国鉄フライヤーズ

目指せカネ、ヒマ、若さ

カロリー・オフで却って肥満に

2012-06-26 01:00:00 | 生活、人生、ペット


カロリー・オフ飲料・食品に添加されるサッカリンなどの人工甘味料。
弊害もあるようだ。
そういえば1960年代にチクロの健康被害(発がん性)が問題になりアメリカや日本などで使用禁止になった。

さてカロリー・オフ飲食料による肥満のメカニズムだ。
カロリーがないから、その分安心してたくさん食べてもいいと思ってしまう。
それでは元も子もない。
冗談の様だが、実際アメリカ人の友人がダイエットコークをがぶ飲みしながら大きなケーキを平らげている様子に驚いた覚えもある。

そして人工甘味料は天然甘味料より数百倍も甘みをもっているため、人工甘味料を摂取し続けると、さらに甘い食べ物を食べたくなる。
サッカリン中毒か。
これらは人間の行動パターンによるリスクだがその他にも生理反応上の危険もあるらしい。

カロリーオフ食品では食後エネルギーにならない。
一方、体はエネルギーを要求して食欲が増進される。
これはマズイですな。

加えて、糖分接種後に分泌されるインスリン。
これが血糖値を調整するのだが、人工甘味料にも膵臓が反応してしまうらしい。
その結果、糖分がないのにインスリンが出てきて、血糖値が下がりすぎる。
生命の危機だ。
たちまち空腹信号が発せられる。
食わねば。

さらに厄介なことには、膵臓が人工甘味料という「嘘」に慣れ、本物の砂糖を摂取してもインスリンを分泌しなくなる。
血糖値が上がりっぱなしで糖尿病が誘発されるリスクだ。

またインスリンの作用で脳にセロトニンが分泌される。
これは「幸せの神経伝達物質」。
甘いものを食べたり、おいしい食事を摂ると幸せになる。

しかし人工甘味料中毒でインスリンやセロトニンが分泌されない体になると幸福感が得られない。
実際、たくさん人工甘味料を摂取している人に抑うつ状態が多く見かけられるらしい。

他に、アスパルテームという甘味料には記憶喪失、混乱、知能低下、視力障害の他に脳腫瘍、リンパ腫、白血病との関係が。
そしてサッカリンには膀胱癌との関係が報告されているらしい。

甘いものをたっぷりとってダイエットもしてしまおうという考えが甘いよ、ということだ。
人工の甘味料やサプリメントに頼らないきちんとした食生活が正解。

そこに行くと、一般的に日本の家庭料理は秀逸だ。
海外に行くと貧弱な食生活に唖然とすることが多い。

日本のお母さんたちの多くは世界水準のはるかに上にある気がする。
最近の塩麹ブームにクックパッド。
美味しく自然で健康的な食生活への欲求は高い。




一方、まったく無頓着で子供にジャンクフードを平気で与える親もいる。
別の格差問題ですね。


カロリーゼロ飲料は、肥満とウツを誘発する
郷に入っても郷に従わず


瓦礫に刻まれた人生(加藤祐子さんの記事から)といい話

2012-05-18 01:00:00 | 生活、人生、ペット


BEACHCOMBERといわれる人たちがいるそうだ。
海岸を文字通り櫛で梳くように探索して漂着物を探す、という趣味(多分)の人たちだ。

そんな人たちの一人がブリティッシュ・コロンビアの人気のない海岸で見つけた白いコンテナ。
その中には宮城ナンバーのハーレー・ダビッドソンが横たわっていた。

その後の調査で持ち主は宮城・山元町に住む横山育生さんだと判明。
津波で自宅を流され、家族3人を亡くし、今は仮設住宅で暮らしているとのことだ。

当ブログでは瓦礫の広域処理についていろいろと書いた。
被災地外での処理を全否定するものではない。
問題は被災者支援の美名のもとに行われる経済性を無視した利権争奪戦や子供たちを洗脳するNHKの大越健介。
嘆かわしいことだ。

しかし瓦礫は最初から瓦礫だったわけではない。
2月に被災地を回った時には流された車や船、倒壊した家とかを見てそこに有った生活に思いを馳せた。
瓦礫が全く見えないくらい津波に圧倒された陸前高田の異様な静けさには息を飲んだ。

それなのに瓦礫問題みたいな政治・経済の問題になると途端にそんな思いはどこかに飛んでいた。
瓦礫になった生活を思うとやるせない。
そして瓦礫という言葉に無感覚になっていた自分にちょっとガッカリだ。

このハーレー、約1年をかけて5000キロを旅してきたのだろうか。
震災を忘れないようにゆっくりと届けられたメッセージ。
そして被災者にとっては大切な人生の一部だ。
多くが持ち主に返されることを願いたい。

記事によると津波被災地からは150万トンもの漂流物が流れ出し、太平洋を移動している。
その多くは潮流の関係で、2013年から2014年ごろにアラスカやカナダのブリティッシュコロンビア沿岸にたどりつく見通しだ。

