日記

お遍路情報と、日記を綴っております。

寒風へ、偵察と紅葉狩りに

2009-10-31 00:19:28 | インポート

P1020384 29日、寒風山付近の景色。ウイークデイだというのに人の多いのに驚き。トンネルの傍の駐車場は満杯だ。「毎日が日曜日」の人が大勢いるんだねぇ。連日の好天、来週の悪天の予想、どっと繰り出すわけだ。もみじは最高だった。赤も黄色も色鮮やか、真っ青な空に映える。

 紅葉狩りと、もうひとつ目的があった。「天ヶ峠」と「裏寒風」のとりつきを捜すためである。興味深いエントツ山さんのホームページをみて私も登りたくなった。写真をたくさん掲載してくれているし、レポートも詳しいのでたすかるが、なんといっても正規の登山道ではない。裏寒風のとりつきはわからなかった。近いうちにまた偵察に行きたい。

 

 発表会の手前くらいから感じていたことであるが、外弦(二胡には2本の弦があって、内弦、外弦という)Cあたりの音をだすと、音程がゆらゆらしてとりにくく、雑音もはいる。なんでかな、楽器が調子悪くなったかな、なんて思いつつ、不安をかかえながら発表会に出たのだった。「弦を交換してみては?」とも思ったが、1週間前では馴染むのに遅すぎる。それで、今になってやっと新しく変えてみたところ、バッチリなのだ。弦が老朽化するとこんなにも弾きづらいものか、よくわかった。音程は安定するし、音の頭に発する雑音も少なくなった。押さえる指の位置さえ本の少し違っている。つまり、弦が古くなると音程が狂ってくるのだ。発表会が近づくにつれ、ますます下手くそになって、不安でしかたなかったが、原因は古くなった弦にあったんだ。ああ、このことにはやく気がついていたらもっといい演奏ができたのに・・・。ま、何語子も経験である。いい経験、悪い経験、たくさん積んでステップアップするのだ。

 昨夜の夕食のあと、久しぶりに二胡をお客様に聴いていただいた。「若松家さんのおかみさんは琴を弾く、ときいている」と、お客様がおっしゃった。「お琴は弾けません。二胡を弾けます。」1年前、外国人を交えて、数人のお客様の前で弾いたことがあった。そのなかのお一人の方が、「観音寺に来たら、若松家別館に泊まるように」と薦めてくださったらしい。どうして二胡が琴になったかは不明だが。さて、昨日の演奏の出来は・・・、弦は新しくてばっちりなのに、腕のほうはちょっとお粗末でした。


孫に付き合う

2009-10-27 23:12:52 | インポート

 大阪に住む孫二人と娘が帰省している。日本間で、バアバを加えて1本多い「川の字」で寝ている。ところが、ちっちゃい2本はアチコチ移動するので、全く「川」にならない。夜中に起きては、捜して布団を掛ける。発表会以来、夜中に目が覚める癖がついた私は、お蔭でこの仕事がたいして苦にならない。

 さあ、今日は何処いく? 何する? 楽しく一日が終わらなければいけない。

P1020334 宇多津のむこう、最近できたマルナカに併設した遊園地へ行ったり・・・

P1020343 秋祭りを見学したり・・・

P1020355観音寺の沖に浮かぶ、小さな伊吹島へ行ってみたり・・・

 伊吹島へは、前々から行ってみたいと思っていた。頑張って、バアバはひとりでヤンチャ坊主二人を連れて行くことにした。彼らは、船に乗るのは初めての体験である。往路は、船から眺める海が珍しくてなんとかもったが、帰りは飽きたのか、大人しく過ごさせるのは大変だった。

P1020348 波間を見つめるふたり

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観音寺の港がだんだん遠ざかる

P1020365 30分の船旅の後、伊吹の港についた

P1020376 島ではバイクが主な交通手段である。坂道は自転車はつらい。島も道も狭いから車も不便だ。

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急な斜面に家が立ち並ぶ、漁村独特の風景だ

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坂を登り詰めると八幡神社がある。向かいは学校。

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 神社の境内で持参の弁当を食べて、急ぎ港へ引き返す。やんちゃ達の機嫌が悪くなって、予定の便に遅れでもしたらたら、次まで時間を持て余す。

