歌舞伎見物のお供

歌舞伎、文楽の諸作品の解説です。これ読んで見に行けば、どなたでも混乱なく見られる、はず、です。

「本朝廿四孝」 ほんちょう にじゅっしこう

2010年04月30日 | 歌舞伎
四段目にあたる「十種香(じゅっしゅこう)」と「奥庭(おくにわ)」を書きます。
三段目の「筍堀」(たけのこほり)は=こちら=です。

長いお芝居の一部です。
前後の複雑な部分は巧みにカットされてしまっており、ストーリーは非常に単純になっているので、
設定さえ押さえれば問題はありません。
深窓で育った真っ赤な振袖のお姫様が、「のちとは言わず、今ここで(したい)」なんて言う楽しいお芝居ですよ
(ちょっと違う)。

戦国時代です。越後(いまの新潟)の上杉(長尾)謙信と、甲斐(いまの山梨)の武田信玄が仲悪かったころです。
今だと新潟と山梨の間には長野がデンとはさまっていますが、
この時代は長野はありません。甲斐と越後が強いので攻め落とされてしまったのです。

舞台は越後の上杉謙信のお屋敷です。
真ん中に広座敷があり、左右に小さい個室のお座敷がある、シンメトリーで豪華な舞台面です。

勝頼(かつより)という美青年が出てきます。
「簑作(みのさく)」と呼ばれています。
武田勝頼(たけだ かつより)はちゃんと歴史にも出てくる、武田信玄の息子さんですが、
この作品で、勝頼は生まれてすぐによその子供と取り替えられて、さらにもらい子に出され、
一般人の「簑作」として育った、という設定になっています。

「勝頼さま」として育てられたニセモノは、詳細は割愛しますが、前の段で勝頼さまの代わりに切腹します。
本物の「勝頼さま」は「蓑作」として生きていて、いろいろあってこの上杉のお屋敷で働くことになりました。
ここまでが前段までの展開です。

というわけで、
まず、中央の広い座敷に勝頼が登場します。紫の裃姿でじつに美しいです。

勝頼は民間に育ち、今回「花作りの簑作」として敵である越後の上杉謙信のお館にうまいこと雇われました。
自分の替わりに死んだ簑作のことを思って不憫に思う毎日です。
みたいなモノローグがあります。
この場面だけでお芝居ののよしあしが決まってしまうくらい、美しく、大切な場面です。

「花作り(はなつくり)」というのは、主に菊を栽培する園芸技術者です。
貴族や大名のお庭に咲く花は、品種改良が進んでいてキレイに咲かせるには専門技術がいります。
どのお屋敷も、技術を持った「花作り」や「木作り」を雇ったのです。庭師さんです。
登場人物が、武家屋敷に雇われて入り込む手段として、「花・木つくりに化ける」というのはお芝居の定番の設定です。

と説明すると、庭師がなんで大小差して紫の裃着てるよ、庭仕事しろよ、とお思いかもしれませんが、
直前にいろいろあって、花作りとして雇われたのですが別の任務を言いつけられたのです。
今はそのへんは出ないので、細かい事は無視してご覧ください。

左側の小部屋に黒い服の美女が出ます。腰元です。「濡衣(ぬれぎぬ)」という色っぽい名前です。
死んだにせもののほうの勝頼の恋人でした。勝頼さまの秘密を知っています。勝頼(本物)を見ては死んだ簑作を思い出して悲しみます。

右側の小部屋に真っ赤なふりそでのお姫様が出ます。上杉謙信のひとり娘です。
お姫様は「八重垣姫(やえがきひめ)」といいます。まさに深窓の令嬢って名前です。
八重垣姫は武田の勝頼さまといいなずけでした。
勝頼さまがいい男なので八重垣姫はおお喜びだったのですが、勝頼様が切腹してしまったので、日夜嘆いています。

お部屋に絵師に描かせた勝頼の絵姿をかけ(ていうか実物見たことないです。二次元恋愛です)、
「十種香(じゅっしゅこう)」を焚いてお経を読む日々です。

「十種香」は十種類の香を混ぜた、凝った、ゼイタクなお香です。
絵姿のそばで十種香を焚いて香遊びをしながらお嫁入りの日を楽しみに楽しく暮らしていたのに、勝頼様は死んでしまったのです。

