夢のもつれ

なんとなく考えたことを生の全般ともつれさせながら、書いていこうと思います。

富士を周回す

2012-08-05 | diary
頃合を測りて駅に向かいぬ。
酷暑に耐えかね、昔ながらなるよろず屋にてアイスキャンディを求めり。
種類の少なきに却りて迷いぬ。
帽子と口中の涼によりて漸くホームに立てり。
看板を見遣るに花火大会甚だ多し。
伊東近辺にては連日夜空が染まりて低き音を轟かせん。

熱海までうとうと午睡に落ちぬ。
沼津まで更に西行し、御殿場線にて富士の裏へと向かわんとす。
熱海を出るや直ちにトンネルなり。
箱根の山は天下の嶮にして、馬にては越すべくも鉄路は昭和の初めまでかなわず。
長く御殿場回りが東海道本線なり。
沼津にて20分ほどの乗り換え待ちに依りて、駅ビルをうろつきぬ。
鯖寿司、安倍川餅、おはぎ、串かつなど種々の食い物並びて食欲を誘わんも買い求めず。
未だ陽の高きがゆえか、我が食指の常に酒肴を差すがゆえか。

御殿場線はロングシートにてほぼ満席にして、ありきたりの住宅街を進むのみ。
勝手なれども山あいを縫うローカル線を期待したるに拍子抜けなり。
いずくかに途中下車せんと欲するに裾野、御殿場、松田辺りが国府津までの主要駅なれども、興ある小駅あらば降りてみたきなり。
されど御殿場までかかる駅見当たらず、仕方なき思いにて降りぬ。
御殿場は寂れた町にして駅周りに趣きなし。
宿場町が鉄路の発達により駅に、駅が自家用車の普及により幹線ロードサイドに取り代われるは交通の経済に与える影響が好例なり。
駅前シャッターを開けるなぞ至難の業と知るべし。

御殿場より再び国府津行きに乗りぬ。
ほぼ満席の二両連結のワンマンカーは多くの駅にて先の車両のドア一つのみ開閉すと機械音声が執拗に告げぬ。
制服の高校生と見ゆる少女が最後尾に腰掛し吾人の横のドアのボタンを憑かれたりし様にて繰り返し押して後、如何にしても開かぬを前方へ去りぬ。
通いなれし電車と思ゆるに、はたまた急ぐ素振りも見えぬに奇異の念覚えり。
谷峨なる駅あり。
名の如く険しき谷川を望めり。
されどかかる風景は他になく、程なくして広く傾きし車窓になりぬ。
思うに富士山は日本的風景の典型には非ずや。
雲かかりてかの日終始見えざるが故の妄言なり。

未だ陽は沈まずも富士周回の企図は果たせり。
国府津にて独餐を楽しまんと思うに東京にて辟易せりチェーン居酒屋より他は少なからんと察し、小田原行きに飛び乗りぬ。
小田原駅前をしばし歩く。
一つには地元の店に拘れる故なるも、吾人がかかる類に凡そ即断即決力を有さざるがためなり。
野良犬の如き有様になりて漸くふじ丸なる店に入りぬ。
飛び魚が刺身、板わさを誂えるも少なきに、げそ天、あら煮を追加するに此度は多さに手古摺りぬ。
カウンター向こうにて板前の生しらすを盛り付けるを見遣りて、酒とともに注文す。
レモンサワーより始めて貴匠蔵、白金の露と芋焼酎の水割りを飲めり。

やや斜め後ろの騒がしきに聞ききたくもなきに聞こゆ。
「願い事ありや」
「不知。願うが先なるべし」
「不可解也。然ありて果たして願う事得べきや」
「可也。只管に叩くのみ、押すのみ」
「愈々面妖也。奇異也。云々」
思えらく願い事の談にあらずして呪い事なるべし。
呪いたき心差しふと来たりて何をか呪うこと少なからず。
意外の念を覚えて傍らを見遣れば多くの人影の溶融す。
吾人が底意を知らばかかる仕儀也。
海鮮ちらし丼にて旅を締めくくらんと欲すれど、酔余の目に富士の姿ぞ残れり。


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