 伊吹のいりこは有名だが、あれは夏の風物詩なので、今は静かで何も見るところはない。「何しに行くの?」と訝しそうにみられる。乗客は、島の住人以外にも、何人かいたようだ。私と同じ、ちょっと見てみたい外部の人間も、結構乗船していたのだ。

 次回はもっとゆっくり島巡りをしてみたい。サクラ見物もいいかも。


発表会、その4

2009-10-19 11:06:23 | インポート

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打ち上げでのスナップ

大御所、周先生

やさしいジャーパンシン先生

揚琴の、素敵なチャン・リンさん

ピアノの北川美晃さん

 五十路も半ばを過ぎて、いまさらながら、人はひとりでは生きられないとしみじみと悟った。これから後の30年(たぶん)、いい人生が送れるのではないかと思っている。

 私は、人に弱音をはいたり、助けを求めるということは、あまりしてこなかった。どんなに苦しくとも、自分ひとりで解決するしかないと思っていた。10年余り前、癌の宣告を受けたときも眠れなかった。主治医に相談したら、安定剤を処方してくれたっけ。あのときはクスリに頼らず切り抜けられた。夫のそのころの愛読書、中村天風だったかな、それを読むようにアドバイスされた。「ひとは何れ死ぬんだし、癌になったとしても死ぬとは限らない」とか、「自分は癌にはならない」とそのころは思っていた。想定外の落ち込みに、我ながらおどろいたのだった。

 病の恐怖を抱えていたそのころ気がついたこと、人は太陽に支えられているということだった。だんだん日が短くなるころだった。日が落ちて暗くなり気温も下がる、えもしれない不安に襲われた。明るく輝く太陽は人を元気にさせる。再び地上にあらわれる夜明けが待ち遠しかった。

 洞穴にすんでいた大昔から、ひとは太陽を崇め尊んでいたのではないか。暗闇の中で外敵や病の不安に慄いていたとおもう。太陽を神とする宗教は世界中にある。ことし7月の皆既日食のこと、日本の神話の、天照大神が怒って岩戸にお隠れになる話、あれは突然あたりが暗くなる恐怖からうまれたのではないか。太陽が神として崇められる、身を持って納得したのである。

 この度のことは、非常に精神的にまいったのであるが、あまりの苦しさに、心のうちを吐き出すと、友人達が受け止めてくれて、たくさん励ましの言葉が返って来た。1週間前の土壇場で、崩れかかっていた精神が何とか持ちこたえられたのは、友人達のお蔭である。私は人に助けられて生きていると実感した。この認識こそ発表会の最高の修得であり成果だった。強がりや見栄をすて、弱さをさらけ出して助けを求めさえすれば、手を差し伸べてくれる人がたくさんいる。

 さて、本番どうだったか。

 リハーサルはとても心配だった。初めてピアノとあわせる。音程が合うだろうか。私はずっと、ピアノ伴奏付ジャー先生の模範演奏のCDで、ピアノとの音程にくるいがないか合わせてきた。

 さてステージの椅子にすわると、共鳴洞のすぐそばにマイクが設置された。エエッ、こんなにちかいの? ガリッという音のミスもすべてひろってしまうのでは? ピアノが始まると、伴奏が違う!! いつものイントロじゃないので入れない。ジャー先生がピアノさんに話してくださって、ここはなんとかきり抜けた。弾き始めると、音程が外れた。エンディングも合わなかった。シッチャカメッチャカでリハーサルは終わった。2回弾かせてもらったものの、本番、自信ない。私の落ち着きのなさを見かねて、クラスメイトが励ましてくれる。

 本番、自己採点すると80点かなあ。私がうたいたい、根を入れて練習してきた箇所は、失敗した。DVDができあがって、客観的にみてゾッとするかもしれない。ただ、マイクをとおして遠くから聞こえてくる音は、いつもの自分の楽器でないようにきれいに聞こえた。これがやみつきになるといわれる所以かな。多少のミスは誤魔化せそうに思えた。機械の威力ってすごい!!


