悪魔の囁き

少年時代の友達と楽しかった遊び。青春時代の苦い思い出。社会人になっての挫折。現代のどん底からはいあがる波乱万丈物語です。

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小金持銅銭のメインレース競馬予想

2018-07-28 09:45:15 | ギャンブル
土曜日予想
「初日の土曜日は大きいレースがありませんね」
「そうなんだよね」
「どこから入りますか」
「まぁ、ここはコメント抜きで予想するよ」
「暑さで考えるのが面倒くさくなりましたか」
「そんなところだね」
「台風が来て涼しくなりましたけど」
「梅雨が短かったから疲れが早く来たみたいだよ」
「8月まで頑張ってください」
土曜日 札幌 11レース TVh賞
馬単 ボックス
5 8 9 11 12 13
馬連
2 ⇒ 5 6 7 8 9 11 12 13  14
12 ⇒ 5 6 7 8 9 11 13  14
13 ⇒ 5 6 7 8 9 11 14

小倉 10レース 由布院特別
馬単 ボックス
1 4 8 10 11 12
馬連
1 ⇒ 3 4 6 8 10 11 12
4 ⇒ 3 6 8 10 11 12
8 ⇒ 3 6 10 11 12

11レース 薩摩ステークス
馬単 ボックス
2 4 7 8 9
馬連
2 ⇒ 1 3 4 5 6 8 9
4 ⇒ 1 3 5 6 8 9
8 ⇒ 1 3 5 6 9

3連複 ボックス
3 固定 ⇒ 2 4 7 8 9

新潟 10レース 月岡温泉特別
馬単 ボックス
1 4 5 11 14
馬連
4 ⇒ 1 2 3 5 6 7 10 11 13 14
5 ⇒ 1 2 3 5 6 7 10 11 13 14
11 ⇒ 1 2 3 5 6 7 10 13 14

11レース 佐渡ステークス
馬単 ボックス
1 3 4 6 9
馬連
4 ⇒ 1 3 6 7 9 10 
9 ⇒ 1 3 6 7 10 

3連複 ボックス
7 固定 ⇒ 1 3 4 6 9  
コメント

 第三部【悪魔の囁き】 第四話【三途の川】

2018-07-24 10:18:29 | 日記
仕事にしても風向きが変わり始めた。
会社には月一度営業活動の精算と販売会議に行った。
5月の連休前日、月末一回の会議が午後4時に終った。
「社長。俺の地区も売り上げも良いし、近いうちに結婚する積もりなので給料を上げて下さい」とお願いした。
「それはおめでとう。給料を上げる事は出来ないから、退職して他の会社を探して出て行ってくれ」と思いもしない答えが帰って来た。
“ムッかぁ~”
「今度から会議の時は、経営状態を説明してくださいよ」
「そんな事、する必要はない」と即、却下された。
「しかし、商売敵も高卒からの活きのいい連中ばかりが注文取りに来ていますよ。うちは、50代の能見さんや60代の黒須さんなど年輩者を雇って、なぜ若い子を雇わないの」
と食い下がった。

能見喜三郎さん56歳などは、最初は中井の楽な得意先の後を継いで威勢が良かった。
「営業は厳しいですからね。巡回は夜9時まで訪問していますよ。それでお客の商品棚を綺麗に掃除してから並べるんでするんですよ。それでないと、売上は上がりませんよ」
と会議になると鼻息荒く、私たちの前で吹きまくっていた。
それが中井には耳障りが良かった。
「中< なんだ、この売上は。能見さんを見習えよ」と二言目には、私を攻撃した。
私が栃木の得意先だけになり東京地区を引き継いだ。
厳しい店に巡回すると、若い所長たちに相手にされず売上は落ちるばかりだった。
「前の会社が倒産して、中井社長に拾ってもらったんですよ」
と黒須洋一さん60歳は感謝していた。
「こんちは。さよなら」
神奈川地区も中井の楽な得意先だった。
が、年で体が動かず訪問すると、欠品商品だけ補充して直ぐに家に帰った。
毎月の売上は今までの実績の半分以下に落ちた。
(この、疫病神と貧乏神は、次回、詳しく書く積もりだ)
「毎月払う給料が安くて済むからだ」と吐き捨てて言った。
「商売敵は若い連中ばかりが巡回して来て、此方の餌箱を引っ掻き回し荒らしているのに、オヤジが行っても話が合わないからジリ貧に成り、売上が今までの半分以下になっているじゃないいか」と現場の現実を聞かせた。
「それでいいのだ――」と開き直った。
「其れで良い訳ねぇだろ<。会社が倒産したらたらどうするのだ」と声を荒らげて言った。
「俺の会社だ。どうしようと俺の勝手だ」と言い返した。
「ふざけんなよ。此方だって出資しているし、会社の為に一所懸命働いて売上を伸ばして来たんだよ。てめぇに潰されてたまるかよ」と喧嘩腰で言った。
「気に入らなければ出て行けばいいだろう」と腹の中を見せた。
「そうか。其れで俺に八つ当たりしているのか。今まで他の人間には何も言わず俺ばかり目の敵にしやがって」と今までの怒りをぶちまけた。
「そんな事はして無いよ」とひるんだ。
「していたじゃねぇか。俺が一番年下だからと馬鹿にしてやがって」と畳み掛けた。
「別に目の敵にしていた分けではないさ」と弱気になった。
「其れに、いつまでもガキ扱いして俺を呼び捨てにしやがって。今度呼び捨てにしたら、中井。タダじゃ済まさねぇぞ」と殴り合いになるつもりで言った。
売り言葉に買い言葉で怒りが爆発した。
目の瞳孔が開き顔の頬が引き吊り痙攣した。
「分かった」とふてくされ言った。
「よし。辞めろと云うなら、取り敢えず、今年の12月で……
終わりと言う事でいいな――」
と念を押した。
「そうしてくれ」と静かに言った。
今年の12月末で退職と話を付けて家に帰った。
「あの野郎――」と今までの遣り取りを思い返すと、帰りの車の中で腹が煮え返って来た。

前の会社から独立して新会社を設立した時に、300万円の出資金を出した。
役員登録せれたが売上を倍増させても配当金がなかった。
ボーナスも貰えなかった。
精神的に出世しても金銭的には出世しなかった。
旗揚げの時に決められた給料で我慢をしていた。
「あんた。この会社倒産するから、早く辞めな」
と会社に行くと社長婦人のミエちゃんに顔を合わすと言われた。
「俺が辞めたら、本当に倒産するぞ」と脅かした。
「それでいいのよ。だから、早く辞めな」と本気だった。
そして――
「早く辞めろ。早く辞めろ。早く辞めろ」
と毎週私の顔見ると皺だらけになった節分顔で念仏を唱えた。
「イノブタゴリラめぇ。なめた事いいやがって」 
ミエちゃんにしてみれば……
若い頃の古傷だらけの過去を知っている、私のツラは目障りだった。
……かもしれない。
******
イースト㈱会社の都内課と地方課が合併すると、都内業務課主任をしていた中井に目を付けた。
飲み会や、海の家、ゴルフ、ボーリング、スキーなど、業務課の若手社員の行事に中井がいると参加してきた。
また、二日酔いで食欲がなく、胃が“ムカムカ”して苦しんでいた。
昼になると6階の企画室から降りてきた。
「昨日は、やりすぎたな。オェッ。あっ、気持ち悪い」と中井主は調子が悪かった。
「飲み過ぎで食欲がないんでしょ」とイノブタゴリラのミエちゃんが言った。
「頭は痛いし。胃が締め付けられるし。仕事にならないよ」と泣き言を言った。
「中井主任。食欲がないならサンドイッチでも買ってきますか」とミエちゃんが聞いた。
「そうだな。頼むよ。それと、飲み物は炭酸系のサッパリしたのがいいや」
と甘えて言った。
「中さんたちも、ついでに買って来てやるわよ」と上から目線で言った。
「お願いします」と頭を下げた。
頼みもしないのに、女房気取りでしゃしゃり出て来た。
「私も、頼もうかなぁ~」
と業務課で、仕入れの計算をしていた藤川さんが甘えようとした。
「何。あんたも、食べるの。フゥン」と機嫌が悪くなった。
「スイマセン」
「中井主任は100円です。中さんたちは300円ねぇ。あんたは、500円だよ。早く出しなぁ」と買ってくると中井主任は優しく、私たちには厳しく当っていた。

