夢のもつれ

なんとなく考えたことを生の全般ともつれさせながら、書いていこうと思います。

炎暑のドビュッシー

2007-08-08 | music

 8/5にトッパンホールで行われた辻井伸行のリサイタルに行って来ました。先日の読売日響の定期演奏会で、この人のドビュッシーだったらまた聴いてみたいって書いたんですが、ちょっと調べてみたらちょうどオール・ドビュッシー・プログラムだったんで勢いで電話を掛けました。その時既にキャンセル待ちだったんですが、1週間くらい前に取れるって電話があったんで買いました。そういう状態でも当日には空席がちらほらあるんで訝しく思いました。

 このホールは凸版印刷が創業100周年を記念して2000年に造ったもので、最近のホールらしくとてもきれいで雰囲気のいいものでした。場所は、江戸川橋と飯田橋の間の印刷会社が多い一帯で、繁華街でもなんでもないところですが、朝顔が似合うような古くからの下町に地下鉄や高速道路ができたりして街並みがちぐはぐになっているのがなるほどねって感じです。しかし、当日はめちゃくちゃ暑くて、しかも開演が2時でした。で、ふつうなら短パン+素足にサンダルで出掛けますが、やっぱクラシックだしなって思ってチノパン+靴下に革靴にしたから、地下鉄を降りてからの10分がもう暑くて、暑くて。やや熱中症気味でガスタンクのようなホールにたどり着きました。

 私の席は後ろの方の真ん中ですが、400席ほどの小さなホールですし、目線の高さがピアノのふたくらいなんでペダリングがよく見えました。勝手がわからないんで早めに出かけたこともあって体が涼しくなってきた頃に始まりました。プログラムは「2つのアラベスク」、「ベルガマスク組曲」、「子どもの領分」で休憩をはさみ、「映像(イマージュ)」第1集と第2集でした。前半を聴きながら、先日のアンコールで感じたようにこの人はドビュッシーがとても好きで、よく弾いているんだろうなって思いました。それは粒立ちよく、鮮やかな音で聞かせてくれるということなんですが、狎れすぎて時折形が崩れてしまうような場面もありました。自分の個性を出そうと勢い込むとタッチやペダルが無造作になるようなところが見られます。リーフレットを見ると今年大学に入ったばかりだからそういうことを言うのは酷なのかもしれませんが、入場料は一人前の値段ですから容赦する必要はないでしょう。

 いや、楽譜に書かれたことを音にするという意味ではほぼ問題はないんだと思います。テクニック的には例えば前半の終曲の「ゴリウォッグのケークウォーク」のようなあくのあるリズムを強い打鍵のまままとめ上げる力は大したものかもしれません。でもねー、なんかねー、ぼくはこういうドビュッシーを期待してここまで来たんじゃないんだよって気がしてしまいます。ドビュッシーって海なんだよ、いくらざぶんざぶん波が立っていたって潮の香りがしないと海じゃないんだよ。……

 休憩後は少しよくなったような気がします。ここでもやはり「水に映る影」と「運動」がよかったようです。ちょっと余談ですが、“Reflets dans l'eau”ってどう訳すのがいいんでしょうね。「水の反映」の方が直訳に近いですけど、意味不明なような。影っていうと何が映ってるのかなって思うし。私は曲を聴いてて思うのはモネの「睡蓮」の睡蓮抜きじゃないかなってw。池の水面が陽の光を受けてきらきらゆらゆらしてるような感じ。すると水のきらめき?水のゆらめき?その辺は演奏次第で、ミケランジェリならゆらめき、辻井さんならきらめきってところかな。どっちにしてもオノマトペ由来の言葉が合いそうな曲だと思いますけど。

 で、逆に「そして、月は荒れた寺に沈む」のような意味ありげで手の込んだ曲、サティらが攻撃したドビュッシーのスノビズムがタイトルにも曲にもしみわたった曲は彼にはこなしきれなくて、不得要領でした。