ところで、中国の故事で「反魂香(はんごんこう)」というのがあります。
特殊な調合をした不思議なお香があり、それを焚くと煙の中に死んだ人の姿が見えるというものです。
この、むせるような十種香の香りを反魂香になぞらえて、「ひと目勝頼さまに会いたい」と望む八重垣姫です。

でも本物の勝頼は生きていて、「花作り」として上杉の屋敷に雇われているわけです。

八重垣姫は、座敷にいる簑作(勝頼)に気づきます。絵姿と同じ顔です。
「生きていたのね勝頼さま」と喜んで飛びつきます。
蓑作(勝頼)はあわてて「ワタクシ勝頼じゃなく簑作です」と言って逃げようとしますが、がんばります。
八重垣姫は、勝頼様じゃなくてもいいのです。この絵姿と同じ顔ならいいのです。

というわけでそばにいた腰元の濡衣が蓑作(勝頼)の知り合いだと知ると、
に「取り持ってたも」と頼みます。積極的です。世間知らないから怖いです。
「のちとは言わず、今ここで(したいの←違います)」。

ここで濡衣が、「取り持ってやるから「きしょう」が欲しい」と言い出します。

「きしょう(起請)」というのは、本来の意味は「起請文(きしょうもん)」のことです。
主に熊野神社で発行される「牛王印(ごおういん)のことで、これにに約束事を書いて署名して相手に渡します。
やぶると神罰があたるのです。約束を絶対に守るという覚悟を示すためのものです。

ここでは「何か気持ちが確かだという証拠が欲しい」という感じで「起請」という言葉が使われています。
チナミに原作である文楽だと、普通に「誓紙がほしい」と言っています。

濡衣が欲しがる「起請」は、「諏訪法性(すわ ほっしょう)の御兜(おんかぶと)」です。
この兜はもともと武田のものだったのですが、上杉が借りたまま返してくれないのです。武田の守り神なのに。
お姫様ならどうにか持ち出せるだろうから、持ってきてくれれば勝頼さまとの仲を取り持ちましょう、という
なかなか厳しい条件です。

濡衣はもともと死んだニセ勝頼の恋人でしたし、今の本物勝頼にも協力しています。武田側の人間なのです。
兜を取り戻すチャンスをうかがっていたのです。

というかんじで、無理そうな条件を出されてしまった八重垣姫です。しかも相手は「自分は勝頼じゃない」と言い張るし。
八重垣姫は悲しくなって死のうとします。
そこまで好きなら、と思い直した濡衣、八重垣姫に本当のことを教えてあげます。
そう、これが本物の勝頼さまなんですよ。
二人は改めてご対面です。

ここまでが前半の見せ場です。
八重垣姫の恥じらいながら積極的にがんばる様子が、かわいらしくも色っぽい、名場面です。
しかも武田のお姫様としての品格をなくしてはいけないので、とても難しい役です。

イキナリ展開が変わります。
館の主人、上杉(長尾)謙信が登場します。
「塩尻に使者に行け」と簑作(勝頼)に言いつけて、手紙を渡します。

この仕事のために「花作り」として雇われた蓑作は裃を着てここにいたのです。
今はもう直前の部分が出ないので、なぜ蓑作が手紙を持って使者に行くのかよくわからなくなっています。
説明すると長いのと、今は出ない登場人物の説明が必要なので省略します。

勝頼は退場します。

すかざす謙信は家来の武者を呼びます。

謙信は、蓑作が敵の武田の息子である事にすでに気付いています。えー!?
なので武者に「追いかけて(というか塩尻から戻るのを待ち構えて)殺せ」と命令します。
武者は勇んで走っていきます、
さらにもう一人呼んで「お前も行け」と言います。
ふたり出すのにストーリー上の意味はありません。サービスです。
先のが若武者で、後のが主戦級です。動きとかを見比べると楽しいと思います。どっちもかっこいいです。
けっこういい役者さんがなさることが多いです。

勝頼を殺すと聞いて驚く八重垣姫。あわてて勝頼を追おうとしますが、謙信が押さえつけます。
さらに「お前もアヤシイ」と、濡衣も取り押さえます。

武田信玄がふたりの美女を取り押さえたところで、
この幕は終わります。

設定がすこしややこしいですが、展開はまあ、たわいもないかんじです。



「奥庭」

前幕のつづきになります。 
文楽だとそのままお屋敷のセットの横の小さい庭で演じるのですが、
歌舞伎では独立した「奥庭」という場面にしています。
このため舞台面がより幻想的になって盛り上がります、歌舞伎の代表的な演目のひとつになりました。

