日本一になった巨人の原監督が二度目の正力松太郎賞を受賞した。
不思議と日ハムはこの賞に縁がない。
いらねえよ。
でも副賞500万円だそうだ。
くれると言ったら是非頂きましょう。
さてこの正力さん、CIAとただならぬ関係にあった。
米国国立公文書館の外交文書から正力讀賣のルーツに迫って話題になった早稲田の教授で
メディア論が専門の有馬哲夫さん。
インパクトのあるタイトルですねえ。
権力欲の怪物正力松太郎とCIAの二人三脚、そして原発。
しかしインボー話みたいにならず戦後の歴史をたどっているところに好感が持てました。
怪物だが悪人とは書いてない。
プロ野球の父、テレビ放送の父で原子力の父といわれた大正力。
富山の土木業者の次男だったこの人、もともと警察官僚です。
警視庁で共産主義者、無政府主義者を取り締まった。
筋金入りの反共主義者。
有名な大震災の「朝鮮人暴動の噂流布」に連座した直後、ほかの事件に巻き込まれて官界を去り
新聞の世界に入った。
と言っても警察の機密費で河野一郎らの若手政治家にお小遣いを上げていて政界とのつながりは深い。
というか自分自身が大物政治家=総理大臣になるという強い願望を持っていた。
世界は冷戦に入り両陣営がメディアを使って情報操作を繰り広げる。
「一国の外交部門や情報機関ともなれば、少しでも自分に有利な世論を作り出すよう対象国の
メディアを操作しようと全力を尽くすのは当然だ。
この事実に衝撃を受ける日本人が今日いるとすれば、それは平和ボケというものだ」と著者の言葉。
冷戦が終わったからといって情報操作は終わったわけではない。
読売、朝日、産経など日本の大新聞やニューヨークタイムズなどは今でも戦争屋とCIAの広報機関
とも言われる。
さて、正力さんの話。
米ソ核開発競争が過熱する中、平和利用をリードすることによって核開発の先端に立とうという
アイゼンハワーのアトムズ・フォー・ピース。
これは自分の総理大臣になる夢につながるビッグビジネスになると直感した。
1953年に作成された「対日心理戦計画」でホワイトハウス、CIA、国務省、国防総省は反共、親米キャンペーンを張った。
そのうち非公式の工作を受け持ったのがCIAですね。
第五福竜丸被爆で日米関係が緊張する中、原子力に好意的な親米世論を形成するための「工作」です。
そのCIA工作のエースが正力讀賣。
当時の朝日は左寄り。
社主緒方竹虎は自由党総裁で正力のライバル。
讀賣グループは正力の個人支配力が強い。
格好のターゲットだった。
ただこの正力さん、おとなしくCIAに利用される人では無かった。
逆にCIAを利用して総理大臣になろうという怪物。
「ポダム」なるコードネームを付けられ「CIAの資産として育てる」とノートされた正力だが、
「原子炉をくれ」「テレビをくれ」とねだりまくった。
讀賣新聞5000人記者の集めた情報をCIAに横流しし、同紙を反共宣伝機関にすることを認める代わりに、
正力に原子力技術を提供するというディールができあがった。
ソ連はソ連で反米工作を活発にしていた時代です。
冷戦下、ソ連KGBが讀賣を含む国内すべての全国紙に協力者を抱えていたことを考えると
同社は冷戦時、米ソ両方から便宜を受けていたことになる。
原潜、讀賣新聞、日本テレビ、保守合同、そしてディズニー。
正力とCIAの協力関係から始まった巨大メディア、政界、産業界を巡る連鎖。
ディズニーが作った化学映画「わが友原子力」というプロパガンダを日テレが放映し、これが
看板番組ディズニーアワーにつながった。
余談ですがディズニー映画とディズニーランド自体が親米プロパガンダという側面を持っているようだ。
とにかく総理になりたい正力の尽力で原発の法整備、基礎技術導入はなされた。
結局正力の夢・総理就任はかなわず、正力の夢の道具でしかなかった原発はいまや国内発電量40%と、
国の根幹をなす。
戻ります。
大金を用意し保守大合同のフィクサーとなった正力は当選一回で岸内閣の国務大臣になる。
その資金は原子力を熱望する産業界から集めたんです。
こうしてできた自民党の下、アメリカにつくことで日本は安定し、経済発展が可能になった。
ナベツネも同じことをやって名を残そうとした。
正力さんの流れで河野一郎派の中曽根さんと自民民主の大連合を画策。
人間は成功体験に埋没する。
というと聞こえはいいが正力は大新聞のオーナーで資金も潤沢にあった。
ナベツネは一介の使用人なんじゃないのかな。
フィクサー児玉誉士夫とも親交が深く蓄財して金持ちだが、とても政治のスポンサーに
なれるような人じゃあない。
正力はCIAと渡り合い原子力のほかアジア全域の通信施設ネットワーク構築という大きな構想を持っていた。
これは衛星通信システムができたことで時代遅れになった。
そしてケネディ暗殺の衝撃的なシーンが衛星通信で日本中に流れたころ政界を引退。
同じ年に療養先の国立熱海病院で静かにこの世を去った。
なかなか劇的な人生です。
ナベツネさんはどっちかというとCIAのパシリでしょうかね。
多極化する世界でアメリカ陣営に残るという考えは歴史的にどうなんでしょう。
歴史の審判が出るは先の話だが。
アメリカの植民地になって60余年。
