『蜻蛉洲大和の国のサンライズタイム』ー外国人参政権反対、移民政策反対、背乗り工作反対!盗聴・盗撮は日本では犯罪です!ー

キラキラネームは日本の漢字文化を破壊するための、カルトの工作活動です!公務員の国籍条項と外国人土地法の復活求む!

従軍慰安婦という嘘(九十七歳の手紙)

2013年05月18日 19時53分49秒 | 日記
先ず、「慰安婦問題」を真面目に考えるのであれば、

「よくわかる慰安婦問題」西岡力著

は必読ですよね。でも、その前に、「九人の乙女・真岡の赤い花」さんからの引用を紹介します。九十七歳の男性が、安倍首相に当てた手紙です。


拝啓 安倍内閣総理大臣殿

和歌山県田辺市  西川 清 (97歳)

日夜国事に精励されている総理大臣に対し、

名もなき一介の老耄がお手紙を差上げるご無礼をお許し下さい。

私は生きているうちにこれだけは申しおきたいと思う一事があります。

それは、いわゆる従軍慰安婦なるものについてであります。

結論から申せば、朝鮮(北朝鮮及び韓国)等の言う従軍慰安婦なるものに、

日本の軍や官が強制連行など関係したことは絶対ありません。

かく私が断言することができるのは、

私が朝鮮・江原道(コウゲンドウ)の寧越群(ネイエツグン)

及び原州群(ゲンシュウグン)の内務課長を歴任した経験があるからです。

以下、当時の状況等について申し述べます。

私は昭和八年に朝鮮に渡り、江原道庁に奉職致し、

敗戦により引き揚げてくるまで勤め、その間一年間臨時召集により入隊しました。

朝鮮の行政は、総督府から道庁に伝わり、

道庁から出先機関の群庁に伝わり、

群庁より府・邑(ユウ)・面(日本の市町村)を通じて施行されました。
(当時、江原道内には府はなく、邑と面のみ)。

群長は群守といって、殆どが朝鮮人で、

その下に内務課、勧業課があり、内務課長は殆ど日本人で、

経験豊かな四十歳を越す属官で、

人事その他一般事務を司り、群庁の実権を握っていました。

内務課長の所管事務のなかに、

邑、面の指導監督や兵事等もありましたが、

朝鮮人にチョウ兵(注・兵役?)の義務がありませんので、

兵事は主に在郷軍人に関するものぐらいでした。

朝鮮人男子青年にはチョウ用があり、

総督府より道にたいし人数の割り当てがあり、

道はこれを群庁に、群庁はこれを邑、面にたいして割り当てをして、

集めた青年を釜山に連れて行き、総督府の係官に引き渡しました。

女子にたいしてはこのようなことは一切なく、

軍が慰安婦を集めんとすれば、

朝鮮軍司令部が総督府に依頼して、

前述の系統をたどり集めるしかありませんが、

このようなことは一切ありませんでした。

売春婦が強制連行されたの拉致されたというのは、

女衒かそのたぐいの者の仕業であって、

軍や官は一切あずかり知らぬことであります。

日本婦人でも売春婦として軍の居る所に多くいましたが、

一人として従軍慰安婦などという者が居たでしょうか。

日本人と違って、恥を恥とも思わず、金さえ儲かれば良いと思う輩が、

敗戦により日本人が委縮しているのにつけこんで、

あらぬ嘘を申し立ててくるなんて腹立たしい限りです。

今はもう、総督府の事務官はじめ、

道や群の行政府にも軍にも

当時の実情を知る者は殆ど亡くなられたものと思われます。

然るに、今を生きる日本人のなかにも、自虐性に富む輩のうちに、

従軍慰安婦なるものに軍や官が関与したなどと申す者がありますが、

朝鮮売春婦の故郷とも申すべき

スルチビ(居酒屋)、カルボチビ(娼家)の戦前戦中の実態も知らぬくせに、

いいかげんに机上の空論をもてあそぶのは誠に概嘆に耐えません。

国威を失墜し児孫に負の遺産となる「河野談話」の見直しは、

安倍総理を除いては望むべくもありません。

ぜひぜひ誇りある日本の為に、

この際断固たる訂正を心からお願いし奉る次第であります。

最後になりましたが、邦家の為にも総理のご健康をお祈り致します。
                                       敬具

              略歴
大正4年  和歌山県田辺市生まれ。
昭和8年  和歌山県立熊野林業学校(現・和歌山県立熊野高校)卒業と同時
      に朝鮮江原道内部産業課勤務。
昭和12年 朝鮮総督府地方官吏養成所第1回卒業。朝鮮総督府江原道属に任
      官。
昭和13年 臨時召集により歩兵第76連隊入隊。14年招集解除。
昭和18年 寧越郡内務課長。
昭和19年 原州郡内務課長。
昭和20年 道庁鉱工部鉱工課勤務(主任属)。
      引揚。
昭和21年 厚生省属 下関引揚援護局仙崎出張所勤務。
      和歌山県へ出向。農地課主任、総務課長、税務課長・次長などを
      歴任。
昭和42年 依願免職。                      以上

Schubert - Impromptu Op.90 N.4 (Rubinstein)


最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。