藤川陽子さんは26歳、身長は155cm、仕入れの日計を出ていた。
壇蜜に似て色白で、あれがスキそうな顔していた。
私みたいな“チヤラ”くて、脳みその軽い男が相手にするには、重たいところがあった。
髪は肩まで伸ばし、右から6:4に分け前髪を眉毛まで流していた。
眉毛は細いなだらかな富士で、一重瞼で目が細く、右の目の下に泣きボクロが有った。
鼻は高からず低からずで、日本人の標準だった。
鼻の下が長く上下の唇が赤く整い、厚目でふっくらしていた。
左の口の下にもホクロが付いていて、女臭いエロイ顔をしていた。
編み目のストッキングを履いていた。
スレンダーなキレのある体を、モンローウォークで腰を振って歩いていた。

電話取りセールスから在庫確認の依頼が来ると倉庫に商品を見に来た。
デコサイもそうだったが、出荷された商品を検品している私は、カゴの中に入っている商品を取るふりをして後ろに周り、下からミニスカートの中を覗いていた。
「紫のレースのガードルか。パンティーはピンクだな。いいなぁ~」
「中さん。コイルの在庫はこれだけですか」と振り向いた。
“ドッキン”
「そう。何個いるの」
「三個だけど」
「あそ。足りない分は、メーカーに電話して頼んでおいて」
「何個にしますか」
「棚に入る分だけでいいですよ」
「わかりました」
また、得意先の女性が商品を取りに来ると、同じ手口で下から覗いていた。
ホワイト・ブルー・ピンク・などが多かった。
パープル・レッド・ブラックは男好きのする女性が着けていた。
1週間のバイオリズムがあり、調子の悪い日もあった。
1日一人で検品していると品違いで発送した。
次の日お客から電話が来て、電話セールスは謝っていた。
頭にきた電話取りは2階に降りてきて、私に文句を言った。
「よく見て検品してよ」
「毎日検品していると、調子の悪い時もあるんだよ」
「品違いしないために、業務課で勉強したんだろ」
「だからぁ~ 1日一人でやっていると、間違えもあるんだよ」
「他に誰かいないのか」
「都内課の検品に行っているから、俺一人なんだよ」
「たく、ベテランが辞めてしまったから、地方課の検品を出来る人間がいないのか」
「そうだよ。なんなら上から誰か降りてきて検品してよ」
「そんな暇な奴いないよ」
「じや、しょうがないなぁ」
「頼むよ」
「わかったよ」
渋々4階に上がっていった。
「“ガタガタガタ”うるせぇヤローだぁ」
たまには美味しい余録がないと、点検担当など“バカバカ”しくて、やっていられなかった。
想像しただけで吐き気が出る程、気持ちの悪いイノブタゴリラのゴムの伸び切った、サルマタ・ズロースだけは・・・
見る気はなった。

藤川さんは太田課長と不倫の噂があった。
3階の食堂で飲み会を、週3回は開いていた。
次の飲み会の笑いの種にするためにドンチャン騒ぎでエロ話をしているのを、カセットテープで録音していた。
「課長。藤川さんとやってしまい、泣かれて困った――
この前、言っていたじゃない」と倉本が調子に乗り、みんなん前でバラした。
「そぉそぉそぉ、そんな事、いい、いい、いい、言わねぇよ」
と身の覚えがある為に焦りが出てしまい、どもりながら怒った。
次の日には不倫の証拠と思われるカセットテープは、課長に抜き取れていて無かった。
また、中井主任にも気があったらしく、業務課の飲み会やお花見の行事に参加していた。
それを女の勘で察知したミエちゃんは、藤川さんを目の敵にして排除にかかった。
中井主任は、仕事は出来て人望があり若手社員を統率していた。
大酒飲みで話がクドクて、部下に絡んでいた。
女性たちと飲むと見境がなくなり、失敗ばかりしていた。
そんな酒癖の悪い中井はミエちゃんの張り巡らされた網にかかり、見事に絡め取られた。
自分のした事を悩みに悩んだ末、イノブタゴリラのミエちゃんと結婚することにした。
「ドジを踏んだよ。子供がいなければ、離婚したいよ」
と本性を現したミエちゃんに、嫌気がさし後悔していた。
でも、気狂水に負けた意気地なしの戯言だった。
「ざま~ みろ――」だった。
イノブタゴリラのミエちゃんとの恋争いに負けた藤川さんは、悔し涙でその年に退職した。
******


ど田舎に引越ししてから、5年経った。
夜10時に寝て朝7時半に目が覚めると体は動くが……
“眠くて、眠くて”どうにもならなかった。
東京に帰ると決めてからは、夜中の3時には目が覚めた。
眠くはなかったので、そのまま起きて得意先周りをした。
目眩で倒れてからうつ病になり、年に1・2回は目眩で倒れていた。
それが“帰る”と決めたらストレスがなくなり、朝早く起きられるようになったのかもしれない。

中井はイースト㈱会社が倒産してから行くところがなくなった。
業務課のとき部下だった松島典明が設立したラリック㈱会社に潜り込んだ。
年が上2歳だったので社長なり、松島が専務になった。
会社が安定すると、軒下を借りた形で優良得意先東鉱油を奪い取った。
私も会社組織に馴染めない松島の自分勝手で能無しが嫌で、中井に付いて行った。
立ち上げたサンライト㈱会社を二人で売り上げを競い合っていた。
東鉱油がチェーン展開すると、優先してオープンさせてくれた。
神奈川・東京・埼玉・栃木の店舗を増やし頑張って来た。
又、俺の父ちゃんが死んだ時も、納棺を“ギリギリ”まで待ってもらい仕事を優先した。
その苦労の甲斐もなかった。
裏切られた気持ちと絶望感で頭が混乱した。
ただ、恨みと憎しみが込上げて来るだけだった。
それが頭の中をぐるぐる回り……
「悔しくて・悔しくて・悔しくて」
怒りの受け皿がなく興奮した。
家に帰り今までのやり取りを思い返すと口惜しさが倍増してきた。
夜も眠れなくなり、怒りと悔しさと絶望で自殺寸前まで発展した。 
「此の儘ではダメだ。今に見ていろよ」と暗黒の苦しみの中、思い直した。
次に日から、行動を開始した。
まず――
命から2番目に大切なお宝だった。
収納ケースが空に成るまで……
“捨てて・捨てて、捨てて、捨てて、捨てて”捨てまくった。
自分の気が済むまで悔しさを飲み込み捨て行くと、どうにか自殺をくい止める事が出来た。
平社員扱いでも資本金を出している以上は、経営方針に口出しするのは当たり前だと思っていた。
会社が倒産すると思えば社長でも怒鳴りつけて――
考え違いを正すのが自分の生活を守る、第一の権利だ。
その為に喧嘩を仕掛けたのは私の方だった。
話の流れで社長の本心が分かると売り言葉に買い言葉で頭に血が昇った。
その場の勢いで退職を約束してしまった。
仕入先や得意先などに何のコネもなく、次の職場が見つかる訳でもなかった。
其れでも、今まで私への社長の態度は我慢が出来ないほど、先が見えていた。
こうなる事は、ある程度予測していたので、少しも後悔する事はなかった。 
休日、何もする気もなく、居間のイエローカラーダブルカーテンを開いた。
日当たりの良い廊下に折りたたみベッドを敷いて横に成、ぼんやりと庭を眺めていた。
雀たちが囀り、山モミジの枝に止まって餌を探していた。
芝生に降りて来て根元の隙間を漁りながら虫を突いていた。
また、野良猫が親子で庭に寝そべり、日向ぼっこをしながらのんびりと生きているのを見ていた。
その時……
「金が無くても生きていけるんだなぁ~」
と敗北感が込み上げて来た――
が、自然界の奥深さを感傷的な悟りで開花した様な気がした。
閑散とした中で現実に引き戻された。
血が熱くなると社長への怒りは、まだまだ収まらなかった。
その為に会社への忠誠心も無くなり、信頼感も無なった。
月末の会議で顔を合わすだけで、家庭内離婚状態だった。 
得意先の東鉱油㈱会社は、関東地区の新規出店計画もほぼ完了した。
何もなかった様に淡々と営業業務をこなしながら三ヶ月が経った。 
******
全国にチェーン店を持つ東京鉱油会社が関東(東京・神奈川・栃木・埼玉)に新会社東鉱油㈱を設立する事が決まった。
同業大手他社から人材を引き抜き、現場と営業を充実させて出来上がった会社だった。
勢いよく店舗展開して行くには従来の店を買収して行くだけでは、チェーン店としては店舗数が足らなかった。
国道に空いている土地を探して、新規オープンを展開して行った。
どこの企業にも有る様に、本部が充実すると派閥が出来た。
設立当時は小売店の店づくりを知っている、片山義市部長38歳の方が優勢だった。

