歌舞伎見物のお供

歌舞伎、文楽の諸作品の解説です。これ読んで見に行けば、どなたでも混乱なく見られる、はず、です。

「身替りお俊」 みがわり おしゅん

2015年08月13日 | 歌舞伎
一応、所作(しょさ、踊りね)ものなのですが、
お芝居要素がかなり強い作品です。
あまり出ないのですが、出た場合、おそらく見ても意味わからないと思うので説明書いておきます。

基本設定がけっこう複雑です。
正確に全部説明するとむしろ混乱すると思うのと、わからなくてもお芝居は見られるので、詳しくは下にまとめて書きます。

わかっている必要があるのは
・お姫様が、好きな人がいるのにえらい人に求婚されてイヤすぎて逃げ出した。
・怒ったえらい人はお姫様を殺してしまおうと行方を追っている。
・「お俊」さんは今は芸者をしているがじつはお姫様の家来筋


舞台は江戸、浅草のお俊さんの家で始まります。
お俊さんは芸者をしています。垢抜けた華やかな商売です。
お兄さんと暮らしているのでそこそこ大きい家で、今日も町内の若いものが集まっています。

この「お兄さん」は現行上演ではお芝居には出てこず、
セリフでちらっと「兄さんはどこに」とか言っているだけで設定説明もありません。
もう気にしないでいいと思います。「女の一人暮らし状態ではない」ということです。

お俊さんは留守です。風呂に行っています。
ていねいに出すと
若いものがお祭りの出し物でお芝居をやるので練習をしているのだが、息が合わなくてケンカを始める、
というシーンがあります。
チナミに練習しているのは「関の戸(せきのと)」です。無謀な。
ええと、セリフで「にわか」と行っているのが、お芝居のことです。「にわか」というのは「にわか雨」の「にわか」です。
「急に準備して出すお遊びのシロウト芝居」というかんじです。

いろいろ騒いでいると、見知らぬお侍が無遠慮に入ってきます。「姉輪の平次(あねわの へいじ)」と呼ばれています。
逃げたお姫様の「園生の前(そのうの まえ)」を探しています。見つけたら殺します。
お芝居の練習で忙しかった若いものたちも、ほうびの金がもらえると聞いて協力すると言い出します。
若いもんたちはお祭りが始まるので出ていきます。以降出ません。
平次は家の奥の部屋に隠れます。

ここまでまるっとカットのことも多いです。

「お俊」さんが登場します。湯上がりの洗い髪で、浴衣を着た色っぽい姿です。

ところで、ぶっちゃけそれほど面白いわけでもなく、そもそもストーリーも断片的すぎるこの作品が
なぜ不自然な状態で今も残っているかというと、
この、「お俊」さんの登場シーンが色っぽいというのと、
もうひとつは「清元」の唄が名曲だからです。
曲は聞いていただくしかないですが、文句をちょっと書いておくと

 雨の振る夜は ひとしお ゆかし
 冴えては 月に なおゆかし

色っぽい。
意味は、雨が振っても晴れて月が冴えていても、あなたの姿は恋しく感じられることだよ
みたいなかんじかと思います。

ここで独り言でいろいろ、ここまでのお話を説明します。

・昨日、恋人の「伝兵衛(でんべえ)」さんを振った。急に振ったからさぞ怒っているだろう。
理由があって振ったのだけど言うわけにはいかないし、どうか許してほしいものだ。
・「園生の前」は今どこにいるのだろう心配

みたいなことを言っています。
 
ここで湯上がりだったお俊さんはさくっと身支度をします。このへんも清元の唄に乗っていて
所作(しょさ、踊りね)仕立てになっています。

恋人の「伝兵衛(でんべえ)」がやってきます。
理由もわからずイキナリ振られたので納得できずにやってきたのです。
だってラブラブだったし!!

お俊さんの説明は
伝兵衛さんはお侍で浪人中なのは知っていた。
でも今、以前の主君のために「園生の前」とやらを探しているというじゃないか。
そんな大事なことを教えてくれない人とは一緒にいられない。
です。

つまり、お俊さんは「園生の前」を守らなくてはならない立場なのに、
恋人の伝兵衛は「園生の前」を殺そうとしているのです。
恋人ではいられませんが、理由を説明することもできません。

くいさがる伝兵衛をあきらめさせるために、お俊さんは、
「以前もらった小袖を目の前で引き裂くから」と言い出し、押入れを開けます。
「小袖」というのはここでは「着物」のこととご理解ください。

押入れの中には
「園生の前」が座っています。
びっくり。

あわてて戸を締めたお俊さんは、
小袖を切り裂くなんて意味がなかったと言い、
そんなことより「切れ文(きれぶみ)」を書いてくれ、と言い出します。
お別れしますよ、という証文です。

ここのセリフが。
「私を切れ文、いや私に切れ文を書いて」
というかんじにビミョウに錯乱しています。

ここでネタを割ってしまわないとものすごくわかりにくいので書くと、
・恋人の伝兵衛は「園生の前」を殺さないともとの武士に戻れない。切羽詰まっている。
・恋人の手助けはしたい。
・しかし「園生の前」は絶対に助けなくてはならない。