日本人は小物になったということなのでしょうか。
不思議と日ハムはこの賞に縁がない。
いらねえよ。
でも副賞500万円だそうだ。
くれると言ったら是非頂きましょう。
さてこの正力さん、CIAとただならぬ関係にあった。
米国国立公文書館の外交文書から正力讀賣のルーツに迫って話題になった早稲田の教授で
メディア論が専門の有馬哲夫さん。
インパクトのあるタイトルですねえ。
権力欲の怪物正力松太郎とCIAの二人三脚、そして原発。
しかしインボー話みたいにならず戦後の歴史をたどっているところに好感が持てました。
怪物だが悪人とは書いてない。
プロ野球の父、テレビ放送の父で原子力の父といわれた大正力。
富山の土木業者の次男だったこの人、もともと警察官僚です。
警視庁で共産主義者、無政府主義者を取り締まった。
筋金入りの反共主義者。
有名な大震災の「朝鮮人暴動の噂流布」に連座した直後、ほかの事件に巻き込まれて官界を去り
新聞の世界に入った。
と言っても警察の機密費で河野一郎らの若手政治家にお小遣いを上げていて政界とのつながりは深い。
というか自分自身が大物政治家=総理大臣になるという強い願望を持っていた。
世界は冷戦に入り両陣営がメディアを使って情報操作を繰り広げる。
「一国の外交部門や情報機関ともなれば、少しでも自分に有利な世論を作り出すよう対象国の
メディアを操作しようと全力を尽くすのは当然だ。
この事実に衝撃を受ける日本人が今日いるとすれば、それは平和ボケというものだ」と著者の言葉。
冷戦が終わったからといって情報操作は終わったわけではない。
読売、朝日、産経など日本の大新聞やニューヨークタイムズなどは今でも戦争屋とCIAの広報機関
とも言われる。
さて、正力さんの話。
米ソ核開発競争が過熱する中、平和利用をリードすることによって核開発の先端に立とうという
アイゼンハワーのアトムズ・フォー・ピース。
これは自分の総理大臣になる夢につながるビッグビジネスになると直感した。
1953年に作成された「対日心理戦計画」でホワイトハウス、CIA、国務省、国防総省は反共、親米キャンペーンを張った。
そのうち非公式の工作を受け持ったのがCIAですね。
第五福竜丸被爆で日米関係が緊張する中、原子力に好意的な親米世論を形成するための「工作」です。
そのCIA工作のエースが正力讀賣。
当時の朝日は左寄り。
社主緒方竹虎は自由党総裁で正力のライバル。
讀賣グループは正力の個人支配力が強い。
格好のターゲットだった。
ただこの正力さん、おとなしくCIAに利用される人では無かった。
逆にCIAを利用して総理大臣になろうという怪物。
「ポダム」なるコードネームを付けられ「CIAの資産として育てる」とノートされた正力だが、
「原子炉をくれ」「テレビをくれ」とねだりまくった。
讀賣新聞5000人記者の集めた情報をCIAに横流しし、同紙を反共宣伝機関にすることを認める代わりに、
正力に原子力技術を提供するというディールができあがった。
ソ連はソ連で反米工作を活発にしていた時代です。
冷戦下、ソ連KGBが讀賣を含む国内すべての全国紙に協力者を抱えていたことを考えると
同社は冷戦時、米ソ両方から便宜を受けていたことになる。
原潜、讀賣新聞、日本テレビ、保守合同、そしてディズニー。
正力とCIAの協力関係から始まった巨大メディア、政界、産業界を巡る連鎖。
ディズニーが作った化学映画「わが友原子力」というプロパガンダを日テレが放映し、これが
看板番組ディズニーアワーにつながった。
余談ですがディズニー映画とディズニーランド自体が親米プロパガンダという側面を持っているようだ。
とにかく総理になりたい正力の尽力で原発の法整備、基礎技術導入はなされた。
結局正力の夢・総理就任はかなわず、正力の夢の道具でしかなかった原発はいまや国内発電量40%と、
国の根幹をなす。
戻ります。
大金を用意し保守大合同のフィクサーとなった正力は当選一回で岸内閣の国務大臣になる。
その資金は原子力を熱望する産業界から集めたんです。
こうしてできた自民党の下、アメリカにつくことで日本は安定し、経済発展が可能になった。
ナベツネも同じことをやって名を残そうとした。
正力さんの流れで河野一郎派の中曽根さんと自民民主の大連合を画策。
人間は成功体験に埋没する。
というと聞こえはいいが正力は大新聞のオーナーで資金も潤沢にあった。
ナベツネは一介の使用人なんじゃないのかな。
フィクサー児玉誉士夫とも親交が深く蓄財して金持ちだが、とても政治のスポンサーに
なれるような人じゃあない。
正力はCIAと渡り合い原子力のほかアジア全域の通信施設ネットワーク構築という大きな構想を持っていた。
これは衛星通信システムができたことで時代遅れになった。
そしてケネディ暗殺の衝撃的なシーンが衛星通信で日本中に流れたころ政界を引退。
同じ年に療養先の国立熱海病院で静かにこの世を去った。
なかなか劇的な人生です。
ナベツネさんはどっちかというとCIAのパシリでしょうかね。
多極化する世界でアメリカ陣営に残るという考えは歴史的にどうなんでしょう。
歴史の審判が出るは先の話だが。
アメリカの植民地になって60余年。
日本人は小物になったということなのでしょうか。