「お任せします」と初対面で、中井社長と片山部長とが気が合った。
新規オープンの店づくりにノウハウの有るメイン問屋として優遇されて、各地域に事業展開を図った。
4年後、店舗展開が落ち着き設備投資も一段落した。
次の年から利益を出す段階に入った。
すると、派閥争いに部長が負けて、二年の約束で関西地区に転勤(左遷)と成った。
「あんたのところからこんなに買っているのか」
「いや、たいしたことないですよ」
「部品・用品だけでこれだけ売上があれば、ボロ儲けだろう」
「同業他社と相見積が厳しくて利益など出ませんよ」
「なら、うちとの取引はやめればいいじゃない」
「そんな訳には行きませんよ」
「今度から部長だけでなく、俺も見積もりを見せてもらうかな」
「いいですよ」
「そのうちにそうしてもらうよ」
と部長派に頼り切っていた中井社長は、集金に行く度に大原祐作専務にイヤミを言われていた。
水と油で専務に嫌われていた為に、少しずつ雲行きが怪しくなった。
その時から現場で動いている、私は不吉な予感をした。 
今まで本部の連中と店で顔を合わせると笑って挨拶して、冗談を交わしていた。
利益を出す段階から店にいて田無営業所に勤務していた頃からだった。
私と中の良かった本部の三郷秀明28歳社員まで“シカト”して口も聞かなくなった。
「売れない商品は全部、サンライトに返品しろ」と江戸川営業所宮田史郎所長25歳が、今までは他の業者高部商会に言っていた忠告だったのが、私の前で厳しく言っていた。
「何か、在ったな」と気持ちの悪い胸騒ぎを感じた。
また、地元の商売敵も元売りの看板を背負った問屋や、自社PB(プライベート)ブランドを持っているタカベ商会などの、勢いが付いて来た。
友輪㈱会社(元売り系)・本郷商事(部品大手会社)・タカベ商会(SS最大手卸会社)・三社一体で手を組み、連携して攻勢を仕掛けて来た。
その為にNB(ナショナル)ブランドを担いでいる弊社には、商品見積もりが高くて値段が合わずに勝ち続けるには厳しくなった。 
今まで辛い思いをして奪い取った餌箱を、取り返されて追い落とされるのも悔しかった。
三社の商品見積もりに対抗出来る仕入先を開拓して、商品アイテムを充実する事にした。
定番商品にはNB(ノーブランド)自社ネームのシールを貼り、PB仕立てにして防御した。
その為に利益が10%は取れなくなった。
得意先は24時間営業の年中無休だった。
道路が空いていて時間が短縮出来る明け方4時には家を出発した。
商売敵が来て納品されないうちに得意先を一回りし、品薄に成った商品棚を埋めた。
念を入れて売上の多いドル箱の店はダメ押しで、もう一度巡回した。
其れでも上り坂から降りに傾いた流れは止めることは出来なかった。 
私は今までの新規オープンでの活躍していた実績を見ている大原専務に気に入られていた。 

大原小四郎専務は50代半ばで背丈は155cm程で、とっちゃん坊やの四角い顔に黒縁の四角いメガネをかけて髪は左から7:3に分けていた。
オフィース仕事が長かったのか色白で額には3本シワを寄せ、耳が小さく何を考えているか判らない役人ヅラをしていた。
私には、こうゆう変わり者の扱いは得意の部類だった。
「どうだい中さん。サンライトから独立して自分で遣ったらどう。面倒見るよ」
と私の肩を揉みながら期待を掛けてくれた。
やりたくても、会社を運営する器量もなければ金もなかった。
今は、会社に行っても社長と口も聞かない、一匹狼なっていた。
勉強不足で、自分で自分の足を蹴り辞めたシンワ産業㈱会社のような優れた人材が揃っていて“やる気と・根気と・集中力”に加えて指導力(決断力)・実行力――
そして、破壊力が加われば鬼に金棒だった働き盛りの時代は、とっくの昔に終わっていた。 
専務も、元売りから左遷されて出向で来ていた。
その為に遠くない将来、今の広川孝四郎社長68歳から若い息子喜四郎47歳に代替りしたら経営方針も変わり、煙たい存在として過去の汚物に成るだろうと思った。
専務が飛んだら、私も借金だけ残して終わるのが分かっているので……
笑って聞き流した。

営業本部長は二年の約束で京都支店に出向(左遷)した。
肩書きは常務で帰って来たとしても、元の席は無なった。
中井の会社が有るかどうかも分からない状態だった。
今まで「部長。部長」とヒッポを振って盆暮れの付け届けをしていた。
同時に「専務。専務」と揉み手して、裏から根回しをして置けば、少しは良かったかもしらない。
其処まで先見の目や気使いがない鈍感さが、専務に毛嫌いされていたと思う。
そして――
思った通り3か月後の9月に、東鉱油の1本綱が完全に切れた。
「中井さん。俺。来月から転勤だよ」
「えぇぇぇ――
ホントですか――
まぁいった なぁ~・・・」
「俺も専務が5年で元売りに戻ると思っていたから、油断していたよ」
「それで、どこに行くんですか」
「大阪支店だよ」
「名古屋の本社じゃないのですか」
「それなら栄転だけど、大阪じゃ左遷と同じだよ」
「だって部長。あれでしょ……」
「うん。なに」
「家を建てたばかりでしょ」
「そう。今月の9月で2年目だよ」
「じや、ローンも殆ど払っていないでしょ」
「35年だからな」
「長いですね」
「返済明細書の年数を見ると気が遠くなるよ」
「いくらでしたっけ」
「35坪で3800何円だよ」
「キツイですね」
「クビになるわけではないから払えるけどね」
「それで、奥さんたちはどうするんですか」
「子供も小さいし、3年の約束だから残して行くよ」
「何しろ、家に住んでいないと直ぐ壊れてしますからね」
「そうだよな」
「でも、噂に出ていませんでしたね」
「そうなんだよ。家を建てると転勤になるのは、東鉱油の七不思議なんだよな」
「マイホームを持つと左遷される“ジンクス”があるのは聞いていましたけど、本当になるとは思いませんでしたよ」
「俺も常識に外れていなかったって、事だな」
「それで、三年で帰れそうですか」
「分からないな。恐らく帰れないかもしれないな」
「そうですか」
「専務も帰るところがないから定年までいるだろうな」
「元売りに帰るのは無理ですか」
「セントラル興産も中間管理職が各事業部に腐るほどいるから、片っ端から放り出されているんだよ」
「大原専務も、その一人ですか」
「来た時は借りて来た猫のようにおとなしく口出しはしなかったけど、頭を押さえるお偉いさんがいないから何でも自由になるところが面白くなったんだよ」
「専務が来た頃はまだ本部は充実していませんでしたものね」
「そう。専務だってセントラルから左遷されて、新規に設立された東鉱油に来たんだからな」
「やる事がないから、1人で店周りをしていましたものね」
「それがいつの間にか俺の息のかかった連中まで専務側について裏切ったよ」
「全員ですか」
「そうだよ。たく。冷たいもんだよ」
「すると、転勤は部長だけですか」
「販売部で肩書きのあるのは俺と専務だけだからな」
「そうなると、うちはどうなりますかね」
「今すぐに、タカベ商会にひっくり返るとは思わないけどね」
「なら、どうにかできるか」
「しかし、売上が減るのは覚悟していた方がいいよ」
「そうですかぁ~」
「まぁ。三年で帰れれば専務もいないだろうし常務に昇進しているから、その時は元に戻すよ」
「じゃぁ~ それまで潰さずに待っていますよ」
「中井さんのところの得意先は東鉱油だけだよね」
「細かいところは何社かありますけど、東鉱油がなければ倒産しますからね」
「ラリックと大手得意先を分けたんだよね」
「そうですよ。四光鉱油と東鉱油の2本柱のうち東鉱油は俺が貰ったんですよ」
「可也、強引だったけどね」
「大喧嘩しましたけど、東鉱油は部長の顔で取引させてもらえましたからね」
「取り敢えず。店の連中には言っておくから、気を引き締めてやってよ」
「分かりました」
「それで、栃木地区は切った方がいいですかね」
「やめた方がいいよ」
「経費がかかりすぎるから、来年から撤退しようと思っていたんですよ」
「そんな事をしたら、専務が全店タカベ商事と入れ替えしてしまうよ」
「そしたら、今まで通りしておきますよ」
「よろしく――」

