歌猫Blog跡地

漫画「鋼の錬金術師」と荒川弘について語るブログ。更新終了しました。

父と息子と家族

2007年08月18日 | ◆真面目な考察・・・?
08年3月発売予定鋼の錬金術師19巻収録相当雑誌ネタバレ含みます。


鋼は、父と息子の物語だ。
エドとホーエンハイム。

少年の成長物語において、父性は「超えるべきもの」だ。
絶対の強者として立ちはだかり、対立し、同類ゆえに憎み合い、そして少年は父を超えて初めて大人になる。
鋼は、王道の物語だ。
だから、父と息子は対立する。

対立の構図。
「お父様」とブラッドレイも父と息子だ。
ブラッドレイとセリムも父と息子だ。
描かれてはいないけれど、不死となったリンと死にかけている皇帝もまた、父子の物語を内包している。


それに対し、父と娘の物語は、既に終わったものとして描かれている。
タッカーとニーナ。
ヒューズとエリシア。
ウィンリィとユーリ。
リザと父ホークアイ。
父たちは娘たちを一方的に愛し、そして勝手に死んでしまった。
残された娘らが闘うのは自己の悲しみや憤りに対して。(ニーナは闘う前に殺されてしまったけれど)

「お父様」の娘ラストは、父親に忠実に仕えて死んだ。
「人間よ」
「生みの親に対する愛情もある」
彼女はそう言ったけれど、本当にそうだったのか?長女は得てして望まれた嘘をつく。
けれど、それはもう分からない。彼女と父の物語もまた、終わってしまった。


もしも。
フラスコの中の小人が「お父様」なら。
物語の構図は錯綜する。
ホーエンハイムの血が「フラスコの中の小人」を生み出した。
「フラスコの中の小人」は、奴隷23号を、錬金術師ホーエンハイムに育てたのだろう。
「フラスコの中の小人」はおそらく、ホーエンハイムをそそのかし、神になろうとした。それは失敗に終わる。
彼は次なる計画のために「魂を分けた子供たち」を生み出した。
セリム・プライドは彼の分身にして長子。
プライドは「最後の仕上げ」ラース・ブラッドレイの息子に納まっている。
ブラッドレイとセリムは、父と息子でありながら末っ子と長男で、そして老いて死ぬ旧世界の王と、多大な犠牲の上に築かれる新世界の王でもあるんだろう。
そこに、ホーエンハイムの子・エドとアルが関わっていく。

なんて重層的!なんて広大な物語!


鋼における愛は、家族愛。
恋愛でもなく、友愛でもない。
どん底に落ちた人を、少女漫画だと恋人が救う。少年漫画だと友が救う。
鋼では、家族が救う。

けれど、家族愛が、罪の引き金にもなる。
エルリック、イズミ、ジュドウの人体錬成。
スカーの殺人鬼への変貌。
きっかけは、恋人ではなく友人でもなく、家族の喪失。


ホーエンハイムをめぐる、錬金術的「家族」。
罪を犯した兄弟と、罪の名を持つ子供たちと、罪の大元となった父と、更なる罪を計画するもう一人の父と。
誰が誰を超えるのか、誰が誰を救うのか。
彼らの行く先は、一体どんな景色なんだろう。


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3 コメント

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家族愛の物語 (sengen412)
2007-08-19 21:21:54
 こんばんは。
 前回のエドとホーエンハイムの不幸の違いは、「孤独かそうでないか」というご指摘にはなるほど、と思いました。「父と子のドラマ」というのもうなずけます。
 私は面白い作品はいろいろな人に布教したがる癖がありますので、勿論『鋼』なんかは相当長きにわたって色んな人に貸し付け(押しつけ?)たわけですが、その中の感想に、「ものすごく人が無惨に死んでいくんで、辛い」と言われたことがあります。そう、確かに『鋼』はけっこう残酷。主要人物の死は最初の4巻の後は意外に多くないのですが(ニーナとヒューズくらい)、名もない兵士や憲兵はもう数限りなく死んでますね。しかもその死に方は、けっこう悲惨。最近だって、北の砦の地下の穴で兵士達は訳の分からない闇に切り刻まれて死んでいます。
 しかし、それは物語に恐ろしさと迫力を与える効果はあれど、作品全体が陰々滅々、という印象にはなりません。
 それはなぜか?
 おっしゃるとおり、そこに「家族愛」が描かれているからです。揺るぎない「信頼の絆」が物語の横糸としてしっかりあるからです。これが他の漫画では「仲間愛」だったり「正義感」・「男女愛」だったりするんですが、『鋼』はエドとアルの兄弟愛(または物語の冒頭の母への思慕)、そしてホーエンハイムの家族愛が中心になっています。大佐とリザとの関係は、「家族愛」ではなく「同志愛」に近いもので、「男女愛」もその底辺には流れていそうですが、それば前面には出てこないでしょう(最後にどうなるかはともかく)。
 で、彼らが大切に思う相手の幸せを願い、人間としての誇りを持って努力するから、『鋼』はどんなに衝撃的なある意味残酷なシーンがあっても、読んでいて心地よいんだな、と思っています。
 にしても、どんどん終わりに向かって展開が早くなっている感じですね。でも最後の最後まで安心できない、というこんな緊張感も、この作品の魅力ですよね。
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コメントありがとう! (歌猫)
2007-08-20 06:47:34
sengen412様コメントありがとうございます!レスはまた後日あらためて♪
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コメントありがとうございます。 (歌猫)
2007-08-21 04:54:28
sengen412様こんにちは!
レスが遅くなってごめんなさい~。
そうそう、鋼って、血とかどばどばだし妖しい錬金術だし、なのに陰々滅めつ、湿っぽく暗くはならないんですよね。
このからっとした感じ、たまに評論家さんが「大陸的」という表現をするんだけど、なるほど北海道の広々して梅雨が無い、そういう育ちがこの作品の雰囲気を作っているのかなあと思います。
そして、家族愛。家族も、ともすると恋愛以上にドロドロのぐちゃぐちゃになるけれど、そういうのが一切無い。すごく素直に、家族が好き、家族は大切っていうのが伝わってきて、いいなあって思います。
鋼の魅力は数多くあるけれど、この「健全さ」というのが、こんなに重くてダークに落ちそうな題材なのに、それをかっちり保っているのが、一番の魅力なんですよね!
コメントありがとうございましたーv
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