2011年11月23日 県民大会声明

2011年11月24日 | 掲示板
育鵬社公民教科書採択を許さず、「9月8日八重山
全教育委員協議」の決定を認めさせる声明


 教科書は授業の主たる教材であり、教育内容の柱であることは言うまでもありません。教科書に関わる編集・検定・採択は、子ども・保護者・教育関係者の願いを当然尊重すべきです。今回の八重山地区教科書採択問題は、八重山の子どもたちや学校は全く蚊帳の外に置かれ、政治的な思惑で終始進行していると言っても過言ではありません。私たちは、このことにより教育行政・学校教育の信頼が大きく揺らいでいることを強く憂慮しています。
 そもそも「育鵬社」は特定の政治集団によってつくられた出版社であり、偏狭なナショナリズムに色濃く染められています。歴史教科書では太平洋戦争を「大東亜戦争」とし、沖縄戦での「集団自決」記述でも、旧日本軍の強制・誘導の事実を完全に否定しています。公民教科書では大日本帝国憲法を高く評価し、現憲法はGHQによる押し付け憲法だとし、憲法改悪を誘導するような内容になっています。また現在の沖縄の抱える米軍基地の記述はほとんどなく、表紙の日本地図から沖縄県だけが消されている屈辱的な写真が掲載されています。このように事実をねじ曲げ偏向した教科書が子どもたちの手に渡ることは、沖縄県民の住民感情としても断じて許せることではありません。
 8月23日の八重山地区採択協議会では「育鵬社」との答申が出され、その後の3市町教育委員会において、石垣市・与那国町は「育鵬社」、竹富町は「東京書籍」と採択決定が分かれました。
 教科書無償措置法において、同一採択区は同一教科書を決定しなければならないとされているため、文部科学省と調整し県教育委員会の指導・助言のもと、3教育委員会が協議を行い、「9月8日全教育委員協議」において、「東京書籍」に決定した経過があります。その後、3市町教育委員会の話し合いは折り合わず、文部科学省の認識と判断のブレもあり現在に至っています。しかし、この間の経過を冷静にみれば、教科書採択の最終的な決定は、「9月8日全教育委員協議」の「東京書籍」にあると言えます。
 文部科学省は沖縄県教育委員会に11月中の報告を求め、一致に至らない場合は、石垣市・与那国町は「育鵬社」で無償、竹富町は「東京書籍」で有償との見解も示しています。地元八重山3市町が一致に向けて努力している段階で、文部科学大臣の発言は不当な介入であり、明らかに憲法26条の「義務教育の無償」の原則に背くものであると考えます。
 私たちは八重山郡民・沖縄県民・子どもたち・保護者・教職員の民意をふまえ、文部科学大臣の「竹富町有償発言」を撤回させ、「9月8日八重山全教育委員協議」決定を認めることを強く求めます。

文部科学省
沖縄県教育委員会
石垣市教育委員会
竹富町教育委員会
与那国町教育委員会 
沖縄県議会      宛

         2011年11月23日
         9月8日八重山全教育委員協議の決定を認めさせる県民集会

琉球新報コラム 「未来へいっぽにほ」 2011年9月

2011年09月17日 | 掲示板

⑤ 支えられて育つ

 アメラジアンスクールは多くの方に支えられて成り立っている。分かりやすいのは生徒と直接かかわるボランティアの方々や、寄付をくださる方々の支援だ。県による日本語教員の派遣や、宜野湾市による建物の貸与をはじめ自治体からの支援にも、本当に感謝している。
 
それに加えて昨年から、生徒が空港で職場体験をする機会にも恵まれている。この取り組みは、ボランティアとしてスクールに関わるJALスカイ那覇の社員の方の提案で始まった。同社は空港の地上業務に関わっており、職場体験では中学生クラスの生徒が国際線乗り継ぎカウンターに入り、荷物を運び、日本語または英語で実際に接客させてもらう。
 
普段、日本語と英語を勉強していても、生徒たちはその両方を用いた仕事をイメージできているわけではない。そもそも、地域で大人と接することが少ない生徒たちにとっては、働くということのイメージすら持ちにくい。そんな生徒たちにとって、この職場体験はとても貴重な機会になる。
 
最初は緊張していた生徒たちも、社員のサポートで徐々に自信を持って日本語と英語を使ってお客さんと話をするようになる。荷物の代わりに自分がベルトコンベアーで流されそうになった生徒は、終わった時には胸を張って荷物の運び方のコツを友逹に話していた。日米両言語を使う仕事の現場を直接体験できたことは生徒にとって具体的な目標を持つきっかけになった。
 