引用

ブリティッシュコロンビアの海洋博物館は4月25日、漂着物を記録する「Tsunami Debris Project(津波瓦礫プロジェクト)」をフェイスブックに立ち上げて、発見した人に写真や映像など情報提供を求め始めました。

漂着物をできるだけ所有者に返したいという思いに加えて、震災と津波というこの「出来事についてほかの人たちが学べるよう記録を残し、博物館としての使命を果たしたい」というのが狙いだそうです。

引用終わり

これがそのフェイスブック・ページ。

Tunami Debris Project - Maritime Museum of BC


そしていい話。

この記事はさらに、震災直後の被災現場で、警察や消防やレスキュー作業員たちが誰に言われるまでもなく、破壊の中に散らばったたくさんの写真を拾い集めたことに言及。それが今、ボランティア団体によって洗われ、整理され、「Exhibit of Photos Swept Away by Tsunami in Japan(日本の津波で流された写真展)」としてアメリカ国内を巡回していると説明しています。

「写真をゴミ扱いして泥の中に放っておくのはたやすいことだったろうが、救命活動に当たっていた人たちは、写真に人間性を見いだしたのだ」とコラムは書きます。なのであなたたちもどうか忘れないでほしいと、アラスカやカリフォルニアに至る北アメリカの太平洋岸でこれから砂浜を散策する人たちに呼びかけています。子供の靴やプラスチックの人形、木の櫛を、海辺で見つけたら、どうするかと。次に日本の漁船が霧の中から現れたら、どうするかと。

「敬意をもって扱ってほしい。何があったか、決して忘れないように」。

このコラムを書いたマーク・ヒュームという同紙の記者に、私は深く感謝したいと思います。
(紹介してくれた加藤祐子さんありがとう)。

日本から流れ着いたものをどう扱うか、それは人の持ち物なのだと

執筆者:加藤祐子 東京生まれ。シブがき隊と同い年。8歳からニューヨーク英語を話すも、「ビートルズ」と「モンティ・パイソン」の洗礼を受け、イギリス英語も体得。怪しい関西弁も少しできる。全国紙社会部と経済部、国際機関本部を経て、CNN日本語版サイト「CNN.co.jp」で 2000年と2004年米大統領選の日本語報道を担当。2006年2月よりgooニュース編集者。フィナンシャル・タイムズ翻訳も担当。英語屋のニュース屋。最新の訳書に「策謀家チェイニー 副大統領が創った『ブッシュのアメリカ』」(朝日新聞出版)。


debris
An estimated 1.5 million tonnes of flotsam believed to be headed to Canada

元気が出る話

2012-05-14 01:00:00 | 生活、人生、ペット


歌手のジュンちゃんがFBに投稿していた話。
一度過去をきれいに清算、そして再生、新しい人生を手に入れた男の話。
なかなかできる事ではないな。

捨てることは難しい。
それ以上に、「やりたい事」を100項目リストアップして次々と実現したというのがいい。
前向きだからこそ、思い切ってリセットできるというわけだ。

勇気をもらった気がする。
リセットするつもりは今のところないが。


以下ロケットニュース24から全文引用。

みなさんは「人生を売った男」をご存じだろうか。
離婚を機に、家や車などの所有物から仕事や自らの友人(と友達になれる権利)まで、すべてをインターネットオークションで売り出したイギリス人男性だ。
2008年のこの出来事は世界中で注目を集め、大きな話題となった。

あれから4年。
彼のその後が伝えられて再び話題を呼んでいる。
なんと彼は「島」を手に入れていたのだ! しかも新しい恋人もいる! さらにハリウッドからのオファーまで!! 
いったい彼に何があったのだろうか……。

イアン・アッシャーさんは結婚後、妻とオーストラリアへ移住し平穏な日々を送っていた。
しかし、6年後に二人の生活は終わりを迎え、妻は彼のもとを去って行った。
離婚をきっかけになにもかも嫌になってしまったのか、彼はこれまでの人生すべてを手放す覚悟をした。

その結果彼がとった行動が、オークションですべての所有物を売るというものだったのだ。
こうして彼は過去とキレイさっぱり決別。
新しい人生を手に入れた。
ちなみに、このときのオークションで彼の「過去の人生」は約2500万円で売れたという。

そして48歳になった現在、彼は新しい人生を「これでもか!」というくらいに満喫していた。
本人の話によると、実はオークション後、手にしたお金で旅に出ていたそうだ。
アラブ首長国連邦のドバイに始まり、日本・スペイン・アメリカ・ジャマイカ……旅した国は数知れないという。

さらに彼は「やりたいことリスト」を作り、次々と実行していった。
その内容は、フランス語習得、小型機の操縦免許取得、クジラと泳ぐ、スペインの「牛追い祭り」で牛と走る、自叙伝の出版、ヴァージンレコードの創設者リチャード・ブランソン氏に会う……など。
自らの人生を売っただけあって、やりたいことリストにもユニークなものが並んでいる。

