フランス人観察記録

日本人から見て解ってきたフランス人の考え方、行動についての覚書

エスカレーターでの運命の出会い

2011年06月04日 | ブルゴーニュ
この年配のカップルと仲良しになるのには、30秒もかからなかった。

京都駅の下りのエスカレーターに乗り合わせ、二人がいかにもフランス人だったか
ら、「ボンジュール」と声をかけたのが始まりで、エレベーターを降りたころには、もうすっかり仲良しだった。

このムッシュは、この時70歳代半ば、奥さんも70歳代前半だろう。
二人とも非常に元気で、健康そうで、明るかった。
奥さんは大柄な体格だったが、控えめな感じだった。
駅の前で立ち話をしたら、今日奈良に行ってきたとのことで、私は奈良に住んでいるというような話で盛り上がった。

ムッシュは小さいカメラを待ち、別の大きなカメラを首からぶら下げていた。
「いいカメラだね」と言うと、バッグを広げて見せなんと更に、もう1台のカメラを見せてくれた。
全て日本製で3台も持っているのだ。
従ってその他の荷物は、全部奥さんが別のバッグに入れて持っていた。
これじゃ奥さんは、まるでアマチュアカメラマンのご主人の助手みたいなものだ。

ボンジュールと声をかけたことがよほどうれしかったらしい。その駅前で写真も撮ってくれた。
どこかでお茶でもと誘ったが、これからお土産を買いに行かなくてはならないからと言うので、メールアドレスを交換し別れた。




それから帰国した彼からメールが来るようになり、京都駅での写真や奈良に来た時の写真も送られてきた。
困ったことに、彼のメールは文章が非常に長いのである。読むのに一苦労する。

そのうち手紙が来た。
これがまた便箋の表裏に細かい字で隙間なくぎっしりと、フランス語で書いてある。
「この人、私がフランス人かと思っているのかしらん?」と思うほどである。
家族構成や、夫婦のプロフィールはもちろん、奥さんとの馴れ初めとかが書かれていた。

次に分厚い本が送られてきた。写真集ならいいがそんなものではなく、フランスで賞を取ったような小説で、字ばかりである。
こんなもの読みこなせるはずがない。

しかし彼はメールで「読んだか?」と再三感想を聞いてくる。
これには参った。
しばらくして、手ごたえがない事に気がつき、ようやく彼もこちらの語学力に見当がついたらしく、こういう傾向はやがて収束に向かった。
やれやれであった。
彼には最初からそれを考えない「やや天然」なところを感じた次第である。

今度は、彼の家で行われた行事の写真が送られてくる。
これなら見ただけで判る。
誰かの誕生祝いとか、クリスマスパーティなどであるが、息子夫婦やその孫の男の子、娘夫婦や孫の女の子とその彼などが写っている。

息子の奥さんは黒人とのハーフらしいが、写真の様子からも非常に上品だとわかった。その息子はクオーターであるが、背が高く、すごく聡明らしいことは写真の表情を見ても十分わかった。
どうやらこの孫がご自慢のようである。

ちなみにムッシュは元フランス国鉄に勤めていたし、息子さんはエールフランスのパイロットなので、後に会った時、ご自慢の「孫は宇宙飛行士か?」と言うと「あり得る」と嬉しそうに笑った。


そしてもう一つ写真から見て取れたのは、家具調度品が素晴らしいことである。
ちょっとした宮殿並とさえ思わせるような椅子やテーブル、壁にかかっている絵画、天井から下がっている照明器具、暖炉、鏡、カーテンなどである。
「こりゃ、かなりのお家だな!」と想像をたくましくした。


「フランスに来たら是非ブルゴーニュの家に来て泊ってほしい、あちこち案内するから」というメールが来た。
ブルゴーニュにはまだ行ったことがなく、この誘いも魅力的だった。

エスカレーターで出会ってから2年目、私はパリの「リヨン駅」から出発し、「ディジョン駅」で彼ら二人の出迎えを受けた。

この懐かしい再会と楽しい滞在のことは、次の機会に譲ることにする。


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