アメリカ口語、俗語にChowという「飯」を意味することばがある。語源は、中国語CHOWから来たことは、確かだが、それ以上のことは分からない、と記載されている(「アメリカ口語辞典』朝日出版社、1983年)。「岩波英和辞典」にも、採録され、英語では「中国犬」、米語では俗語として「食料、食事」とある。Chow-chowは、中華風のごった煮、炒め物、とある。チャウダーという料理名の語源にもつながる。
そこで、一音節でCHOWに相当する漢字を探したが、Chには、母音のiが付帯するので、ChとOWとを2音節に分化すると、「喫」という動詞は、音は[chi]だと分かる。意味は「食べる」とか、「吸う」を意味する。すると、OWに当たる漢字を探せばよい。英語の発音では、OWは〔au] であるから、「熬」という文字が思いつく。今の漢語共通語では、発音記号は〔ao] である。「熬」の意味は「糧食を水に入れ、煮て糊のようになったもの」と、『現代漢語』辞典にはある。漢語では、iとは、複合母音となり、[ya] となる。だから、チャウという音で、米語が聞き取られるのと一致する。日本語では、雑炊を吸うように喉に流し込む、という感じて説明できる。我が家では、妻のつくる「おじあ」にあたる。
答えとしては、「喫熬」という漢字の表記に語源があると仮定できる。これは、カルホルニアでの金鉱の発見で、ゴールドラッシュで一攫千金を夢見た中国人が、「苦力」を雇用し、採掘した時代に西部開拓地で始まったようだ。さらに、中国人「苦力」は、アメリカ大陸横断鉄道の線路の敷設に従事した。この言葉が、アメリカの軍隊の兵士の用語となり、さらには、兵士が大学に進学するに及んで、大学の学食を表す言葉に転じていったようだ。
ともあれ、中国人とアメリカの歴史の、特に太平洋を繋ぐ米中関係は、日本人が嫉妬に値する「特殊な歴史的な関係」がそこにある。孫文の革命も、アメリカの沿岸警備隊で働いた経験のある宋嘉樹が、牧師となり上海で、漢文訳の聖書を出版する事業から大きく飛躍する。孫文は上海のアメリカ人のクリスチャンの社会の一員であった。chowが、太平洋を横断して、アメリカの開拓精神が、上海に持ち込まれてきた、といえる。宋嘉樹の肖像写真には、Chow-chowという中国犬にそっくりな一枚がある。
日本人は、アメリカと中国人との付き合いの深さを知っておかなばならない。中国の社会主義は、アメリカ発、日本経由、上海へ上陸という流れがある。あるレベル以上の人文・社会学者は、英語(米語)+漢語(中国語)+日本語の3種の言語でモノを考える習慣を身につけたいものだ。