「辞めないでくれ」と手のひらを返し社長に懇願された。
「だいぶ雲行きが怪しくなって来たな」と他人事のように思った。
「社長。俺の出資金いくらある」と迷いなく聞いた。
「500万だな」と即答した。
「それで全部か」と強気で確認した。
「そうだよ」とさり気なく言った。
「東京に帰ってマンションを買うから金返してくれ」
とチラシを出して、2LDKの金額2980万円を見せた。
どこで工面してきたのか分からないが、11月の末に会議に行った時に、出資金を全額返金してもらった。
いつ潰れるか分からない会社に全く未練はなかった。
興味本位で暫く留まり、様子を見る事にした。 
***◆◆◆***
この年平成14年(2002年)最後の夏を迎えた。
「あっという間に、丸12年か。早かったなぁ。
此処で暮らすのも最後の年に成るだろう……」

12年間伸ばし切にした庭木も鬱陶しく生い茂っていた。
風通しが良くなるように休日に伐採を始めた。
ざっと、庭を見回して表通りから垣根越しに眺めた。
「こんなもいんかなぁ~ これで、良いだろう」
と桜の木の左右の横に5本ほど並べて植えてある山茶花を見た。
・・・what?・・・
一本の枝の上に5cm程の細身の黒い、ケムンパスの愛嬌のある顔からほど遠い毛虫が、一匹針のような鋭く尖った毛を全身に立てて微動うだもせず、ぎょろりとした青緑の目をして憎たらしい顔で私を睨めつけていた。
「こいつには散々痛い目に合わされたなぁ。思い出すだけでも腹が立つよ」と睨み返した。
「これでお別れだ 。ニ度と其の憎たらしい“ツラ”は見たくない」とへ吐が出た。
後ろの壁図帯に咲いているアジサイを見ると、大きな葉の上に10cm強の灰色のゴロリと太ったイモムシが乗っていた。 
「毛虫と、イモムシ。どちらが強いかなぁ~」
と、ふと考え興味津々、未知のドラマが見たくなった。
イモムシを掴み、毛虫が取り付いている山茶花の枝に20cm位の距離で向かい合わせて実験してみた。
「ヨゥ~シ、イモムシ勝てよ。毛虫なんか食い殺せ」
“チィ~ン”
格闘技の第一ランドが始まった。
思い掛け無い事に、イモムシは毛虫を見ると即座に反転して背中を“く”
の字に全身のバネを使って大きな山を作り、泡を食って一目散に逃げ出した。
「速ェ~ なぁ~」
驚き――
「成る程。モスラよりケムンパスの突然変異の方が強いなぁ」
その、姿を見送ると……
「怖かったろぅなぁ~ 可哀相に」
勝負にならない結末に、蛾になるか蝶成るか分からないが、未来の妖精を悪魔の餌食にした様な罪悪感に落ちてしまった。
「お前。デカイ図体している割には意気地がねぇぁ」
とイモムシを元の場所に戻して今の自分と重ね合わせると、身につまされる哀れさを感じた。

毎年春~夏に掛けて芝生の隙間を割って、つくしから始まりスギナや雑草などに移り変わり醜く伸び出して来た。
土日曜祭日しか抜き取る事が出来なかった。
最後なので面倒腐がらず後で美味しい生ビールが飲めるように、無駄な汗を流し左右の手で“コツコツ”抜き取っていた。
「もう昼か。腰が痛ぇ。飯でも食うか」と時計を見て伸びをして休憩に入った。
シャワーを浴び一汗流してから一杯飲み、ストレス解消に競馬中継を観て一息付けていた。
「相変わらず。いつまで経っても関東馬は弱いな。なんでこんなに弱いんだ。ダラシがねぇなぁ~」
関西と関東は馬主が違っていたら……
「関西経済の方が景気は良いのだな」と納得すが!?
「馬主が同じと言う事は関東の調教師が悪いのだ」
とテレビ向かって吠えていた。
悔し紛れの悪酔い状態でPM4:30終了と共に庭に出て雑草取りを開始した。

例年の如く音も無く私の体の周りに忍び寄って来る、吸血鬼が現れて来た。
此の吸血鬼は家に中には入って来なかった。
昼間の暑い盛りは庭の草木の生い茂った湿った葉裏に影に隠れて腹を空かせて涼んでいた。
日が落ち掛け薄暗く成り出すと、私の生き血を吸いに現れた。
血が吸えれば体中のどこでも喰い付いて生血を喰らい始めた。
其の吸血鬼は、全体は真っ黒で身体に青い縞や斑点模様を付けていた。
耳障りの悪い音も無く、私のしゃがみ込んでいる太ももに吸い付きた。
家蚊より太く鋭い針を差し込み、血を吸い取り始めた。
此の吸血鬼は、今のデング熱を引き起こす蚊に似ていた。
素人なので分からないが、若しかしたら東電の撒き散らした放射能を浴びて進化したヤブ蚊では無いかと想像して仕舞う。
アルベール・カミュの小説【ペスト】ではないが、若し、此のヤブ蚊が家の中に入る様に成ったら、家の中に入って来る蚊と違い、体も一回りも2回りも大きかった。
太い針を刺されると注射針を射たれた時と同じ痛さだった。
此の吸血鬼はゴム長靴に、夏用の薄での長袖シャツを着て長ズボンを履いていても、その上から折れる事無く硬い針を差し込んで来た。
無造作に中途半端に叩き殺そうとすると、飲み逃げされてしまった。
忍び寄って来ると黙って見ていて太ももに食らい付かせて安心させた。
たっぷりと血を吸わせて“でっぷり”とメタボに膨れ上がり、動きが鈍く成った所で思い切り叩き潰した。
“ビタン~”
B型で輸血の時に人に上げてにくく、疲れやすい体質の私の血が生臭い匂いを鼻に残した。
周りに飛び散り白いトレパンを真っ赤に染めた。
「これでもか。これでもか。これでもか。どぅだぁ」
と市販の殺虫スプレーを噴きかけても効果がなかった。
潰しても。潰しても。潰しても……
叩き殺しても。叩き殺しても。叩き殺しても――
次から次へと樹木の暗闇の奥からから蛆虫の様に湧いて出てきた。
その後、赤く腫れて痒みは三日程つづいた。
デング熱の様な体中腫れ上がる事はなかった。
此のヤブ蚊は田舎でも東京でも草木の生い茂った場所に生息していた。
先にも書いた様に家の中に入って来る事はなかった。
ヤブ蚊が出て来る時間に成ると中止して、次の休日に雑草を取る事にした。
ヤブ蚊との戦いも鼬ごっこで切りがなかった。
******
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小金持銅銭のメインレース競馬予想