しかしそれだけでは終わらない。
なんと彼はカリブ海に浮かぶ「島」を購入した。
大きさは約9000平方メートルで東京ドームの5分の1ほどではあるが、確実に彼自身の島である。
現在は、旅先で出会ったカナダ人の新恋人と住むための家を建設中とのこと。

驚くべきことに、彼はリストアップしたやりたいこと100項目のうちすでに93項目を達成しているという。
なんという行動力だろうか。
さすがは人生をオークションにかけた男である。

彼のもとには、「これまでの人生を映画化したい」とハリウッドからの打診もあったそうで、今後彼はますます話題を呼ぶことになるのかもしれない。
過去の人生を売って新しい人生を手に入れた男の生き方に世界中から注目が集まっている。



美容師という人生

2012-03-30 01:00:00 | 生活、人生、ペット


六本木にある有名な美容学校の理事長である山中さんにお聞きした。
音楽の専門学校などは少子化の影響もあって生徒が集まりにくいようだが、美容学校はいかがですかと。

意外な答えが返ってきた。
山中さんによると、不況の世の中、美容師養成学校の需要は高まっているのだそうだ。
住宅地にも林立している美容室。
しかし人手不足らしい。

従って美容師の免許を持っていれば仕事に困ることはない。
日本中どこに行っても翌日から働き口があるほどとか。

それっていいねえ。
よく海外で西洋人の若い夫婦が長旅をしているのを見かける。
話を聞くと仕事を辞めて数カ月間旅に出たとか。
専門職なのだろうか、旅が終わればまた仕事が見つかるのだろう。

私がやっていた商社の営業職とか石油トレーダーはそうはいかない。
所謂「つぶし」がきかない。
キャリアの中断は余程の覚悟がいる。

そこへ行くと美容師や料理人、医者、看護師や弁護士などの専門職は食うに困ることは無さそうだ。
仕事を一旦やめて充電し見聞を広めたり、学校に入って再教育を受けるチャンスもある。

終身雇用で段々給料の上がる日本のサラリーマンは対極。
組織の中でしか通用しない人間が育つ。
その頂点が経団連会長か(笑)。

美容師の場合2年間の養成期間だが、そう簡単ではないのが国家試験。
電気製品を使ったり薬品も取り扱うので物理、化学も勉強せねばならない。

美容学校に入ってくる生徒は殆どが勉強嫌い。
「聞いてないよ」と愕然とする。

しかし目的が与えられれば人間奮起するものらしい。
学校による徹底的な個人サポートもあって国家試験合格率は98%だと。
高校の先生が「あいつがか」と絶句するらしい。

なんやかんやで2年間で300万円の教育費だが必ず回収できるそうだ。

そこへ行くと音楽の専門学校は実用性ほぼゼロ。
ミュージシャン養成科、音楽療法科とか出てもミュージシャンになれるわけではないし、
音楽療法士なんていう仕事が本当に存在するのか怪しいものだ。
こっちは逆に不況に弱い専門学校だ。

山中さんの話で興味深かったのが生徒の資質。
勘が良くてどんどん吸収する子、不器用で上達の遅い子。
器用な方が良さそうなのもだが、そういう子は多才なのか途中で飽きてしまい他のことに挑戦したりする。

一方不器用さんは他にできそうなことも無いのでコツコツと少しづつ積み上げていく。
その内経営を覚えたりで、成功するのは不器用タイプが多いらしい。
対極が器用貧乏と言われる、ちょっと才能のある人たちなのかな。

野村監督も言っていた。
「器用は弱い、不器用は強い」。
月並みだが継続は力ということか。

しかし周りに器用な人間がワンサカいる中で続けるのは辛いだろう。
不器用でも続けるのは大した才能だ。

音楽を齧ってみるとよくわかるが、どんなに素晴らしいプレイヤーでも現時点は通過点。
いつも上を目指している。
そうでない人もたくさんいるが、みるみる腐ってくる。

どうも人間、そういうものらしい。
組織に埋没するとわからなくなる事だ。
今は、そういう人たちがハバを利かせているのかもしれないな。


なるほど不平等だ(ウォール街の次は男子トイレを占拠)

2012-03-26 01:00:00 | 生活、人生、ペット
太郎 男女 トイレvir



「男子トイレを占拠せよ」運動 中国で女性大生が開始

中国南部で北京の女子大生が「男子トイレを占拠せよ」運動を開始。
女子トイレと男子トイレの待ち時間の不公平さに抗議だ。

男性のトイレ使用時間は平均30秒で、女性は平均90秒だという。
トイレが同数なら女性の待ち時間は3倍になる。
確かに劇場の幕間やインターチェンジのトイレでは女性のみが長蛇の列ということがよくある。

その不公平を解消する運動はpot parityというらしくwikipedia にも載っている。
香港や台湾では既にその動きがあり、男女んのトイレ数は1:1.5だとか。