発表会、その3

2009-10-14 23:05:11 | インポート

 この出来事で、自分の精神の弱さを思い知らされた。

 ずっと不眠に悩まされた。夜11時ごろ床に入ると、先ず1時ごろ目が覚め、次に3時ごろ覚め、早い朝食の準備があるときは、5時に起きる。夜中、目が覚めるとメロディーが頭の中を流れる。寝ても覚めてもリバー(曲名)である。こうなると、当然昼ねしないと身体がもたない。本番1週間前には、不眠症も極限、二晩ほとんど眠れなかった。練習すればするほど下手になっていくようで、ますます自信がなくなる。

 あと数日、どんなにして過ごしたものか?薬剤師の妹に、心が落ち着くクスリはないものか尋ねた。

 「ドラッグストアには売ってないよ。私が持っているのを送ってあげる」

速達でクスリが届いた。デパスというクスリである。聞いたことある。母が、数年前、まだ認知症を発症していないころに飲んでいた安定剤だ。

 私は、どこか心療内科へいって、カウンセリングを受けようかとも思った。でもちょっと大袈裟でかっこ悪い。いい年をしたおばさんが「発表会がこわくて眠れません。何か落ち着くクスリをください」なんて恥ずかしくて・・・。

 で、ためしに、その安定剤を朝飲んでみることにした。当然眠くなって昼ねした。目覚めてから、気持ちがずっと落ち着いていた。不安が和らいでいる。さて、どんな使い方するか。当日の朝飲むか。娘が言うには

 「それは反対だろう、私は試験の朝はいつもリポビタンDを飲んでたよ」

それもそうだ、「ぼーっ」とするより、「しゃきっ」だよね。私は、ドリンク類、サプリメントはいっさい飲まないタイプだ。そういうの面倒くさいし、飲んでもきくように思えないのだ。関係ないかもしれないが、占いも全く信じない。

 けれども、今は藁にもすがりたい心境である。友人のアドバイスにより、前日の夜安定剤を飲んでぐっすり眠り、当日の朝ドリンクでシャキッとすることにした。4ヶ月間、充分練習は積んできた。あとは心の問題である。「うまくいく」という自信さえあれば・・・。しかし、そんな自信もなく、最後は「いちかばちか」だった。ステージの上でどのような精神状態になるのか、見当がつかなかった。落ち着いて気持ちよく弾けるのか、はたまた、あがってとんでもないことになるのか。


発表会、その2

2009-10-12 07:00:44 | インポート

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3人の先生方と、クラスメイトと私で記念撮影

 ソロで出るには、ものすごく大きな決心が要った。この腕前ではちょっと厚かましいのではないか、緊張が過ぎて大きなミスをするのではないか、等等。一歩踏み込むのに自信がでなかった。でも、葛藤は何年先でも同じことだ。年取るにつれ、気力も体力も衰える、今やるべきと思った。

 二胡のレッスンは月1回しかない。普段の練習は、前回の曲をさらって、次の予習をする程度で、ストレスなく、練習に真剣味が足りない。これでは何年習ってもレベルは向上しない。ここいらで、少し大きな目標を立てて、練習に緊張感をもたせたい。

 そして・・・、広い空間でピアノをバックに気持ちよく二胡を弾く、そんなイメージも頭の中にあった。2年に1度、めぐってくるチャンスである。2年後に自分がどんな状況にあるかわからない。でるなら今だ。

 以前、とある団体の会合で、余興として10分くらい演奏をしたことがあった。ラジカセを携え、カラオケをバックに、マイクから流れる音は自分でも気持ちよかった。二胡が珍しいのもあって、皆さん喜んでくれた。また、お客様が夕食を終わられてから、たまに聞いていただくことがある。下手な演奏をして深く反省することもあるが、お客様が涙ぐまれることもあった。曲と、その方の心情や記憶が共鳴したのかもしれない。私の二胡が、人の心の中に入っていけることに驚いた。そんなこともあって、ステージでソロをしてみたいという欲望にかられたわけだが、実際、ストレスが大きすぎて大変なことになった。

 昨日は、観音寺の郡部の何箇所かで秋祭りがあって、孫達の子守もなんとか無事終わった。さて、今日は何をして一日過ごそうか・・・。船に乗ったことがないと思うので、観音寺市沖の伊吹島へ行って、弁当でも食べて帰るかな。