2018-07-22 09:47:56 | ギャンブル
日曜日予想
「日曜日は3勝2敗で多少持ち直しましたね」
「でも、暑くてTVのクイズに参加しているけど、当たりが悪くなったよ」
「何をやっているんですか」
「めざましジャンケンなんか、月火の2日で100ポイント稼ぐけど3日かかるし、
ジップにしても3日あれば20ポインを行くに5日かかるし、言葉検定など半月あれば80ポイント行くのに、今現在50ポイントだよ」
「朝からマメですね」
「寝ていて出来るからね」
「それで抽選には当たりましたか」
「いや、1度も当たったことがないよ」
「やはり応募する人が多いのでしょうね」
「そうだと思う」
「そのうち当たりますよ」
「どうせ当たるなら、欲しいものの時に当たりたいね」
「予想もパーフェクトになるように頑張りましょう」
「ローカルは堅く収まるレースと荒れるレースが半々だから、組み合わせを上手く考えないと抜け目が来るね」
「それと函館2歳スレークスはどうしますか」
「いつもの通りパスだね」
「若駒のレースは予想しにくいですか」
「なにしろ1勝馬のレースだし、早熟なのか調子がいいかわからないからね」
「古馬のレースを予想するよ」
「3歳馬も出ていますから、柱を増やさないとダメですね」
「荒れる予感がしたら増やすよ」

日曜日 中京 10レース 尾頭橋特別
馬単 ボックス
1 2 3 4 7
馬連
1 ⇒ 2 3 4 7 8 13 14 15 16
2 ⇒ 3 4 7 8 13 14 15 16
4 ⇒ 7 8 13 14 15 16

11レース 中京記念
馬単 ボックス
4 5 11 13 16
馬連
3 ⇒ 1 2 4 5 7 11 12 13 14 16
4 ⇒ 1 2 5 7 11 12 13 14 16
11 ⇒ 1 2 5 7 11 12 14 16

福島 10レース 横手特別
馬単 ボックス 
1 4 10 11 14
1 ⇒ 4 6 8 9 10 11 12 13 14 15 
4 ⇒ 6 8 9 10 11 12 13 14 15 
14 ⇒ 6 8 9 10 11 12 13 15 

11レース 福島テレビオープン
馬単 ボックス
4 9 10 12 14
馬連
9 ⇒  4 6 8 9 10 11 12 13 14 
10 ⇒  4 6 8 11 12 13 14 15 
14 ⇒  4 6 8 11 12 13 15 
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小金持銅銭のメインレース競馬予想

2018-07-21 09:40:13 | ギャンブル
土曜日予想
「先生。先週の土曜日は2勝3敗で負けましたね」
「あまり暑くて集中力がなくなってきたよ」
「出走頭数が関係なく、また難しいのでもなく、考えるのが面倒くさくなったんですかね」
「室内温度が30度を越すまではエアコンを使わずに扇風機で我慢しているからね」
「毎年歳を取るから、暑さ耐えられないでいよう」
「昔は冬より夏の方が好きだったんだけどね」
「歳で変わりましたか」
「冬は寒ければ厚着をすると動きが鈍くなり、夏は裸になればいいからね」
「やはり暑いのにはこたえますか」
「暑さで頭がふらついているよ」
「まぁ、無理をしないでエアコンをかけた方がいいですよ」
「今回は負け越さないようにそうするよ」
「そろそろ降級馬と上がり馬の力の差が出てくるから、予想しやすいでしょう」
「そうだね。やはり3歳馬は買っておかないとダメだね」

土曜日 函館 11レース 日刊スポーツ杯
馬単 ボックス
2 4 10 14 15
馬連
10 ⇒ 2 4 5 6 7 9 11 13 14 15 16
14 ⇒ 2 4 5 6 7 9 11 13 15 16
15 ⇒ 2 4 5 6 7 9 11 13 16

福島 10レース いわき特別
馬単 ボックス
1 4 5 7 8
馬連
1 ⇒ 4 5 6 7 8
5 ⇒ 4 6 7 8
3連複
6固定 ⇒ 1 4 5 7 8

11レース 白河特別
馬単 ボックス
2 8 10 12 13
馬連
10 ⇒ 2 3 6 8 10 12 13 14 16
12 ⇒ 2 3 6 8 10 13 14 16
13 ⇒ 2 3 6 8 10 14 16

中京 10レース 長久手特別
馬単 ボックス
3 4 5 6 7
馬連
4 ⇒ 2 3 5 6 7 9  10
5 ⇒ 2 3 6 7 9  10

11レース 桶狭間ステークス
馬単 ボックス
4 5 6 12 14
馬連
4 ⇒ 5 6 7 8  9  12 14 15
6 ⇒ 5 7 8  9  12 14 15
12 ⇒ 5 7 8  9  14 15
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第三部【悪魔の囁き】

2018-07-18 10:06:53 | 日記
第四話【三途の川】

ここは――
国道から四方八方山に囲まれたカントリーゴルフ倶楽部の多い……
一昔前は小さな部落の村だった。
家から車で5分弱走ると平屋の郵便局があった。
左隣の小学校には、選挙の投票に行った。
町全体でも人口10,000人足らずで、村となると老若男女合わせて300人程度だった。
先祖代々から定住している農家は、伊藤・斉藤馬の糞と言われるほど有触れた名でなく、初対面で名刺交換した時に……
「佐藤です」と名乗られると――
「東北出身な」と――
想像出来る名字も4種類ほどだった。
先祖代々一族同類で、故郷が誰でも直ぐ分る土地の部落だった。
東側が丘で、見渡す限り田園風景だった。
村に入る3本の畔道は、車が1台通れる程の細い道で繋がっていた。
その交差する角に、一軒だけ駄菓子屋兼雑貨屋がある。
斜向かいの角に半鐘が立いて、下がゴミ収集になっていた。
後に、我が家に帰る市道が5本あるのが分った。
5メートル弱の川が細長く村を囲み、蛇の様に曲がりくねっていた。
晴れの日は太陽に反射して“キラキラ”と水が静かに流れていた。
この小さな川の流れの強弱が激しくなると、私の運命が左右さてれた。
生きるか……。
死ぬか――。
私にとっては地獄と天国の分岐点だったかもしれない。 