女子トイレの増設、ユニセックス化くらいは必要だよね。
日本ではどうなのだろう。



デモといえば、中国ではこんな環境保護のデモもあるとか。
大勢の報道陣を引き連れて、効果はテキメンですな。

ポリオ撲滅に向けて、ジュリーのRunning on emptyを和訳してみました

2011-10-25 01:00:00 | 生活、人生、ペット
ジュリー(南ア在住)は快活で聡明で美しいな英国女性だ。
30年前にシンガポールで出会った。
同じ年ということもありすぐ意気投合して現在でも夫婦で連絡を取り合っている。

その彼女が自らの苦悩と不安を切々と訴え、ポリオ撲滅を呼びかけている。
今まで明るく頑張ってきたけれど歳を取るとポリオの重みが倍加するようです(Post Polio Syndromeと言うらしい)。

拙い翻訳だが意味は伝わると思います。
下のリンクに原文が有ります。

右側の"Sign the petition"のところに名前メルアドと国名、郵便番号を書き込み
"Join the call"をクリックして頂ければ幸いです。

28日にオーストラリアで行われる英連邦首脳会議でのポリオ撲滅キャンペーンで使われるとか。

THE END OF POLIO
RUNNING ON EMPTY
JULIE DEVERVILLE



空っぽになるまで走り続けて
ジュリー・デファービル

<幼くしてポリオに感染>

私は1951年、わずか生後7ヶ月でポリオに罹った。
シンガポールでのことだ。
兄と同じ日に。
恐らく直前に子供用の普通のワクチンを接種に来た医師の不注意による感染だろう。

右腕が完全に麻痺、左脚はかなり弱くなりちょっと短い。
少しでも使えるように何度も手術を受けた。
成長するにつれ障害に慣れ、素晴らしい両親の励ましの元、手の代わりに足や歯を使ったりして何でも普通にできるよう努力した。



(1952年、2歳のときの私。父の創作の歩行器で。3歳まで自分で歩けなかった)

障害のある手足。曲がった脊椎、健康な方の手足、それでも痛みとは無縁だった。
しかし50を超えた頃から変化が訪れた。
最初は単に歳のせいかと思っていたがポリオ患者の経年は厳しいのだと言う事を学んだ。

長年に亘る酷使で関節の軟骨は失われ骨と骨が擦りあう苦痛は避けようもない。
健全な方の手足は悲鳴を上げ、もうダメだと言っている。
身体全体が機能しなくなってきている。

これはPPSーポスト・ポリオ症候群と言われている。
私の場合、PPSの症状として更に血行が悪く寒さに極端に弱い。
なんでも無い日常の生活で疲れを感じ、更に悲しいことには脳に茶色の点が出てきた。
これによって知力、集中力、記憶力が徐々に失われつつある。

重篤な障害がありながら今まで人生をハッピーな態度で空っぽになるまで(空っぽのタンクで)駆けてきた。
無言の決意と頑張りがそれを支えてきた。

今、これまで懸命に努力して達成しようとしてきたものが悲しいことに失われようとしている。
この新しい問題と戦う為に苦闘している。
ペイン・マネージメントもその一つだ。

しかし自分でも驚きかつがっかりするのだが戦う勇気が失せてきたようだ。
私の年取った身体と心の将来は明るくない。
ポリオは寿命を縮めるわけでは無い。

まだまだ先は長いがそれは苦痛と他人への依存の人生だ。
優しく献身的で特別な夫。
できることなら彼をこれから来ることから解放してあげたいのだが。

自立しようと決心し頑張ってきた人生にとって日に日に無力になることは何とも辛い。

<ポリオ撲滅への私のサポート>
人は何の落ち度がなくても癌や関節炎に罹る。
しかし1954年以降、ポリオに関してはワクチンがこれを防げるようになった。
子供たちをポリオから守るのは先進国に生きる親の義務と言っていい。

世の中にはワクチンを接種させたがらない親もいる。
健全な体さえあれば挑戦できることは山ほどある。
何故「空っぽのタンク」で生きるリスクを負う必要があるのか。

子供を守らないとこんなことになりますよ、と身を以て示してきたし、
それで気が変わって接種に踏み切った親もいた事に誇りを感じる。

最後に、先進国に住む者として世界の隅々からポリオによる死や様々な麻痺、悲劇をなくすために
ワクチンを行き渡らせることは義務だと感じる。

ポリオに罹るということは終身刑、それも後年になるほどキツくなる罰だ。

私と共にこのキャンペーンを後援し将来の世代をこの病気から守ってください。

Jackson Browne 1977 Running on Empty


Running on - running on empty
Running on - running blind
Running on - running into the sun
But I'm running behind

空っぽになるまで走り続けて、
太陽に向かって目をつぶって走り続けてきた。
でも追いつかない。

議論のルール

2011-06-08 01:00:00 | 生活、人生、ペット
フィンランドの小学生が作った「議論のルール」

1. 他人の発言をさえぎらない
2. 話すときは、だらだらとしゃべらない
3. 話すときに、怒ったり泣いたりしない
4. わからないことがあったら、すぐに質問する
5. 話を聞くときは、話している人の目を見る
6. 話を聞くときは、他のことをしない
7. 最後まで、きちんと話を聞く
8. 議論が台無しになるようなことを言わない
9. どのような意見であっても、間違いと決めつけない
10. 議論が終わったら、議論の内容の話はしない

すんませんでした。


(余談)
フィンランド語は面白い。
「酔っ払い」の発音=ヨッパラリ。
「通行証」=クルクルパー。
「豚」=シカ。
「オオカミ」=スシ。
「うさぎ」=カニ。 
ちなみに「こんにちは」はモイ!で、「さようなら」はモイモイ!
(2KA9という人のツイート)

ホント?

