この写真を見た時に、荒涼たる荒野の中の茅葺の宿場町風景に衝撃を受け、同時に何とも言えない郷愁を感じた。
それは、日本の昔の当たり前の風景だったとは云え、現代人があまり目にしたこともない風景であるとともに、私が現在住んでいる場所から比較的近い所の風景であることからしてとても心惹かれる。
写真の風景は、神奈川県大和市下鶴間の明治四年(1871年)の下鶴間宿の風景(下鶴間ふるさと館の壁面から撮影)です。
現在は、近くを国道246号が走り大変な賑わいですが、僅か140年前がこのような風景であったとは、時代の変化の速さを感じずにはおられません。
宿場町には、旅籠、居酒屋、餅屋、染物屋、質屋等が軒を連ねていたようで、宿場町の中央を走る街道が東海道の脇街道として賑わった「矢倉沢往還」で、と同時に大山詣での信仰の道も重なり賑わったのでしょう。
下鶴間宿には、伝馬制(公用旅行者の為、人馬を常備し次の宿まで送り届ける制度)や徳川将軍の鷹訓練所そして高札場(法令を板札に墨書し、庶民への法令を徹底を図る場)等も置かれ交通の要所であったことが伺えます。
こちらの写真は明治初年、御休み所と大福餅の看板が長閑です。
右手土蔵のある家の跡地に、現在の「下鶴間ふるさと館」が建てられ、宿場町の歴史や黒船伝来の様子等も紹介しています。