6月の第一日曜日に恒例の河川の草刈りが始まった。
梅雨の走りで足掛け13年、1度も晴れの日は無かった。
土手の左右に伸びきって生い茂った雑草に守られていた。
緩やかなカーブをくねりながら、音も無く平和な日々を清水が流れていた。
通勤で通るメイン畦道には、小川の上に差し掛かる石橋が対向車を待程の幅で、架けられていた。
普段は佛のような穏やかな慈悲のある顔した小川だった。
天から恵まれた祝い酒を美味しく飲み、秋には豊作を祝った。
台風シーズンになると……
招きもしない風神・雷神の振舞う、ドス黒い大瓶に入った気狂水を煽ると――
酒乱と変化して、生命の迷惑も考えなくなった。
黒雲と強風の渦を巻き上げ、泥を掻き回し醜い赤茶色の鬼類の顔を顕にして、一晩中大暴れした。
次の朝には先祖代々田畑を耕し、大事に守って来た土地にしがみつく土着民の苦労をずたずたにした。
無責任な仕打ちを、反省する事なかった。
次の日――
気狂水が抜けると、昨夜の事は無かったかのように、借りてきた猫の如く大人しくなった。
痛々しいく暴行されたドドメ音色の大痣を証拠に残して、佛の顔に戻った。 
毎年菜種梅雨や梅雨末期の大雨や台風になると小川が氾濫した。
田んぼ一面見渡す限り湖となり、車でも渡れない、
戦国時代の兵糧攻めのように、大きな湖になった。
******
そう言った悪情報も聞かず、下調べもせずに引っ越してきた初年度だった。
朝仕事に出る時は台風雲もまだ遠く、西空に固まって見えていた。
庭に出て空を見上げると気分が良くなる程、部落一面綺麗に晴れ渡っていた。
「この雲ゆきだと、帰りは危ないな」と遠く低く垂れこめた雨雲を見回した。
予想した通りに昼頃から関東地区も風と雨が激しくなった。
「こんちは」
「いらしゃい」
「さよなら」と納品と注文を取り、得意先回りを早めに切り上げた。
午後6時に帰宅する頃は雷を混じえてワイパーをハイスピードにしても、拭き取れない程大雨になった。
国道からカントリー倶楽部沿いの曲がりくねった山を下り、自宅近く300メートルまで来た。
「なんだこりゃ。こんなんになるんかよ。これ、どうやって渡るんだ」
田んぼ1面、湖に成っていた。
車高の高いワンボックスカーでも渡る事が出来なかった。
自宅に向かって3本有る道の内、下側の2本はヘットライトで照らしても見えないほど沈んでいた。
仕方なく国道に戻り遠廻りをして、高台に有る道に行った。
来てみると細い畦道は見えたが水の流れが速く、激流と化し車も人も流されてしまう程の速さだった。
どうしても、ここを渡らなければ家に帰る事が出来なかった。
「駄目な時はホテルに泊まるか」と腹を決めた。
車はニッサンバネットワゴン営業車で在庫分と納品する荷物を積んでいた。
運が在るか無いか勝負弱いのは分かっていたが、一か八かの一発勝負に出てみた。
車1台通れる農道は真っ直ぐで緩やかな上りだった。
「落ち着いて運転すれば渡ることが出来る」と不安を持っても渡り始めた。
後は、水嵩を増しエンジンに水が被らなければ止まることは無いだろうと……
半クラッチにして、波を荒立て無いように静かに牛歩戦術で渡り始めた。
ハンドルを11時05分の形で抱え込む様に握り締めた。
両肘を『セリフ無し』のハンドルを【く《 》】の字型に鍵カッコに曲げた。
「中程を過ぎたが、まだ地面が見えないな」
と猫背にして一箇所に集中し、首を額がフロントガラスにぶつかる程前に突き出した。
鼻の下を伸ばし目玉を皿のようにして覗き込むと、水の流れる音と鉄砲水が勢いよくぶつかる爆音がした。
飛び跳ねしぶきがガラス窓まで届き、花火のように開いて散った。
車体が“グラリグラリ”と揺れ出し、頭をフロントガラスにぶつけて“ハッ”とすると、背筋が“シャキッ”と伸びて我に返った。
「横倒しに成ならいでくれ。お願いだ――」と祈った。
其れからも鉄砲水の押し寄せる音が、不気味さを増してきた。
20代の頃から持病としてマンネリ化した、左右に鳴り続ける耳鳴りを消してしまう程の勢いで聞こえて来た。 
「流されるな。流されるな。止まるな。止まるな」
と激しい心臓の動悸と共に念じると……
ようやく上り坂に来た。
「あと少し。もう少し。頑張れ――」と下の畦道が微かに見えてきた時は、血圧の上昇で脈拍が早くなり、血が頭に登り心臓が“ドッキドッキ”して来た。
軽い目眩を起こし、やっとのことで渡り切った時には……
溜息と共に緊張感を解いて、胸を撫で下ろした。
「助かった」と思う気持ちと共に身体中から脂汗が吹き出した。
無意識で奥歯を食い縛っていたので、顎のエラまで痛くなった。
また、ハンドルを握っていた手は指の関節が固くなり、指が開かなかった。
開いた時には手の平深く刻み込まれた真ん中を通る生命線から、脂汗が“グッショリ”と泡を混じえて噴き出していた。
「少し地図には載らない土地の地形を知って置いた方が良いな」
と休日の暇な時に市道の南側山道を走った。
半鐘の下がった上り坂を10分弱ほど走ると、いつも得意先に行く国道に繋がる道に出た。
「成る程。ここに出るのか」と納得した。
次からは遠回りでも大雨の日は、此の道を使う事にした。

足掛け13年暮らしても中々馴染めなかったド田舎のライフスタイルが、次第に容量も掴めて落ち着きだした。
引っ越してきたのは――
気狂い病院を自分で建てて、自分で入ったようなものだった。
「何となく、やっていけそうかなぁ~」
と、この土地が昼間は日当たりが良く、夜は月と星が金では買えない――
私1人のお宝に思えて来た。
冬晴れの日は、1日ガラス越しに本を読んでいた。
気持ちの良い眠気に誘われて、のんびりとした休日を楽しむことが出来た。
夏などは西側の山が竹藪に成っていて、西日が当たなかった。
窓を開けて寝ていると涼しいそよ風が流れ込み、枕に頭を乗せた瞬間に、快眠に入る事が出来た。
何しろド田舎なので結婚適齢期の女性は通らなかった。
土日祝外を見ていると、歩いているのは子供と年寄りばかりだった。
リビングから見てはいけないド田舎ならではの風物詩が目に入った。
其れは……
おばぁさんが田んぼの畦道で起きた。
モンペを膝まで下げ、田んぼに尻を向けて立小便をする事だった。
此れだけは頂だかなかった。
西側にはマイハウスの裏側に、斜面の急な竹藪があった。
4月~5月にかけて筍が、次から次と頭を出て来た。
急いで掘らないと成長が早く、1週間も経たないうちに青竹に成った。
もったいないので休日は掘っていた。
東京にお土産に持って行たり、煮炊きして飽きが来ていた。
うんざりする程、2か月間毎日筍を食べていた。
今は東京に逃げ帰ったが……
もし――
得体の知れない亡者を三人呼び出さなければ……
墓石を買って、一生住んでいたと思う。 
***◆◆◆***

痛い目に合わされて苦しんでいたが――
“我慢。我慢”で無駄に時が流れていた。
12年目の正月5日も明け、得意先に新年の挨拶回りに行こうと、駐車場からエンジンかけて温めるために5分ほどアイドリングをした。
「もういいだろう」
駐車場から車を出した。
車から降りて駐車場の出入り口のチェーンをかけようと、後ろを振り返った。
すると……
外壁のフェンスに見た事の無い赤い首輪を巻いた、茶色い毛並みに黒い鼻面をした牡の雑種の中型犬が、紫色に変色した舌を出してフェンスに首を挟んでいた。
朝日に当たりギラリと光った歯茎から黄ばみ尖った鋭い牙を剥き出していた。
恨みがましく、何者かに強引にフェンスにねじ込まれて死んでいたのだ。
可也苦しかったのか、流した鼻血が瘡蓋のように塊っていた。
口からヨダレと泡を吹き出した跡を残していた。
目玉は紫に変り白目を剥いて死んでいた。
惨さが漂よい屍臭となり、暫く鼻に付いて消えなかった。
「誰がやったんだ。何の嫌がらせだろう……」
今まで村の年間行事は――
1・6月の第一日曜日は、1年間伸び放題になった河川の草刈。
2・10月の第一日曜日は、近所の小学生の子供らを連れて奥さん連中と市道に転がっている空き缶拾い。
3・12月第一日曜日は、小中学校のダンボール等の廃品回収を表門に出していた。
「中さん。学校の先生みたいですね」
と空き缶を拾っているとトラックターを転がしていた、農家の石山作二さん75歳が感心された。
親睦飲み会・新年会・慰安飲み会など、飲む席には全部参加していた。
ゴルフ会では、春・夏・秋.冬の年4回だった。
仕事の都合で参加出来ない時は、4パーティー15人に不幸へいが無いように、全員に行き渡るように景品を出していた。
最近では農家も稲刈りが終わり、暇になる11月3日にゴルフコンペが決まった。
同日に得意先の新規オープン搬入も3ヶ月前に決まっていた。
仕事が優先のために、部落のゴルフコンペには参加することができなかった。
「中さん。ゴルフ会出られそうですか」
と一週間前に、石山泰道さん45歳が軽トラで確認に来た。
「すいません。年末は仕事が忙しくて参加できないのですよ」と残念そうな顔で断った。
「そうですか」とがっかりしていた。
「それでコンペ用の景品を協賛しますので、持っていてください」と座席用の1,3m(Mサイズ)のホワイトムートン7枚と、VHS良質録画テープ3P組みを60個渡した。
「15人全員が貰えるようにしてあります」と念を押した。
「これはいいや。みんな喜びますよ。ありがとうございます」と喜んで帰っていった。
このように出られないときは、毎回飾り物や物置に放り込んで忘れてしまう、貰っても始末に困るものではなく、即使える景品を出していた。
なので、誰にも恨まれるはずは無いと思っていた。
恨みを残して死んでいる犬を見て哀れを感じていると、カサカサに乾燥した40歳半ばの中年男の素顔を刺す冷たい北風に無情を感じた。
無残に朽ち果てている犬の死に様が悪臭となり、私の鼻に襲いかかってきた。
すると……
私に取り憑いている魔物が後ろから近づき――
魚の腐った生臭い息を吹きかけて……
――耳許で囁いた。
「よぅ~く、見ておけ。お前を守ってくれる者は、もう誰もいない。次はお前の番だ 」
と鋭い殺意を感じた。
“ゾクゾクゾク”と背筋が伸びて背中が寒く成った。
家の建てにくい隣の10坪ほどの空き地に、成仏できるように丁重に埋葬した。
「南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏」 