あ、そう言えばフィンランド語で女性のことを「ナイネン」て言うんだよね。
えっ?

淡路にて

2011-04-06 01:00:00 | 生活、人生、ペット
ゆっくりしちゃいました。
淡路島。

前半は五歳の孫と。
東京避難の予行演習、みたいな。
自然が豊かだ。

海、山。
子供は自然の中に置くと一番ぴったりだな。
生き生きして見える。

生活も豊かだ。
海岸沿いの活魚料理屋さんは週休三日だとか。
近くの漁港で良い魚が入る日だけ営業。
故に週休四日になることも。
いい人生だなあ。

そこへ行くと東京の飲食店は大変だ。
高い家賃や人件費との戦い。
自転車のようにこぎ続けるしかない。
我々にできることは極力出歩くこと。

風評被害より悪い無計画停電被害。
ピーク時の電力消費を制限すればよかったのに。
エネルギーに関わったことのある人には常識。

ピークは夏場の甲子園決勝戦の頃。
これを秋に順延するとか。
サマータイムを導入するとか。
週休を事業者ごとに変えるとか。
つまりピークをずらす。

後は融通。
東と西でヘルツを統一したりスマートグリットを整備したり。
すぐにはできないがピーク時の25%節電ができればいい。
原発ゼロでも。
多少の不便は仕方がない。

「そんなものは」と鼻で笑われて来た太陽熱、地熱、風力だって捨てたものではない。
世界で使われている地熱技術の主流は三菱重工など日本勢だ。
スペインでは風力が20%以上。

でもそれは先の話。
今は夕方の電力使用量を若干押さえれば良かったんじゃないのか。
例えば午後5-7時のネオン点灯禁止とか。

早朝から停電したり、夜間電力を制限したり。
関係ないよね、そんなこと。
ただの精神論だ。
結果として社会にネガティブなメッセージを送った。

「不必要な自粛」と大前研一が呼んだ現象があちこちで見られた。
交通機関の運行量削減。
動きが制限された。
コンサートなど公演中止。
活気が失われた。

電力会社という救い難いお役所体質。
失敗を避けることだけが使命の減点主義。
保身で余裕を見すぎたのだと思う。

そして原子力が無いと日本経済は立ち行かないというシナリオ作りだ。
原子力デマ。
東電の原発が全て止まったときも停電なんか無かったのに。
無計画停電は原発事故の二次災害だ。

原子力推進勢力は強力だ。
見せしめに東電バッシングが始まるのだろうか。
トップをスケープゴートで刑務所にでも入れる?

しかし原発全廃と言う方向には行きそうもない。
放射能汚染の際限なき広がりしか方向転換の契機にならないということは悲しい事実だ。

今回の事故で初めて原発の問題点を実感した。
「原発推進運動としての地球温暖化デマ」は批判してきたが原発自身について、
深く考えたことはない。
今は原発廃止でいいんじゃないかとも感じるが今後のテーマだ。

さて東電の無計画停電で関東の景気は冷え込んだ。
客足の途絶える繁華街や観光地。
廃業に終われる追い込まれる飲食店や旅館も少なくないはずだ。
今すぐピーク時の電力消費抑制に方向転換すべし。

しかし淡路にいると震災も福島原発も遠い話のようだ。
はっちゃんと交替で7時間車輪を転がして東京に着くと、
いきなり軽い地震の洗礼。

うん、帰ってきたのだ。
放射能汚染のニュースもこっちでは多少緊迫感が増す。
皮膚感覚だ。

しかし田舎もいいが都会が国鉄フラーヤーズの住むところ。
所詮都会人だな。

淡路に移り住んだトイちゃんの話だと土地の人はいい人が多い。
そんな彼らと偶々泊まり掛けで出かけることになった。
長い時間一緒にいると、まるで話が合わずとても疲れたと。

そりゃあそうだ。
神戸のお洒落で裕福な家庭に育ちゴルフはトップ・アマの腕前。
自動車レーサーで神戸、六本木、赤坂でジャズバー経営40年。
島から出たことのない人とは無理っしょ(笑)。

自分でも海外生活とかしてみると随分考え方が変わっていくのが分かる。
良く言えば枠が取れてより自由人になる気がする。
一方で私の嫌いな「グローバル化」だ。
今の国際人(所謂)は欧米標準と言ってもいい。