 さて、アンコールは何かなって思っていたら自作の曲を弾きますとのこと。いかにも幼いしゃべり方で曲想を得た時のことを話してくれますが、演奏が始まったとたん「こりゃダメだ」と思いました。一時期話題になった有名作家のご子息の音楽のような感じ。私はあのCDを親戚の家で聞かされて「いい曲よね」って言われて、そう思えるのはある意味幸せかなと思いながら「はあ」としか答えられなかった人間ですが、それと同じ幼稚な曲でした。きらびやかな左手のアルペジオと右手の鼻歌みたいなメロディは彼の優れたテクニックと未熟な精神を表わしたものと言わざるをえません。クラシック以前、ポップス未満みたいな曲によけいなプロフィールやエピソードをくっつけて「商品」にするのは困ったものです。アンコールは2曲あって、両側にたくさんの人がいなければ1曲目でさっさと帰ったんですが、2曲目の序奏はびっくりするほどピアニスティックな意味深さを湛えていました。それがメロディが始まったら、また元の木阿弥。……彼についてはやっぱり聴くのが5年ほど早かったのかなって思います。

 リサイタルが終わってからすぐに外に出てもまだまだ暑いので、併設されている印刷博物館を見ました。1階は無料で見れるスペースで本の製造過程を示したものですが、300円払えば地下の本格的な展示が見れるのでお勧めです。これまた最近のミュージアムらしく展示に工夫が凝らされていて、アントワープのプランタン=モレトゥス博物館をヴァーチャル体験するシアターもあったりします。でも、様々な印刷機なんかが並ぶ中で私が見入ったのはマヤ文明の象形文字の石碑とネイティヴ・アメリカンの描いた線画のレプリカでした。前者は以前に新大陸の古代文明の本を読んだ時に見たことがあるし、後者はナスカの地上絵に似たものですが、実物大で見ると彼らの持っていたイメージの強さが伝わってくるようでした。

 博物館の中は展示物の保護のためとかで寒いくらいで、ジャンパーを貸してくれます。観客は少ないのにそれを着た係りのおねえさん(元を含むw)がやたらいっぱいいて、ここは親会社の人材の博物館でもあるのかなって思いました。


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なんかいろんなものがあるサイトです。



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4 コメント

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ほおお… (ぽけっと)
2007-08-09 00:35:41
そんなに若者だったのですか!ビジュアル的にはどんなもんでしょう、ワクワク…

ドビュッシーは自分の思い込みが激しいのか、なかなか「あ、それよ、それそれ…」と思う演奏には巡り合えないです。
“Reflets dans l'eau”は「移ろいゆく気まぐれな水面(みなも)」って感じ?(全然訳になってませんねw)

トッパンホールは私も近々行く予定で、いろんな最寄りの駅があるところを見ると、どこからも遠いんだろうな、と今から迷わず行けるか心配しています。
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まあその (夢のもつれ)
2007-08-09 10:48:15
ヴィジュアル的にはあまり期待しない方がいいと思います。……ちょっとアキバ系っぽいようなw

ドビュッシーの十分満足いく演奏って少ないような気がしますね。単品だとよくても曲集だとあっちを立てればこっちが立たずみたいな。かといってこれをミケランジェリで、あれをフランソワでって聴き方も違うような気がするし。

「移ろいゆく」っていいかも。同じところでゆらきらしてるんじゃないけど、流れていくわけでもないって感じです。

トッパンホールは行きは江戸川橋で帰りは飯田橋だったんですが、どっちも同じくらいで、首都高に沿って行けばいいので簡単です。駅を出たときにどっちに行くか間違えなければw。
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…というわけで (ぽけっと)
2007-08-24 23:52:15
私もトッパンホールに行ってきました。
2台と4手のピアノアンサンブルで演奏はよかったんですが、あのホールはピアノはよくないかも…
響きがほんわかしてなくて、ひいひいって感じですね。
ドビュッシーなんかには特に厳しいだろうなあ…
一緒に行った友人はピアノ(楽器)がよくない、調律も悪い、てぶつぶつ言ってました。

辻井さん、以前TVで見たことあるのを思い出しました。
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なるほど…… (夢のもつれ)
2007-08-27 17:37:50
ピアノ向けじゃないんですか。って、小ホールでピアノがダメでどうするんじゃ!って感じですね。

あそこのピアノも問題があるんじゃないかっていうのも納得するものがありますね。
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