「新年明けましておめでとう御座います」と得意先への新年の挨拶回りに向かったが、
複雑な思いが先に立ち笑顔では言えた気分ではなかった。
「もう、此処には住んで居られないなぁ」と先が見えてきた事を肌で感じた。
***◆◆◆***
ど田舎に引っ越してきて、1年間は誰も何も言わなかった。
年が明けた松の内10日に、村の会長石山秋元将司さんが私の家に来た。
“ピンポ~ンピンポ~ンピンポ~ン”
玄関ドアーを開けると40代全般の男性が立っていた。
「こんにちは」
「はい」
「1月20日の日曜日に丸山町内の新年会をやりますので、中さんも参加してもらえますか」
「いいですよ」
「その時に、部落の連中に挨拶してください」
「分かりました」
「それで場所は、あそこの集会所になります」
と田んぼの中に建って杉の木に囲まれた平屋を指さした。
「何時からですか」
「午前11時から始めますので、10時半までには来てください」
「わかりました」
釣鐘の下を通って歩いて2分弱の場所だった。

「新年明けましておめでとうございます」と地区会長が挨拶した。
――おめでとうございます<<<<<――
「今年からこの部落の仲間になった、中さんを紹介します」
「中です。よろしくお願いします」
会長の隣に座っていて立ち上がり挨拶した。
拍手!! ――喝采!!
それから部落の年間行事に参加させられた。
「中さん。仕事は何をやっているんですか」と60代の農家の木沢さんに聞かれた。
「車の部品や用品の卸をしているんですよ」
「そうですか。それで会社はどこにあるのですか」
「東京です」
「ここからだと通勤が大変ですね」
「得意先が千葉県・栃木県・埼玉県なので、家から直接回り会社には月末に1度しか行かないのですよ」
「それでこの部落に引っ越してきたのですか」
「そうです。ここから出ても東京から行っても、時間はそれ程変わりませんからね」
――なるほどぉねぇ~. ――
何だかんだと興味本位で聞かれて、2時間ほどで家に帰った。
******

12年後、生まれ育った東京に帰る事にした。  
この年の1月の20日、Aブロック村の新年会に出席するのも12回目になった。
昼から酒も十分に回った。
私がこの土地の住人として認められた事もあり、町会長の石川さんに初めて聞かされた。
「中ちゃんの家の建っている土地は、昔没落した石川の家族が4人で住んでいたのだよ」
と焼酎のお湯割りを飲みながら何げなく言われた。
「そうなんですか」
「それで石川家当主の菊松55歳、滋子奥さんは30代の若さで死んで、長男の善男31歳と次男の光男30歳の3人で暮らしていたんだよ」
「お嫁さんは来なかったんですか」
「そう。兄弟は仲良かったんだけど、2人とも縁がなくて父親が50代半ばで死ぬと、次の年に2人とも続けて死んだんだよ」
「何かの伝染病ですか」
「流行病だったら、こんな小さな部落は全滅していたよ」
「それもそうですね」
「そうじゃなく、どちらかと言うと早死にの家系だったんだな」
「俺の家と同じですね」
「中さんのところもそうなの」
「はい。長くても60代で早いのは20代で死にましたよ」
「やはり病気ではないんだよね」
「そうみたいですね」
「あの土地にはそんな不吉な何かがあるのかもしれないね」
「なんですかねぇ~」
「中さんも1人身だろう」
「そうですね」
「いくつだっけ」
「38歳です」
「こんなド田舎では結婚は無理だろうな」
「そうですかぁ。自分としては現地で嫁さんを調達するつもりでいたんですけどね」
「あと、10歳若くて家持だったらどこからでも来るんだけどね。40歳近くなると難しいよ」
「そうみたいですね」
「中さんは初婚になるんだろう」
「そうです」
「まぁ、いたとしても死に別れた出戻りの姥桜か、コブ付きの年増女が来るくらいだよ」
「確かに、この村には結婚適齢期の女性はいませんものね」
「男も女も高校を卒業すると東京に行くからね」
「ここでは農業しか仕事はありませんものね」
「それに今の後継は40~50代の連中だから、それで終わりだよ」
「ホントですか」
「そうだよ――」
また、其の親類の石川喜作さんから家の購入金を聞かれた。
「中さん、あの家いくらで買ったの」
「土地と建物込で、3千万円です」
「えぇ~……」
大工に土地を売った親族の70代の石川さんは、ビックリした。
「あの土地は和田大工に二足三文で買い取られたのだ」と怒り、宴会途中で帰っていた。
この時に解ったのは、私が無知な為に庭に桜の木を植えた事だった。
没落した悔しさと……
恨みと憎しみに怒りを込めた怨念と――
執念を持っていたと思うような……
三本の桜に取り憑いた三人の男の亡霊を――
地獄の底から呼び出してしまった事だった。
******

「成田さん。俺、東京に帰る事にしたよ。それでこの家売ってくれる不動産屋さん知らない」と役場前の駐車場で火曜曜日に聞いた。
「何かあったんですか」
「何もないけど、田舎暮らしに飽きたんだよ」
「やはり東京生まれの人には無理ですかね」
「ローンの残っている所帯持ちなら帰りたくても帰れないけど、俺はチョンガーだからどこにでも移動できるんだよ」
「だったら、俺の友達に個人で不動産経営している人がますよ」
「紹介してくれる」
「いいですよ。電話して、中さんの所へ行くように言っておきますよ」
「そうしてくれる。今週の土・日休みだから、午前中に来るようにしてよ。待っているから」と本気にした。
「分かった」
「高く売れたら、お礼はするよ」と機嫌よく言った。

