野村進著
「日本領サイパンの一万日」
日本の南、フィリピンの東に点在するマリアナ諸島。
この熱帯の楽園に文明(?)の嵐が押し寄せるのが16世紀。
おっと、スペインだ。
16世紀にマゼランが上陸。
すぐさま領有権を宣言。
武力とイエズス会の宗教パワーで島民は弾圧され多くが虐殺された。
中南米で起きた数々の悲劇と同じパターンだ。
うん、発見された相手が悪かった。
原住民のマジョリティであるチャモロはスペインと混血した。
結果、フィリピンみたいな感じか。
しかし今回滞在中話しかけた相手は全てがフィリピンからの出稼ぎ労働者だったなあ。
結局チャモロも、もう一つの種族カナカとも話すチャンスが無かった。
日本統治時代にも原住民4000人弱ということで、スペインに発見された後は
常に外国人が主役だね
さて「日本領サイパンの一万日」に沿ってサイパンと日本人の事を紹介しようか。
トラファルガーで無敵艦隊が破れ(この艦隊が無敵だったのは戦う前だけ、
とどこかで聞いたな)、国力が衰えると島は底値でドイツに売り渡された。
買ったものの流刑地ぐらいにしか使わなかったドイツ。
再犯島か(南国なのに寒いギャグだ)。
そして第一次世界大戦でドイツが敗れる。
日英同盟を結んでいたため殆ど犠牲なしで世界五大戦勝国の仲間入りを
したのが日本。
棚ぼた式にサイパンを占領した。
グアムは米西戦争の戦果品でアメリカ領だったので日米の最前線。
日本は清国、露西亜、アメリカと戦争をすることになったが、この三国は明治維新以来の
仮想敵国だ。
強力な三つのパワーに囲まれる、というのが地政学的な日本の宿命だ。
この宿命の中で辺境国(養老先生風に言えば)としてうまく立ち回れるか、
というのが日本外交の全てではないかと思うが、日本はその答えを
まだ出せていないのかもしれない。
ロシアという帝国主義国家を幸運にも破った日本は力を失った旧宗主国中国の
分捕りに走った。
西欧列強の頚木からアジアを開放するという綺麗事が通用したのはごく例外で
要はロシアの代わりに帝国主義を推し進めた。
オリジナルのアイディアは余りない日本。
理念で出来上がったアメリカなどとは対極にある。
秀吉の朝鮮征伐も繰り返された中華を巡る覇権争いと同じパターンだ。
秀吉日本は元王朝のモンゴルや清の満族のように中原に鹿を逐ったが
叶わなかったということだろう。
善悪でなく、そういうことだ。
一方世界は殺人兵器の飛躍的な進歩でそれまでの戦争と桁違いの多くの死傷者がでた。
第一次大戦のヨーロッパのこと。
帝国主義の分捕り合戦に代わる世界秩序が模索された。
その時に参入した後発帝国主義日本。
今考えるとKYだったんだなあ。
後知恵だ、仕方ない。
さて火事場泥棒的に領有したサイパンは彩汎と呼ばれることになった。
戦後の1920年には国際連盟の委任統治領となり、同島には南洋庁サイパン支庁が置かれ、
サイパン島は内地から南洋への玄関口として栄え朝鮮人を含め3万人が定住した。
一万日にわたる日本統治の始まりだ。
この30年間を地道に聞き取りをして一冊に纏めたのが本書。
山形県出身の食いっぱぐれだが山っけもガッツもあり当地で成功者となる男。
同じく山形県出身の実直な農民。
数々の不運を乗り越え一家がそこそこの暮らしができるようになる。
日本の貧農よりは大分マシだった。
結論から言ってしまえば二人とその家族は敗戦で全てを失う。
一人は命まで。
もう一人は生き延びるが、自分が呼び寄せた同郷人の家族に謝罪してまわるという
余生を送ることになる。
食えなかったんだね、わずか90年前の日本。
全ての問題は人口過多。
狭い国土に増え続ける人口を養うだけの資源がなかった。
