悪魔の囁き

少年時代の友達と楽しかった遊び。青春時代の苦い思い出。社会人になっての挫折。現代のどん底からはいあがる波乱万丈物語です。

若葉と青葉と紅葉と

2016-10-10 09:36:12 | 日記
第一話【小さな目】


カッパどもは、真夏の太陽の下で真っ黒に日焼けしていた。
また、平均身長は160cm、体がガリガリに痩せていて、あばら骨が浮き出ていた。
頬ボデが飛び出して学校の理科室に飾ってある骸骨の見本のようだった。
こんなガキが、いきなり水中からぎょろりとした目に削げ落ちた頬をした顔を出した。
そして、五厘刈の頭の天辺が太陽の光で丸く白い皿の様に見た時は、カッパと見間違えても不思議では無いなと思った。
船長達に気付かれない様に水中に潜り、突然顔を出して手薄の真ん中の船縁から乗り込んで来た。
此れを見た船長も頭に血が昇り、本気で怒りだし運転席から船縁に移り10メートルもありそうな長竹棹を持って追い払いに来た。
『コラァ!ガキども!!いい加減にしろ!!!』と竹竿を左右に振った。
そして、しなりを加えて風を切り竹竿がカッパたちの頭に飛んできた。
しかし、カッパ達は素早く竹棹を交わした。
『ザマァミロー』とケラケラ笑いながら川の中に飛び込んで消えていった。
『 カッ~』と成り、頭に血が昇った方が負けだった。
『此のガキ供!乗るなと言うのが解らないのか』と赤鬼の様な形相で竹竿振り回して狭い船縁を駆けて来た。
そして、空振りで勢い余った船長は水に濡れた船縁に足を滑らせた。
そして、川の中に竿を投げ出して仰向けに落ちてしまった。
左右の前方でガキどもを追い払っていた二人の若い乗組員は慌てて助けていた。
『あっ!大変だ!!』
『おい!助けろ!!』
『おやじさん!竿に掴まって』
『あぶねぇ、ところだった』
『あの!ガキども目、ロクなことしねぇ』
『覚えていやがれぇ』と捨て台詞を吐いた。
ランニングシャツにベージュの半ズボンはずぶ濡れになった。
そして、戦いの前半第一ラウンドはカッパ達の勝利だった。 

夏休みも夏真っ盛りに成り、お盆休みに入った。
一週間で盆が明けた。
いつもの通り、橋から飛び込み、向かい岸に泳ぎ渡り遊んでいた。
すると、遠くに見える畠山を抜けて、新堀川を切り裂き白い波と泡を吹き上げて進んできた。
『きたきたきた!砂船が来たぞぅ!?』とカッパたちが騒ぎ出した。
そして、これから起きる戦いを楽しみに、私たち低学年は護岸に上り見物に入った。
カッパ達は、左右の護岸で待機して近づいてくるのを、手ぐすねを引いて待っていた。
しかし、優雅な船べりの低い波乗り船ではなく、見たことない型の砂船が速いスピードで近づいて来た。
今まで川を下って来る砂船は平たい洋皿型だった。
しかし、お盆が終わり頃から砂船は、ドンブリ型の底深の船縁の高い船に変わっていた。
そして、新型の大型船だったが積んでいる砂の量は同じだった。
スピードも速くエンジンが大きく太いマフラーから排気ガスを吹き出していた。
今までは『ポンポンポン』と乾いた軽い音だった。
しかし『ボボボボドンドンドン』と重く沈むような大音響で、新堀川の水を力強くかき分けて来た。
そして、見た目で分かる、両側の堤防まで高く届く大波を起こして進んで来た。
しかし、カッパ達はいつのもように砂船に向かって飛び込んだ。
そして、砂船の真ん中から乗り込もうとした。

私達低学年には、此の新型船に乗り込むとカッパ達は英雄に成れた。
今まで、私など低学年にガキ大将として尊敬されていた。
憧れの的に成るのでカッパ達も頑張って乗り込もうと何度も挑戦した。
しかし、スピードと船底から船縁の高さに加えて、波の荒さに煽られて弾かれてしまった。
そして、殆どのカッパは惨敗してしまった。
それでも、中学三年生クラスに成ると腕の力と足の屈伸を利用して、二人三人は乗り込む事が出来た。
そして、私たちに手を振った。
『おぉ~!!どぅだぁ~!!!』
『わぁい~わぁい~わぁい~』
『☆パチパチ☆パチパチ☆パチパチ』
しかし、大勢で乗り込んでいた時と違い、船長達に三方から攻められてすぐ追い払われてしまった。
根性のあるカッパは、船の先端から手かけて乗り上がろうとしたが、引きずられて後方までぶら下がっていた。
『ダメだ!船が大きすぎる』
『失敗するとスクリユーに巻き込まれるな』
それからは、砂船に引かれているベカ舟につかまり引かれて行った。
そして、船長たちの隙を見て乗り込んでいた。
しかし、竹棹が長く、今までとは違い小舟に一塊で乗っていたので、ボーリングのピンを倒すように一払いされて簡単に追い払われていた。
其れからも、砂運搬船の船長とカッパ達の攻防戦は続いた。
そして、人と竿で防御ガードを固めた新型の砂船で戦いを挑んだ船長の大勝利だった。
そして、カッパ達は蹴散らされて決着が着いた。
戦いの後半第二ラウンドは勝利を背中になびかせて船長は悠々と新堀川を右に曲がって新中川に入り東京湾に向かって下って行った。
そして、新堀川を住家として暴れ回っていたカッパ達の一夏の夢は終わった。

月日は流、ある日突然カッパとの戦いに勝利した砂船は幽霊船となった。
そして、この新堀川から消えてしまい二度と雄姿を見せる事はなかった。

高度成長期と共に流通網が川から陸に変わりつつあった。
そして、砂船に取って代わったボンネットタイプのダンプカーが砂を満載にして運んでいた。
今まで嗅いだ事ない悪臭の混じった黒鉛と排気ガスを撒き散らしていた。
私は、排気ガスの匂いが好きで、都バスがマフラーから吐き出すガスの黒鉛の中に入り匂いを嗅いでいた。
バスが客を乗せるために停車して、エンジンを噴かして発車した時に黒鉛が吹き上がると道路に飛び出して黒鉛の中に入り匂いを嗅いでいた。
しかし、目は痛かった。
そして、むず痒くなりこすると目玉が真っ赤になった。
『いい匂いだなぁ』
『次に来るバスは何時だ』とバス亭の時刻表を見た。
そして、10tのダンプカーがすれ違うのがやっとの腐りかけた材木で出来た幅の狭い旧葛西橋を、時間に追われるように往復していた。
また、歩行者の安全を無視して板の繫なぎ目をギシギシガタガタと揺らせて、忙しく走りまくっていた。
『ブゥ~・ブゥ~・ブゥッブゥッブゥッ』と激しくクラックションを鳴らした。
そして、鼻歌を歌っていた。
『♦♫♦・*:..。♦♫♦*゚¨゚゚・*:..。♦』
『美代子。危ないから端に寄りな』と母親が注意した。
『煙いねぇ』
『悪臭だよ』
『マスクをしないとダメだね』とおばぁ~さんが言った。
『我が物顔で走っているよ』
『癪に障るねぇ』
『もっとスピード落とせばいいのにねぇ』
『刺青入れているからヤクザだね』
『小夜子。動くと引っ掛けられるから、欄干に捕まって止まっていな』
『うん』
此れが、都心の公害汚染の幕開けだった。
そして、砂船で運ぶ事は無くなり、満潮で止まった川を優雅に時間が流れていた時代は終った。
つづく