできると。
なんだチョロイ話じゃないか。余裕じゃないか。
それを覆すような情報はいらない。
病名を聞いた瞬間になぜか「不安だと思ったり泣いたりしたら死ぬ」と思い込んだ。
なので医師に「何か心配なことは?」と聞かれても「何もありません」で通した。
入院日は3月のまだ肌寒い日だった。
医師に
「簡単な手術だから一ヶ月で退院できますよ。桜が見れますよ」と言われた。
あ。また「簡単」て言った・・・と思った。
入院してからも"お行儀良く"過ごしたアタシだったが
手術当日の朝、もう麻酔がきいてトロンとしてるムスメを前に唐突に言葉が浮かんだ。
「あ。いっこだけありました。痛い思いさせないで下さい。
麻酔たっぷり使ってください。痛み止めも時間関係なく与えてやって下さい」
医師は「それはちょっと・・・・」という顔をしたが
「わかりました」と笑って手術室へ入っていった。
手術室から出てきた娘の両手両足、更に口やら背中から管が出てる姿は
一瞬うるっときそうになったがそこも耐えた。
泣いたら死んでしまう。アタシが不安になったらムスメは死んでしまうんだ。
それから会いに行く度ムスメの体からは一本ずつ管の数が減っていき
「明日退院しましょう」と言われた時に初めて涙が出た。
これで安心して6歳を迎えられる・・・と思った。
医師に「もっと早く泣けたらよかったですね」と言われた。
最初から最後まで温かい人だった。名医なのに威張ったところは微塵もなかった。
退院の日は担当医は休み。
先生が言ったとおり満開の桜が咲いてたのに一緒に見られなかった。
残念だな。桜の下でお礼が言いたかったのに。
・・・・・で。
実際歯が抜けたのは8歳だったか。
そうかそうか。ノロマだからなぁ、歯が抜けるのも遅かったか。
ウヒャヒャヒャヒャ・・・おバカめ!
と笑ってたら「かぁちゃん、歯とれたよ」と起こされた。
本気で寝てたらしい。
「どうしよう。笑うとブサイクだよ。ソレイユで踊るとき笑えないよ」
とか言っている。
そんなもん、なんてことないさ。
ブサイクなんて小さいことだ。
気にせず踊るがいい。
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