少子化による人口先細りが最大の問題とも言われる現代からは想像するのも難しい。
今、革命進行中のエジプト。
イスラエルが必死に支えてきたがムバラクは逃げ出した。
フィリピンでオトコと一緒らしい(違うか)。
あの国は平均年齢24歳で今後30年で人口が30%増える予想とか。
失業、食糧不足。
人口過多にアメリカ発の不況、食料品高騰が原因だ。
日本は食料自給率がどうとか言うが、オカネがあれば不足はしないな。
メディアはフェースブックがどうとかばかりだが、枝葉末節だ。
問題山積の非産油途上国。
一方この頃の日本にはまだ周りにフロンティアがあった。
この辺が生活史から垣間見られる実感としての歴史観だ。
説得力抜群と言っていい。
本書のエピソードにあるがサイパンで製糖事業を展開した国策の殖産会社は
国土と資源不足を解消するためにオランダからニューギニアの半分を買い取ることさえ
計画した。
それが日本の置かれた状況だったわけだ。
山形を始めとする貧しい東北の農民がこの島の主役だ。
不思議な(しかし興味深い)ことにこの人達が成功をおさめる時彼らをトップとする
ヒエラルキーが形成される。
彼らの下層階級は「沖縄出身者」、その下が「朝鮮人」だ。
労賃とかではっきり差別があったようだ。
その下が現地人だがその中でもスペインと混血したチャモロはより土人っぽい
カナカより良い待遇を受けた。
悲しい人間の性だ。
しかし現実の効率性もあるのかも知れない。
今の観光業を見る限り産業の担い手はフィリッピンの出稼ぎ労働者のようだ。
現地人採用枠もあるらしいが「あいつら怠け者で」というのがフィリピン人の言い草だ。
そうなのだろう。
沖縄に関しては戦争、基地など日本の犠牲者という面が強調される。
その通りだろう。
一方、今でも高校大学、進学率、学力が全国最低。
逆に失業率、所得、給食費・年金・介護保険料・NH受信料K未納、飲酒事故、風俗営業数、
DV、離婚率、出生率、肥満率が全国で最高とか。
音楽とかゴルフや野球などスポーツでは豊かな才能を持つ。
本土とは明らかに違う文化だ。
違うということは日本では差別の対象だが仕事の効率も南洋的だったのだろうか。
さて戦前の苦闘と戦中の悲劇がこの本の前後半を構成しているが移住者の戦後という
重いテーマも扱われている。
ブラジル移民の間で敗戦を受け入れた「負け組」と心情的に受け入れられない
「勝ち組」の対立は知られているが、マリアナ諸島でも同じことが有ったらしい。
徹底抗戦を続ける狂信的軍人に感化された「勝ち組」の人達。
神国日本の敗戦を信じたくない。
頑迷と言ってしまえばそれまでだ。
しかし最後の一人まで戦うと言っていたものがすぐ勝者に迎合する。
この変り身の速さは日本人の遺伝子上にある特質かも知れない。
昨日まで熱い気持ちで感謝していた軍人や神と仰いだ天皇を手のひらを返すように
悪く言う豹変ぶりに違和感を覚える人たちの心情も理解不能ではない。
仮想敵国アメリカに隷属する層に憤りを感じる気持ちも今と同じだ。
俺か(笑)。
うん、憤ってはいないが残念とは思う。
かくして情報から隔離されたサイパンやテニアンで勝ち組による負け組襲撃が起き、
日本人同士で血みどろの戦争が続きいた。
やりきれない悲劇だ。
そして軍人の殆ど、民間人の半分を失った移住者たちが帰還して見た日本は。
浦賀にも戦争の傷跡は残っていたが、道行く女は美しく化粧をし、パラソルを差し、
男も子供もきちんとした身なりでトラックに詰め込まれた引き揚げ者たちを
異人でも見るように見上げる。
沿道の人家も焼かれた様子もない。
故郷で食いっぱぐれ日本から見捨てられた人達の話。
読みごたえ有り。
読みたい人。上げます。