日本文化を強く意識するようにはなったが。
日本と欧米のいいとこどりだな。
自然、同じような体験をした人達と過ごす時が心地いい。

今は海外に全く縁の無い人は少ないだろうが、マルドメ(丸っきりドメスティック)な
人は疲れる。
向こうも同じだろう。
人間は環境と世代の産物かも知れない。












続サイパン(「日本領サイパンの一万日」)

2011-02-14 01:00:00 | 生活、人生、ペット


野村進著
「日本領サイパンの一万日」


日本の南、フィリピンの東に点在するマリアナ諸島。

この熱帯の楽園に文明(?)の嵐が押し寄せるのが16世紀。
おっと、スペインだ。
16世紀にマゼランが上陸。
すぐさま領有権を宣言。
武力とイエズス会の宗教パワーで島民は弾圧され多くが虐殺された。
中南米で起きた数々の悲劇と同じパターンだ。
うん、発見された相手が悪かった。

原住民のマジョリティであるチャモロはスペインと混血した。
結果、フィリピンみたいな感じか。
しかし今回滞在中話しかけた相手は全てがフィリピンからの出稼ぎ労働者だったなあ。
結局チャモロも、もう一つの種族カナカとも話すチャンスが無かった。

日本統治時代にも原住民4000人弱ということで、スペインに発見された後は
常に外国人が主役だね
さて「日本領サイパンの一万日」に沿ってサイパンと日本人の事を紹介しようか。

トラファルガーで無敵艦隊が破れ(この艦隊が無敵だったのは戦う前だけ、
とどこかで聞いたな)、国力が衰えると島は底値でドイツに売り渡された。
買ったものの流刑地ぐらいにしか使わなかったドイツ。
再犯島か(南国なのに寒いギャグだ)。

そして第一次世界大戦でドイツが敗れる。
日英同盟を結んでいたため殆ど犠牲なしで世界五大戦勝国の仲間入りを
したのが日本。
棚ぼた式にサイパンを占領した。
グアムは米西戦争の戦果品でアメリカ領だったので日米の最前線。

日本は清国、露西亜、アメリカと戦争をすることになったが、この三国は明治維新以来の
仮想敵国だ。
強力な三つのパワーに囲まれる、というのが地政学的な日本の宿命だ。
この宿命の中で辺境国(養老先生風に言えば)としてうまく立ち回れるか、
というのが日本外交の全てではないかと思うが、日本はその答えを
まだ出せていないのかもしれない。

ロシアという帝国主義国家を幸運にも破った日本は力を失った旧宗主国中国の
分捕りに走った。
西欧列強の頚木からアジアを開放するという綺麗事が通用したのはごく例外で
要はロシアの代わりに帝国主義を推し進めた。
オリジナルのアイディアは余りない日本。
理念で出来上がったアメリカなどとは対極にある。

秀吉の朝鮮征伐も繰り返された中華を巡る覇権争いと同じパターンだ。
秀吉日本は元王朝のモンゴルや清の満族のように中原に鹿を逐ったが
叶わなかったということだろう。
善悪でなく、そういうことだ。

一方世界は殺人兵器の飛躍的な進歩でそれまでの戦争と桁違いの多くの死傷者がでた。
第一次大戦のヨーロッパのこと。
帝国主義の分捕り合戦に代わる世界秩序が模索された。
その時に参入した後発帝国主義日本。
今考えるとKYだったんだなあ。
後知恵だ、仕方ない。

さて火事場泥棒的に領有したサイパンは彩汎と呼ばれることになった。
戦後の1920年には国際連盟の委任統治領となり、同島には南洋庁サイパン支庁が置かれ、
サイパン島は内地から南洋への玄関口として栄え朝鮮人を含め3万人が定住した。

一万日にわたる日本統治の始まりだ。

この30年間を地道に聞き取りをして一冊に纏めたのが本書。
山形県出身の食いっぱぐれだが山っけもガッツもあり当地で成功者となる男。
同じく山形県出身の実直な農民。
数々の不運を乗り越え一家がそこそこの暮らしができるようになる。
日本の貧農よりは大分マシだった。

結論から言ってしまえば二人とその家族は敗戦で全てを失う。
一人は命まで。
もう一人は生き延びるが、自分が呼び寄せた同郷人の家族に謝罪してまわるという
余生を送ることになる。

食えなかったんだね、わずか90年前の日本。
全ての問題は人口過多。
狭い国土に増え続ける人口を養うだけの資源がなかった。
少子化による人口先細りが最大の問題とも言われる現代からは想像するのも難しい。

今、革命進行中のエジプト。
イスラエルが必死に支えてきたがムバラクは逃げ出した。
フィリピンでオトコと一緒らしい(違うか)。

あの国は平均年齢24歳で今後30年で人口が30%増える予想とか。
失業、食糧不足。
人口過多にアメリカ発の不況、食料品高騰が原因だ。
日本は食料自給率がどうとか言うが、オカネがあれば不足はしないな。

