気楽に山歩き

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東北1日目:その1 会津飯盛山(8/10)レポ

2013年08月20日 | 

【写真:白虎隊が自刃した飯盛山(いいもりやま)】

この夏は40度を超える所があるなどして、全国的に暑い日が続きました。
涼しい場所を求めて東北地方を選び、山だけでなく観光も取り入れたいと言う
トシちゃんの希望を入れたプランでしたが、天候で変更有り、クレームあり、
最初からいろいろ大変でした^^;
それでも終わりよければ全てよしと目をつむり、楽しい旅を満喫してきました(^^ゞ


東北の旅
1日目(8/10) 福島県(会津飯盛山~鶴ヶ城)・宮城県(仙台青葉城~松島瑞巌寺)


現在NHKの大河ドラマは『八重の桜』を放送中。
江戸幕府から近代へ大きく変わる時代を生きた会津藩の一人の女性八重を軸としたドラマです。
その会津を守ろうと必死に戦った会津藩士の様子は観ていて涙がこぼれましたが、
16、7歳の幼さで戦い自刃した白虎隊の最期は言葉もありません。

山旅では何度となく訪れている会津ですが、
この機会に初日はそんな歴史の地を巡ってきました。



同じ16,7歳といっても当時と現代では比較にならないですね。



時代背景がまったく異なるのですから。



現在でも外国では内乱やら戦争の国が数多くありますが、
日本でもこの時代から150年とたっていません。



今年も太平洋戦争の終戦記念日を迎えましたけど、
私が生まれる5,6年前までは空襲だ、真珠湾攻撃だ、
原爆投下だ・・とやっていたわけでして^^;
この戊辰戦争にしても私が生まれたころはまだ100年もたって
いなかったわけですし・・・

つまりそんな遠い時代のことではないわけです。
それが今は戦火もなく、平和な街並みが広がっています。



そう思うととても不思議な気持ちになります。



遠い出来事かと思っていたら、長い歴史の中では
実は最近のことに違いなく・・・



白虎隊に限らないことですが、
激動の時代を生きた人たちと若き青年たちの犠牲の上に
今の平和は築かれているのだと今更ながら思ったことでした。














ここにはこの場所で自決した19名と、
そのほかの場所で命を落とした白虎隊士が
葬られているそうです。








それにしても徳川幕府の京都守護職でありながら、
いえ、あったがためにこうした悲劇になってしまったのは
何とも不運と思えます。







戦禍の中、ようやくたどり着いた飯盛山から見た会津若松城(鶴ヶ城)。


城下の炎でいかにも城が燃えているかのように見えた白虎隊士たち





この時の様子は自決から蘇生した一人、飯沼貞吉によって
後年明らかになったということです。





白虎隊士が飯盛山に至った道筋











白虎隊十九士の霊像



自決は8月の末、やはりこうして静かにお花は咲いていたのかと思いきや
新暦では10月8日にあたるのだとか





会津藩の戦死者は3000人近いそうですが、
この白虎隊がクローズアップされているのは
やはり10代の予備兵士ゆえなのでしょうか?

いろいろと検証もされて疑問視されている部分も
あるようですが、こうして定着した史実は
やはり痛ましいことには違いありません。

子や孫が戦争に巻き込まれることだけは
あって欲しくはないです。
「生きて帰るな」とは絶対言えないです(キッパリ)!


飯盛山のさざえ堂(正式名称は「円通三匝堂」(えんつうさんそうどう))
寛政8年(1796年)、実相寺の僧郁堂により建立されたとい われる仏堂。
白虎隊の自刃の時より以前に建てられていました。




















このさざえ堂には西国札所の三十三観音がまつられていて、
一度入ると巡礼を終えたことになるそうです。
江戸時代、庶民のための身近な巡礼の建物で、
昇降を通じて建物内を三度まわることになります。
国指定重要文化財


最後に白虎隊記念館を見物



この後は鶴ヶ城に寄ってから、
日本海側が大雨のため予定を変更して
宮城方面へと向かいます。

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2 コメント

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大好きです。 (さるや)
2013-08-21 07:13:08
さざえ堂。
不思議な建物ですよねぇ~。
宗教観にかこつけて?こんな面白い建物を実際に建てる人って現代にいらしたら何創るでしょうかね。

さるやさん (sanae)
2013-08-21 13:20:27
面白いですよね~
さざえって、なるほど~と思いました。
江戸時代の文化がこうして残っているっていいですね。
その頃はどんな様子だったのだろうと思ってしまいます。
何かに期待して歩いていたのかもしれませんね・・・


現代建築家は世界中いろいろなところで活躍しているようですね。
傾いた建物もあったりして?

ところでピサの斜塔は中を歩けるんでしょうかね?

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