このふたつを解決する唯一の方法が
「自分が身替りになって死ぬ」なのです。
お俊は自分が死ぬ覚悟をきめ、伝兵衛に暗に「自分を切れ」と言っているのです。

伝兵衛は「園生の前」の顔は見ませんでしたが、お姫様っぽい衣装をチラっと見ました。
それでだいたいのことを察しました。
言われるままに「切れ文」を書いて渡すと、
「もうこの世では 会わぬぞよ」と、
ケンカ別れの捨て台詞に見せかけてお別れのあいさつをして帰っていきます。

お俊は、「園生の前」を押し入れから出して安心させ、また隠します。

これを戸口の外から見ている男がいます。そのあと入ってきます。
相撲取りの「白藤源太(しらふじ げんた)」です。
お俊さんとも伝兵衛とも友達という設定です。

相撲というのは当時の最大メジャースポーツですから、「相撲取り」というのは世間的にヒーローでした。
なのでこの源太も無骨ながらかっこいいかんじの役柄です。

伝兵衛に頼まれてやってきたという源太。
あと、
「園生の前」を連れてきて隠したのは、この源太でした。

とかそういう話をした後、頼まれてやってきたという割に急に帰ると言い出す源太をお俊が引き止めます。
ここからなんだか色っぽい展開になり、
お俊が源太の着物をつくろってやったり、髪を整えてやったりします。
このへんも所作(しょさ、踊りね)仕立てになります。

ここの清元の唄も色っぽく

 松になりたや 有馬の松に 寝てみて わけも 白藤に
 履いまつわるる うれしさは


有馬の松になって藤に(白藤源太さんに)訳もわからないかんじに這い回られたい
意味だけ書くとそれだけですが、なんとも雰囲気のいい文句です。

源太は「そこまで言うならお前の望みをかなえよう」と言います。
セリフだけ聞くと「望み通りにじゃあ、お付き合いしましょう」という意味になりますが、
もちろんこれは「のぞみ通り、斬ってやろう」ということです。

よろこぶお俊さん。

ここも所作(しょさ、踊りね)だてになり、お俊は斬られます。斬る場面は屏風で隠します。

伝兵衛がやってきます。「園生の前」の首を受け取りにきました。
源太がお俊さんの首を渡します。
悲しみながら、耐えて受け取る伝兵衛。

ここで奥の部屋に隠れていた「姉輪の平次」が出てきて「お俊の首だろ」とか言い出しますが、
伝兵衛がこれを斬り殺します。

序盤の平次が出る部分がカットになっていると、急にこのおっさんが出てくる展開になるので
ものすごく意味がわからなくなりますが、
その場合もがんばってついていってください。

あとは、首桶を抱えて出発する伝兵衛、見送る源太。
お俊を思ってふたりでほろりとします。

おわりです。

「お俊」はもとの身分を隠して深川の芸者をやっているという設定なので、
深川芸者らしい垢抜けたふるまいや風俗が最大の見ものなはずなのですが、
お話そのものはかなり古臭いのでやぼったく、お俊の垢抜け感があまり生きないのもむずかしいところなのかなと思います。
あまりストーリーは気にせず、
湯上がりの芸者、とか、芸者と相撲取り、という、今だと美人タレントとスポーツ選手みたいなカップルの絡みとか、
そういう江戸のかっこいい風俗を、きれいな清元の唄とともに楽しむのが本来の形なのだと思います。


↓以下細かい説明を書きます。

「お俊」と「伝兵衛」というのは実在した心中カップルです。古すぎて実説はわからなくなっているようです。
当時は心中して有名になったカップルを題材にお芝居が作られることは多く、
このふたりについても複数の作品があったはずですが、
いま出るのは「近頃河原伊達引(ちかごろ かわらの たてひき)」というお芝居だけです。

で、リンク先の解説をご覧いただくとわかるのですが、もともとはこれは大阪のものがたりです。

この作品は、このカップルを題材に作られているのですが、舞台は江戸です。
そういう意味では元ネタの設定はもう意味がないくらいなのですが、
一応、「お俊伝兵衛もの」のひとつにカウントされています。

その一方で、このお芝居は全部出すとかなり長い時代物の作品になっています。
もとは鎌倉時代初期か、下手したら平安末期の設定です。やってることは完全に江戸風俗ですが気にしてはいけません。

お姫様の「園生の前」が誰の娘かはっきりしないのですが、
好きな相手は「源義経」の息子です。「恒若丸(つねわかまる)」といいます。

「園生の前」に求婚したのは「蒲冠者範頼(かばのかじゃ のりより)」です。
「範頼(のりより)」というのは義経の異母弟にあたる武将で、史実では源平の戦でかなり活躍したかたですが、
義経より前に頼朝に殺されてしまいました。
ここでは義経と対立する悪役に描かれています。

「お俊」さんの本名は「人丸(ひとまる)」といいます。「悪七兵衛景清(あくしちびょうえ かげきよ)」の娘です。
「景清(かげきよ)」は平家の武将です。平家が滅びたあとも頼朝の命をつけ狙ったことで有名で、
近世芸能作品に非常に多く取り上げられています。

というわけで、お姫様の「園生の前」は平家か、または皇室系の血筋のひとで、人丸(お俊)にとっては主君にあたるのでしょう。

もともとはこういう設定を生かした長編ものだったわけですが、
現行上演のこの部分だけについては設定を全部無視してもお話は成り立ち、
べつにどこかの藩の家老の娘がお殿様に横恋慕された設定でも問題はないわけですので、
一応書きましたが、忘れてご覧になってもだいじょうぶだと思います。


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