歌猫Blog跡地

漫画「鋼の錬金術師」と荒川弘について語るブログ。更新終了しました。

痛ましさという媚薬2

2008年10月30日 | ◆真面目な考察・・・?
マンガ「鋼の錬金術師」は、痛ましくない。

荒川弘は、敢えて、痛ましさを排除している。

初期の頃は、痛ましさ、を使っていた。第一話・二話で描かれたエドとアルの過去、エドの機械鎧を罪の証と嘲笑する悪役。
しかし、荒川は次第に、痛ましさを避けるようになる。
ターニングポイントは機械鎧の位置付けの修正だと思うが(拙ブログ04.09.09記事)、それ以降も一貫して、痛ましさから距離を取ってゆく。

例えば「国家錬金術師」という主人公の属性。
第三話では軍の狗と蔑まれる対象だ。
しかしそれ以降、その属性によって主人公が貶されることは無く、むしろ誇らしげに名乗る肩書きとなった。(8巻、リンと初対面の場面、ほか)

例えば7巻ダブリスで、国家錬金術師の資格を更新した後のエドの台詞
「今年こそ元の身体に戻れるといいなあ・・・」
これは、家を焼いて旅立ちを決意した少年の台詞としてはあまりにも弱いと感じる。せめて「戻らねーとな」ではないか?

私はこれらに、荒川弘のブレーキを見る。意識的にしろ無意識にしろ、彼女はエドをして痛ましさを描きたくないのだ。

これは「痛いアニメ」の反作用という面もあるかもしれない。
だがそれ以上に私は、荒川弘が目指す少年マンガの理想があると思う。
痛ましさを抱く鉄腕アトムではなく、痛ましさを持たないドラゴンボールを、荒川弘は、読者である少年少女に届けるべきものと感じているのではないだろうか。

初期のエドがまとっていた痛ましさは剥がれていき、11巻の埋葬場所掘り返し、12巻のアルと対峙した階段で「ボクは母さんを殺していなかった」、そして13巻グラトニーの腹の中での錬成をもって、痛ましさの描写は終わる。
(19巻の怪我は、痛ましさではなく痛さである)
これ以降のエドは「痛ましさのエロティシズム」を持たない。

これは、エドの成長と同調している。
小さく愛らしくエロティックな存在から、安心して見ていられる対象へ。
したがって、痛ましさを期待する読者層にとっては、後期の鋼は「少し離れた」ものとなる。
かわいそうでない。私の庇護を必要としない。

それでも引き続き人気作であるのは、それまでに強固なファンを獲得したからでもあるだろうし、荒川弘のストーリーテリングの上手さもあるだろう。
痛ましさという媚薬を利用せずとも読者をひきつける力。

荒川鋼は痛ましくない。
これが再び、アニメという奇妙で強烈な世界で描きなおされたとき。
痛ましさというエロティシズムを捨てた結果、希求力の弱い平凡なアニメとなるのかもしれないし、家族で安心して観られるアニメ、となるのかもしれない。





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6 コメント

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はじめまして (Sing2)
2008-10-30 14:04:10
こんにちは、歌猫さま。
鋼を何倍にも楽しくしてくださる深い洞察に感服しております。

私はこの記事を読んで、原作からは「自分が好きだ」あるいは「人間が好きだ」と強い信念が伝わってくるように思いました。
ピナコがエドの人間というものへの定義の広さに驚嘆していましたが、それは作者の思いが投影されているのかもしれないな、と。
私はその力強さに惹かれていますが、歌猫さんの仰る「成長」とある意味重なるのかもしれませんね。

あまり痛ましいのや痛いのやら得意ではないので、大方のファンの方の意見とは違うとは思うんですが、私は事あるごとに「あきらめるな」「前へ進め」と常に前進し続ける姿勢がいいなーと感じてます。

また鋼を深読みするのが楽しくなってきました。
どうもありがとうございました!
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Unknown (耿仁)
2008-10-30 17:30:18
痛ましさ、というのは思い至ったことがなかったなと思い、貴重なご意見に感謝。
アニメ制作陣が視聴者に傷は残さないけれど痛みの記憶を残したい(逆ではなかったと思いますがうろ覚えです)みたいなことを言っていて、感銘を受けた記憶はありますが。……鋼の痛みは、うまく表せませんが実感、のような気がします。
そういえばいつからかエドワードを男前だと認識するようになったのですが、それは痛ましさがなくなったからだったのかなぁと思ってみました。しかし、とすると一時期大佐の痛ましさが多少なり滲み出ていたのではないかとも思ってもみました。

個人的な意見に終始してしまいましたが、乱文を失礼致しました。
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Unknown (みづき)
2008-10-30 17:35:04
こんにちは^^