メディアはフェースブックがどうとかばかりだが、枝葉末節だ。
問題山積の非産油途上国。
一方この頃の日本にはまだ周りにフロンティアがあった。

この辺が生活史から垣間見られる実感としての歴史観だ。
説得力抜群と言っていい。

本書のエピソードにあるがサイパンで製糖事業を展開した国策の殖産会社は
国土と資源不足を解消するためにオランダからニューギニアの半分を買い取ることさえ
計画した。
それが日本の置かれた状況だったわけだ。

山形を始めとする貧しい東北の農民がこの島の主役だ。
不思議な(しかし興味深い)ことにこの人達が成功をおさめる時彼らをトップとする
ヒエラルキーが形成される。
彼らの下層階級は「沖縄出身者」、その下が「朝鮮人」だ。
労賃とかではっきり差別があったようだ。
その下が現地人だがその中でもスペインと混血したチャモロはより土人っぽい
カナカより良い待遇を受けた。

悲しい人間の性だ。
しかし現実の効率性もあるのかも知れない。
今の観光業を見る限り産業の担い手はフィリッピンの出稼ぎ労働者のようだ。
現地人採用枠もあるらしいが「あいつら怠け者で」というのがフィリピン人の言い草だ。
そうなのだろう。

沖縄に関しては戦争、基地など日本の犠牲者という面が強調される。
その通りだろう。
一方、今でも高校大学、進学率、学力が全国最低。
逆に失業率、所得、給食費・年金・介護保険料・NH受信料K未納、飲酒事故、風俗営業数、
DV、離婚率、出生率、肥満率が全国で最高とか。
音楽とかゴルフや野球などスポーツでは豊かな才能を持つ。
本土とは明らかに違う文化だ。
違うということは日本では差別の対象だが仕事の効率も南洋的だったのだろうか。

さて戦前の苦闘と戦中の悲劇がこの本の前後半を構成しているが移住者の戦後という
重いテーマも扱われている。
ブラジル移民の間で敗戦を受け入れた「負け組」と心情的に受け入れられない
「勝ち組」の対立は知られているが、マリアナ諸島でも同じことが有ったらしい。

徹底抗戦を続ける狂信的軍人に感化された「勝ち組」の人達。
神国日本の敗戦を信じたくない。
頑迷と言ってしまえばそれまでだ。

しかし最後の一人まで戦うと言っていたものがすぐ勝者に迎合する。
この変り身の速さは日本人の遺伝子上にある特質かも知れない。
昨日まで熱い気持ちで感謝していた軍人や神と仰いだ天皇を手のひらを返すように
悪く言う豹変ぶりに違和感を覚える人たちの心情も理解不能ではない。
仮想敵国アメリカに隷属する層に憤りを感じる気持ちも今と同じだ。
俺か(笑)。
うん、憤ってはいないが残念とは思う。

かくして情報から隔離されたサイパンやテニアンで勝ち組による負け組襲撃が起き、
日本人同士で血みどろの戦争が続きいた。
やりきれない悲劇だ。

そして軍人の殆ど、民間人の半分を失った移住者たちが帰還して見た日本は。

浦賀にも戦争の傷跡は残っていたが、道行く女は美しく化粧をし、パラソルを差し、
男も子供もきちんとした身なりでトラックに詰め込まれた引き揚げ者たちを
異人でも見るように見上げる。
沿道の人家も焼かれた様子もない。

故郷で食いっぱぐれ日本から見捨てられた人達の話。
読みごたえ有り。
読みたい人。上げます。


サイパンに行ってきた

2011-02-10 01:00:00 | 生活、人生、ペット



サイパンに初めて行った。

マリアナというゴルフ・リゾートで3-4日過ごしただけだ。
ゴルフ場の他はレストラン一つで海とスパしかない。
シンプルなリゾートで結構気に入った。

繁華街のガラパン地区のハイヤットはなかなか良さそうだが嫌な街だ。
元々日本人街があったところだが米軍の艦砲射撃で跡形もない。
後にできたのが薄っぺらい繁華街だ。
進歩の逆だな。

通りに出て1分も経たないうちに、マッサージやら、カラオケやら
居酒屋の呼び込みで心底うんざりする。
今後もガラパン地区に滞在することはないだろうな。

東京のように食事の旨い所に住むという幸運に浴していると訪問先での
外食満足度が低くなる。
贅沢な悩みですな。
一回だけそのガラパン地区で「日本人シェフによる創作料理の店」に入った。
思い出したくもない(笑)。

サイパンは全体的に自然の残った素朴で平和な島という印象だ。
しかしここが日本の対アメリカ防衛の最終ラインとなり多くの軍人・民間人が
日本へ帰れなかった。
元々すぐ近くのグアムは米西戦争の戦果で合衆国領土だったからまさに日米帝国主義の境目だ。
(フィリッピンやプエルトリコも米西戦争の戦果。)

東条陸相の持ち出した「生きて虜囚(りょしゅう)の辱(はずかしめ)を受けず」
という戦陣訓の一節がマインド・コントロールとなったのか、多くの民間人が
無駄な死を迎えた。
降伏すれば男は直ちに殺され女は乱暴の上殺される、というデマも悲劇に貢献した。