八重垣姫のひとり舞台です。所作(踊りね)立てで演じます。
最近はほとんど「人形振り」でやります。
作品自体がもとは文楽ですからそれを意識した演出です。
「人形遣い」役の人がでてきて、役者さんが人形使いに使われる文楽のお人形みたいにうごくのです。
お人形みたいな衣装の役者さんが人形みたいに動きますから、かわいらしいです。
後半は八重垣姫に狐が取りついて人智を超えた能力を発揮するので、その非現実性の表現としてもとても有効です。

一応「人形振り」じゃないやりかたもあるのですが、最近はあまり見ません。

出だし、白い狐が舞台面を飛び回ります。かわいいです。
これが「諏訪法性の兜」についている狐の精です。

八重垣姫が登場します。勝頼を心配しています。

謙信の館は諏訪にあります、行き先の塩尻は諏訪湖の対岸にあります。
塩尻に行くには諏訪湖を迂回する必要があります。
追っ手も同じルート上に勝頼を待ち構えています。

なんとか先回りして勝頼に危機を伝えたい八重垣姫。
普段なら湖を船で渡れば早いのですが、今は冬です。湖が凍っていて船が使えないのです。

八重垣姫は「翼が欲しい」と嘆いたあと、勝頼の一族=武田の守り神である諏訪法性の兜に祈ろうとします。
この兜は、白い狐の毛皮が飾りに付いています。
兜を手に取る八重垣姫。

八重垣姫に狐の神様が取り付き、「狂い」になります。
細かい段取りはさすがに長くなるので書かないので、見て楽しんでください。

さて、諏訪湖の凍結と言えば、現代でも、「神渡り」が有名です。そう。あの湖は完全に凍ると歩けるのです。
そのとき、まず狐が湖を渡るのを待って、その後を人間や馬が渡ります。
狐(神様の使い)が渡る前に人間(不浄)が渡ると、氷が割れて落ちるのです。

という事実をふまえてこのお芝居は、
狐の神様の力を借りて、八重垣姫が湖の氷の上を歩いて渡る、という幻想的なストーリーを考えたのです。

実際に湖を渡るシーンはなく、「さあ渡るぞ」で花道を引っ込んで幕、です。あとは各自想像してください。

というわけで、一応通しで出すと上杉×武田の戦いに足利幕府のお家騒動までからめた、壮大な戦国絵巻なのですが、
八重垣姫中心に出すので、恋のものがたりと恋の踊りです。きれいです。
複雑な構造の重厚な建物の中から特に美しいレリーフをひとつ切り出してきて、
ガラスケースに入れて眺めているような風情の作品です。


「本朝廿四孝(ほんちょう にじゅっしこう)」というタイトルについて
「御伽草子」に「廿四孝(にじゅっしこう)」という短編集が収録されています。
中国に伝わる親孝行話を24話集めたものです。
心温まる親子愛みたいな話はあまりなく、むしろ「ここまでするー」ってかんじで、わりと凄惨な内容です。
母親を養うために赤ん坊を捨てる話とか。

唐(もろこし)も 二十四様に 子をいじめ 

江戸時代の川柳です。

まあ細かいことはよくて、このメタファーで「大和廿四孝」(読んでません)、
西鶴の「本朝二十不孝」(親不孝話を二十編収録、リアルすぎて怖い)みたいな、類似品やパロディーやメタファー作品がいくつか書かれました。
「廿四孝もの」みたいなかんじの一連の作品群です。
というのがタイトルと内容に意識されております。

全段通すとストーリー的な山場は、むしろこの前の世話場の「山本勘助内(やまもと かんすけ ない)」です。
別称「筍堀り(たけのこほり)」という場面です。
「慈悲蔵(じひぞう)というとても親孝行なひとが、親のために自分の子供(赤ん坊)を捨てたり、真冬の雪に埋もれた竹林でタケノコを探したりします。
どちらも「廿四孝」に出てきた故事にちなみます。
この部分から、この「本朝廿四孝(ほんちょう にじゅっしこう)」というタイトルは付けられています。


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