もう、全てにおいて、この記事全部に・・・とにかく共感!!!読んでて何度「わかる!!」ってつぶやいたことか・・・!!!
痛ましさについて1から読みましたが、私はまさしく「痛ましさ」という媚薬に酔った人間です(笑
初めてアニメを見たときの、幼き主人公達の身体が消えていく様を見て「なんだこれは!!!」と思ったのを今でもよく覚えています。
こわい、怖い、恐い。
でも見たい。まさに当時の私の心境でした。
アニメは最初から最後までそれを貫き通したと思います。主人公達に次々と降りかかる悲劇。でも私はそのたびにスリルやら緊張感やら興奮を覚えました。

それに対し原作は。
北編辺りから流れは一変。エドとアルはまるで「ただの」少年漫画のようにコマ中を駆け回っている。「ただの」主人公みたいにヒロインの女の子に対して頬を赤らめている。
「これは今までの少年漫画とは違う」といわれ続けていた鋼がここで一気にまるで普通の少年少女の成長物語のように描かれている・・・。
だから私は最近の鋼に不満を感じていたのかもしれません(笑

でも私は、結局今だって原作基準になるといわれている新アニメの情報や、貴女様のような深い洞察力で作品の内容を吟味しているブログ様をネットで渡り歩いて探しています(笑

これが荒川先生の力なんでしょうねぇ・・・。
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コメントありがとうございます (歌猫)
2008-11-01 13:50:32
Sing2様こんにちは、はじめまして!
>「自分が好きだ」あるいは「人間が好きだ」と強い信念
はい、その通りだと思います。私もそこがとても好きです。
>大方のファンの方の意見とは違う
そんなこと無いですよ!むしろそちらの方が大勢だと思います。だって少年漫画ですもの。ネット上の発言は、その分母にちょっと偏りがあるのかもしれませんが。
生きること、を真っ直ぐに肯定する、このしぶとさ清々しさが、鋼の魅力だと思います。
これからもどうぞよろしくお願いいたします!

耿仁様こんにちは!
>痛みの記憶を残したい
はい、そのような言葉を私も覚えています。
でも痛みという表現はちゃんと伝える道具になっていたのかな…と、アニメ夜話で痛をみかなり強調していた分、気になって。(というか、原作スキーとしての対抗心がムクムクと(笑))
エドは男前になりましたよね!育つとうれしいけどちょっと寂しい、は、子犬とかに抱く感情と相通じるものがありますよね~
個人的意見も大歓迎です。私の記事が少しでも、思いを巡らせるきっかけになったのかな、と思うとうれしいです♪

みづき様こんにちは!
ふふふ、原作大好き荒川万歳の私ではありますが、エドをイタく描きたくなってしまう、その心理も理解できてしまうんですよね~(笑)
もちろん會川氏はソウイウ心理からではなく、痛ましいエドという造形は「そんなに強い奴はいねー」という個人的意見から発しているようですが。つまり會川氏はキャラに心の弱さが無ければ自分が共感できない。
最近の鋼は、ただの少年漫画というよりは、群像劇の色彩が強くなっているんじゃないかしら…あ、エドの媚薬を消したから群像に埋もれてしまう、という解釈もできるか?
それでも、こんなにも多彩で強烈な脇キャラが大勢居ても、荒川先生なら必ずきっちり締めてくれると信頼してるので、安心して楽しんでいます♪

コメントありがとうございました!
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Unknown (ともえあや)
2008-11-01 20:18:58
>かわいそうでない。私の庇護を必要としない。

>つまり會川氏はキャラに心の弱さが無ければ自分が共感できない

なるほどその通りだなあと思います。アニメも好きな私はどちらかと言えば心の弱さに共感するので。心の弱さというよりは、心の「隙」といってもいいかもしれません。
アニメエドはストライクど真ん中で大好きなのですが、ひたすら力強い原作エドはそうでもなくて、大佐やホーエンハイムにすごく魅力を感じるのはそのせいかな~なんて。たぶん少数派なんでしょうね・・・orz
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コメントありがとうございます。 (歌猫)
2008-11-03 08:39:40
ともえあや様こんにちは!
>つまり會川氏はキャラに心の弱さが無ければ自分が共感できない
そして共感の入り口として弱さを必要としない人々にとっては、エドを弱めた會川氏を理解できない、と続きます。
ゆえに荒川氏はアニメエドに対して相当な戸惑いがあっただろう。しかし、それでもアニメを否定しない荒川弘は度量が広いぜ!とやっぱ荒川マンセーな結論(笑)
小中学生が読む「少年マンガ」においては、原作の元気エドがやっぱり絶対だと思うんですね。でも例えばアニメ雑誌がメインターゲットとする層にとっては、アニメ鋼のが自分に近い“本物”なんだろうと思います。
ゆえに一粒で二度美味しいお得作品・ハガレン♪
少数派か多数派かなんて気にすること無いですよ~。そもそもアニメ好きマンガ好きってだけで十分に少数派なんですもん(笑)
コメントありがとうございました!
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