そういうことも実際あったのだと思うが、多くの日本人民間人が捕虜になった。
そして限定的であっても人間的な待遇を受け、初めてマインド・コントロールが解けた。
戦争という集団ヒステリーの恐ろしいところだ。

サイパンにいた軍人、民間人は戦陣訓のもと日本国の捨て石になった。
軍人も気の毒だが巻き添えを喰らった民間人は犬死にだ。

しかし実際にマリアナ諸島が陥落すると後は坂道を転がるように敗戦の道を辿る帝国日本。
東京の下町を焼き尽くしたあの大空襲の爆撃機はサイパンの日本の滑走路を
飛び立った。
広島に新型爆弾を落としたエノラ・ゲイは隣りのテニアンを飛び立って目的地へと
向かった。

大本営としては一日でもマリアナ諸島陥落を遅らせたかった所以だ。

このサイパンという島、敗戦まで30年に亘り日本の統治下に有った。
この島のことは何一つ知らなかったが、携行した一冊の本がとても興味ある
ものだった。
現地では殆ど島民との接触もなく(観光業を担っているのはフィリピンからの
出稼ぎ労働者のようだった)サイパンに関する知識はこの本一冊だ。

しかしアマゾンは便利だなあ。
サイパンの本を何か、と思ったのが旅行前日の朝。
早速アマゾンのホームページを開き、何冊かの本から「日本領サイパン島の一万日」
( 野村 進著)を選びワンクリック注文で夕方には入手出来た。

既存の本屋さんは大変だろう。
その後で下北沢の三省堂も覗いたが目当ての本はどこにあるのか。
あるいは無いのか、店員さんも余り見当たらず結局諦めた。
検索機能と物量では圧倒的にネットに軍配が上がる。
暇つぶしに書店に立ち寄り、よさそうな本を物色する楽しみは別だ。
皮膚感覚みたいなものもあり、ネット注文の本が実際届くと何となく
がっかりするということもある。

しかし本屋に行く機会も段々減ってきた。
そういえばあのボーダーズも更生法とか。

さて「日本領サイパン島の一万日」。
読み応えの有る本だった。
この本のことは明日にでも書きます。

年金受給年齢が引き上げられるかも、団塊諸君、と言うより若者!

2011-01-17 01:00:00 | 生活、人生、ペット
結局、単純な算数だ。
団塊が若い頃は給料が低くても、将来の社内での地位と昇給がニンジンだった。
しかし約束は果たされない。
ポストは人数分ないし、給料の原資もない。

年金も同じことだ。
チキリンさんが指摘していたこの広告。




つい先日、各全国紙に掲載された。
厚生労働省下の「独立法人 雇用・能力開発機構」の参加無料のセミナー。
費用の出所は全て税金だ。

言いたいことは明らか。
受給年齢引き上げキャンペーンだ。
年金が破綻すると言う人は甘い、この方式で年金は絶対破綻しないと言う
チキリンさんに座布団一枚(笑)!

しかし被害者は団塊?
そうでもないかも。

この図を見れば一目瞭然。


年代ごとの投票率だ。

団塊世代の投票率は70%以上、これに対して35歳以下は50%以下。
率だけでなく、数も多い団塊。
政治家がどこを向くかは説明の必要もない。

この広告も新聞。
若者は見ていない。
受給年齢引き上げはもうちょっと先かも知れない。
(チキリン説では2020年、下のブログご参考)

食い逃げ世代はしたたかだ。
かくして、世代間不公平は拡大する。
選挙位行ったほうがいいよ。



<チキリンさんのブログ記事
2011-01-14
未来告知が始まったのでお知らせします>




ペット飼育税導入? えっ、最近の犬は散歩が嫌いなのか!?

2010-11-27 01:00:00 | 生活、人生、ペット
民主党政権はペット登録制を導入、飼育税を徴収するとか。
年間10万の動物が殺処分されている日本。
これを無くすというなら賛成するけど。
まあ、取れる所から税金を取ろうということかな。

ところで下の画像、何なんだ。
2年前まで家にいたジュニアは、散歩と知ると狂喜したものだったが。
犬が変わった??

単なる「勘違いオンナ」だろうな。




ドッグ・スリング



ペット用カート



ペット専用自転車

(アサヒ・コムから)

車いすでバック・フリップ

2010-10-29 01:00:00 | 生活、人生、ペット
WheelChair Back Flip


どこで読んだが、「五体不満足」の乙武洋匡さんの事を思い出した。

インタビューで何が困るかと聞かれて、
「彼女とラブホに行くときの階段の段差」

と答えたとか。

ちょと、ギョッとするようなコメントです。

えっ、と顔をしかめる人もいるのではないか。
「図に乗るな!」とか言う人もいるかも。

端的でショッキングな言葉で、身障者も普通の人と同じお楽しみがあってもいいじゃないかと。

人間として生まれたからには、人の世話にならざるを得ないとしても、また生活保護を受けたとしても、
人間らしいちょっとエクストラを求めたっていい。

そんなことに気付かせてくれた。

勇気ある人だ。