生長の家長老 徳 久 克 己
聖経 『天使の言葉』 のなかに、
「汝ら『生命の実相』を知り、
迷滅すれば恐怖滅し、
恐怖滅すれば
一切の不幸と病おのずから滅せん」
このように説かれております。 谷口先生は、よくこの聖句を引用されまして、「恐怖が一番いけない」 とお話してくださいました。 「人間・本来神の子」 の 「生命の実相」 を知りますと、恐怖がなくなり、迷いがなくなり、「神の子・病なし」 の本来の人間の姿が現われてきます。
聖経 『続々甘露の法雨』 に、
「病気を癒すとは、
畢竟、本来完全なる『神の子・人間』を顕現することに他ならず」 と示されています。
「病気は無い」 という深遠な真理を自覚するために、必要なことは、『生命の實相』 を繰り返し、繰り返し拝読し、聖経を読誦し、愛行をすると共に、最も必要なことは 「神想観」 をすることであります。
「招神歌」 〈かみよびうた〉 を唱えて、生長の家の大神を招(よ)び、その御守護のもとに行う神想観は、谷口先生が、神より授けられた、最高の 「祈り」 であり、「瞑想」 であります。 谷口先生はアメリカで、神想観のお話をなさいます時には、 Prayerfull meditation と英訳しておられました。 「祈りに満ちた瞑想」 とでも、訳しましょうか、アメリカ人にわかりやすく、英訳された言葉です。
神想観は、招神歌を唱えて、「吾れ、今、五官の世界を去って、実相の世界に入る。 此処がこのまま、実相の世界である」 と念じてはじまります。 これは、私たちがまことに簡単に唱えていますが、よく考えてみますと、「今、五官の世界を去って」、そのまま、すぐ 「実相の世界」 に入る、すばらしい 「行」 なのです。 つまり、私たちは 「五官の世界」 を去れば、今、ここ、そのまま 「実相の世界」 なのです。 「実相の世界」 は、「神の創造された、そのままの世界」 ですから、「不幸も、病も、争いもない世界」 です。
生長の家の 「神想観」 とは、今、ここで、五官を去って、そのまま、すぐ 「実相の世界」 に入る 「行」 なのです。 ですから、毎日、必ず 「神想観」 を実修して 「病気のない世界」 に入り、「病気のない世界」 が今、ここに、そのまま 「ある」 という自覚を深めることが、「病気は無い」 ということを、知的にしるだけではなく、本当に自覚することができるのです。 これはまことに、スバラシイことでありまして、「永遠の生命」 の自覚につながるのです。 生長の家に入信して、本当に 「幸福な生活」 を送り、また、多くの人を、幸せに導くためには、どうしても、「実相の自覚」 をふかめる必要があります。
『心の持ち方一つ』 下 「心と病気」 88 ~ 90頁
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