「おはようございます。小西不動産屋です」
と20代後半の男性が土曜日10時に訪問して来た。
「ご苦労様です。中です」と名刺を交換した。
「昨日来たとき、家を見ておきましたよ」と査定済みだった。
「築、12年ですが売れますか」と不安げに聞いた。
「大丈夫ですよ。この家なら、すぐ売れますよ」と心強い事を言った。
「小西さん。幾らでも良いから、一日も早く売れる値段でお願いしますよ」
と焦り気味に言った。
「この土地の大きさならば、私が自信を持って確実に売れる値段でインターネットに広告を載せますよ」と自信満々に言った。
次の日に70坪の土地に建坪三八の家を破格の値段で、一千万円を切って売りに出した。
インターネットの効果が出て、2~3日で訳の分からない買い手が何組か来た。
3日程して、一組みの40代の夫婦が20代の男の子供1人を連れて家を見に来た。
「こんにちは」
「はい」
「家に中を見せてもらえますか」
「いいですよ」
「掘りコタツがあるんだ」
「これは座るのに楽でいいね」
「リビンは何もないな」
「これなら可也入いるわね」
「昭善。ここに傷があるから、写メ撮っておけ」
「うん」
「ここもだ」
「わかった」
と壁や柱や床の傷を撮らせていた。
「トイレはオシュレットじゃないのか。風呂はユニットじゃないのか」
階段を上がり2階の二間も見た。
「二階も広いわね」
「これなら5人で住めるな」
「家の中の家具は、置いていける物は在りますか」と奥さんに聞かれた。
「お宅様の必要な物は全て置いて行きますよ」と大サービスをするつもりで言った。
「有難う御座います。此れで余計な家具を買わずに済みます」
と機嫌よく話が纏まりかけた。
隣で聞いていた、オヤジが何を勘違いしたのか、余りの人の良い私の足元を見て――
タダ同然で買い取る気持ちになった。
「此処に傷がある。写しておけ。ここも、ここもだ」と次の日に来て家の中を息子に携帯で何箇所も写メを撮らせ、憎々しい顔で言った。
外からも、あぁだぁこうだぁと粗探しをしていた。
「フェンスを直してくれ。風呂のタイルと張り替えてくれ。ここ床の傷を修理しろ。便器にオシュレットを付けてくれ」など因縁同様の注文を付けて来た。
「あの、お人好しの大バカ野郎からタダ取り出来る」
と帰りの車を運転しながら腹の底からバカ笑いをしていたと思う。
手に入れたつもりになり、仲間に誇大妄想を膨らませ話しをしたと思う。
「買えるのかい」
「大丈夫だと思うよ」
「それはよかったじゃないかぁ」
「何しろ、トロイ大バカヤローだよ」
ウァハハ八八ノヽノヽノヽノ \
と仲間を買い取った家に呼び、大酒煽りながら脚色話しで自慢をしたと思う。
「今に、見ていろよ」と腹の中に怒りを収めていた。
「この客に売るのは止めたのが良いですよ」と不動産屋も余りの傲慢さに忠告してくれた。
「今日か。明日か。今、この時点なのか。いつ殺されるか」が、気が気でなかった。
何しろどうでもいいから、一日も早く東京に帰りたかった。
不動産屋から“バカ”の言いたい放題の戯言を全て聞いていた。
「どうするかぁ~ 早く帰りたいし……
あのバカにタダ獲りされるのも悔しいし――
でも、このままいつまで居てもしょうがねぇし……
どのみち帰るんだから、慌てずに12月までいるか」と悩みに悩んで腹が決まった。
「売りません」と一ヶ月後、相手が最高に盛り上がった時に、怒りを込めて断った。
「もう、何も言わないから売ってくれ」
「『今回な無かった事にしてください』との事ですよ」
「80万円引いてくれればいいから、それで、もう一回話をしてよ」
「誠に申し訳ございませんが、縁がなかったと言うことで諦めてください」
「どぅしても、ダメですか」
「売主様からのお断りなので、次回という事でお願いします」
「そうですかぁ……」
「申し訳ございません」
「また出物があったら連絡してください」
「分かりまし」
PM8時に不動産屋から電話が来た。
☎♪゚+.o.+゚♪゚+.o.+゚♪
“もしもし”
「来たなぁ」
「小西です」
「どうでした」
「売主様から『今回は縁が無かった事として下さい』と断れてしまいガックリと落ち込んで居ましたよ」と不動産屋から買えると思い込んでいた為に・・・
「ザマァ~ 見やがれ――」
その夜から夫婦喧嘩が続いたと思う。
若しかしたら、あの買い手は運が良かったかも知れない。
あまり性格の良い人間でも無さそうだった。
騙し取った様な形で買っていたら……
この家に住み着いている元の主の三人の魔物に家族全員取り憑かれて、呪い殺されたと思う。

それからも――
“ピンポンピンポンピンポン”
「何ですか」
「大平不動産ですが・・・」
「はい>」
「家の中を見せてください」とネットを見て来た。
「いいですけど、まだ売りませんよ」と釘を刺して置いた。
「分かっています。この前の客は、立ちが悪かったそうですね」
と今までのトラブルを知っていた。
「世の中には、色々な人間がいますよ」と鼻で笑った。
以来、私の素っ気ない態度に、二度と来ることはなかった。

「ここまでが、限界とか」と悟った。
まだ往生際が出来ていないので持って帰れないと判断した生活用品、冷蔵庫・布団・本箱・洋服ダンス・シャツ・食器類等を、少しずつ知り合いに上げて処分する事から始めた。
粗大ゴミ的大物は朝早く起きて、得意先のサービスステーションの裏側にあるゴミ捨て場に、誰も見ていないのを確認して置き逃げした。
東京に持って行く布団セットは使わなかった。
トラック用のマットレスに寝起きして、12月までいる事にした。
其れからは……
今まで苦しめられた私の体は快調になってきた。
右足首が腫れて痛くて歩けなる様な異変が起きる事はなかった。
しかし――
私の周りには予期しない奇怪な現象が起こり始めた。 
朝起きて顔を洗おうと井戸水の蛇口を捻ると、一滴も水が出なかった。
「なんだ。今までこんな事が無かったのに」と内外の井戸水の蛇口を開けてみた。
どこの蛇口からも水は出て来なかった。
「あれ。コンプレッサーが壊れたかなぁ」と思いカバーを外して電源を切たり、コードを差し替えてりして軽い点検すると、別に異常がなかった。
餅は餅屋で水漏れ補修業者に来て貰った。
「水道管が凍っています。時間と共に暖かく成ったら氷が溶けて出るように成ります」
と言って帰った。
「この年は、いつもの年より寒かったかなぁ」と回想した。
「此の12年間大雪が積もっても、どんな寒い日でも凍らなかったのに。何故だろう」
と首を傾げ、不思議に思っていた。
2年前に裏の空き地に建った家の井戸水は凍らなかった。
「なぜだろう。俺の家より日当たりが悪いのに……」

長野に営業に行っていた頃、得意先のスタッフに言われた。
「雪になると暖かいですよ」
東京育ちの私には降っても降らなくても寒さは変わらなかった。

其れから一週間後仕事に行くのに、いつもの市道を通りT路地の手前10メールまで来ると、幼稚園から迎えに来るマイクロバスを待っている奥さんたちが固まって世間話をしていた。
私は子供もいるので横目で左側に注意を払い走っていた。
警戒していた通り、女の子は奥さんたちが目を離した隙に飛び出してきた。
「危ない――」と車内で叫び、クラックションを鳴らし続け急ブレーキを踏み締めた。
子供は驚き、反転して親の腰もとに泣いて駆け込んだ。
母親は顔が青ざめ、私に頭を下げて謝り子供を怒っていた。
もし、東京に帰る事に決めていなかったら、子供を轢き殺していたのでは無いかと思う。
つまらないトラブルに巻き込まれず、無事に東京に帰れることを祈るばかりだった。 

仕事から帰り風呂に入ろうと、蛇口を捻り井戸水を出して風呂桶に溜まるまで、リビングでテレビを観ていた。
時計を見ると30分経っていた。
「そろそろ水も溜まったな。火を点るかぁ」と風呂場のドァーを開けると驚いた。
ことには、わずかな時間だった気がした。
が、赤茶色い泥水が出ていた。
浴槽から洗い場のタイル一面まで石鹸箱がぷかぷか浮いていた。
底なし沼同様に藁混じりで泥だらけになっていた。
慌てて蛇口を締めて風呂の栓を抜き、赤茶色に変化した泥水を掃き流した。
「これじゃぁ~ 今日は風呂には入れないなぁ。酒飲んで寝るか」と諦めた。
近所に銭湯も無ければサウナも無かった。
汗を流さないと気持ちが悪いが仕方がなかった。
次の朝、この家を建てた和田大工に電話した。
「社長。井戸水から泥が出て来たよ。地下水が無くなったのですかね」
「おかしいなぁ~ 30メートルは掘っているからそんなことは無いよ」
と自信持って言い切った。
その日の午後、水道業者が現場を見に来た。
もう一度泥を掻き出して、今までより深く堀直した。

東京に帰る時は車に詰めるだけの荷物を残して、古い物は灰にした。
使えるものは世話になった知人に上げて残りは物置に入れて保管して置いた。
この頃はデジカメも高くて買えなかった。
今になり回想文も書くとは思わなかったので、ド田舎にいた頃の証拠写真は、何一つ撮っていなかった。
「失敗した――なぁ~」
得意先に行く途中にある家は、今でも建っているとは思うが……
「また来たか。懲りないヤローだ。今度来たら殺すと言ったろぅ。死ね――」
「三人の魔物に呪い殺されるのでは……」と思うと、怖くて見に行くことは出来ない。
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