小さな学校の教師である私にできることには限界がある。周囲の大人たちに関わってもらうことで生徒もさまざまな体験ができ、自分の持っている多様な可能性に気付くことができる。これからも、そうやって多くの方々と一緒にアメラジアンスクールの教育をつくっていきたい。 (2011年9月9日)
 

琉球新報コラム 「未来へいっぽ にほ」  2011年8月

2011年08月15日 | 掲示板
④ 双方の視点で考える

 アメラジアンスクールは英語教育の場所と勘違いされることがある。確かにアメラジアンの子どもたちが自分らしく生きるために、日米両方の言語を習得することは必要だ。だが、それだけでいいのか分からなかった。
 答えが少し見えたのは、数年間前に始めた「ジョイントクラス」を通してだった。このクラスは、それまで別々に授業をしていた日米の教員が協力して行う授業だ。
 小学校低学年クラスでは、日米の教員が豚になるところから授業が始まる。
「ブーブー」「オインクオインク」。
子どもも大喜びで声に出す。そしてつぶやく。「先生。何で動物の声は同じなのに日本とアメリカで言い方が違うの?」
 中学生クラスでは、日米の教員がそれぞれの歴史教科書を使って太平洋戦争について説明した後、生徒が両方の教科書を見比べて話し合う。
 生徒「原爆で亡くなった人の数が日米の教科書で違っているよ」
 私「本当だね。同じ出来事でも説明が違うね。アメリカの教科書では、沖縄戦の犠牲者数は硫黄島の犠牲者数と一緒に書かれているよ。ちょっとひどいんじゃない?」
 生徒「だけど日本の教科書には真珠湾攻撃でどれだけのアメリカ人が亡くなったか一言も書いていないよ。もっとひどいんじゃない?」
 日米両方の視点で学ぶ子どもたちの口からは、簡単に答えが出ない問いが飛び出てくる。それを一緒に考えていこうとする場所を作ること、それこそが、子どもたちの将来にとって必要だと思う。
 設備や予算は十分にあるとは言えないが、他にはない豊かさがある。そう信じられるから、ここでの仕事はやめられない。 (2011年 8月12日)

琉球新報コラム「未来へいっぽにほ」 2011年5月・6月・7月

2011年07月15日 | 掲示板
頭の中の4つのスペース      
                 
 「スクールでは、アメラジアンの子どものために日米両方の言語・文化を教える『ダブルの教育』をしています」
 そうやってスクールを紹介すると、たいていは「そんなことできるの?」という反応が返ってくる。確かに、私たち大人の考えや経験からするとそうだろう。
 実際、私もスクールで英語を使うが、今でもうまいとは言えない。「今日の授業は全部英語で説明するぞ・・・」と意気込んでも、最後には「サウンド(音)はエアー(空気)のバイブレーション(振動)でさ・・」となってしまう。生徒からは「先生、ルー大柴みたい」と言われて、苦笑いしてしまう毎日だ。
 だが、子どもたちは普段から相手や状況に応じてスラスラと日本語と英語を使い分けて話している。むしろ、そうやって言語を切り替えるのを楽しんでいるようにも見える。
 先日、ある小学生の子に「頭の中で混乱しないの?」と聞いてみた。すると、その子は「私の頭には4つのスペースがあるの」と答えてくれた。「私の頭の中には、日本語、英語、イギリス英語、そしてウチナーグチのスペースがある」とのこと。そして、聞こえた言葉は瞬間的にそのどこかに入るので、その言葉で反応して話せるのだと言う。
 沖縄に来て11年たってもウチナーグチのスペースができない私の頭では想像もつかないが、自在に言葉を操るその子を見ていると本当のような気もしてくる。子どもは大人の思う「当たり前」だけでは考えられない力を持っているようだ。
 そんな子どもたちと接していると、毎日多くの驚きや発見、そして大変さがある。同時に、何ものにも代えがたい面白さとやりがいがある。次回からはそうしたスクールでの日々の一端を紹介していきたい。
(2011.5.20)

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②  忘れられない失敗 

 アメラジアンスクールで働き始めてからこれまで、数多くの失敗を積み重ねてきた。その中でも忘れられない失敗を一つ紹介したい。
 働き始めた当初、私は生徒に自己紹介をするとき、必ずと言っていいほど「僕はみんなに日本語を教えるから、英語ができるみんなは僕に英語を教えてよ」と軽い気持ちで言っていた。
 だがある日を境に、私はその自己紹介をやめた。それはある中学生に「先生、何で日本の人たちは、私たちハーフの子どもはみんな英語ができると思っているの?」と言われたからである。
 つい最近まで公立学校に通っていたというその生徒は泣きそうになりながらさらに続けた。「他の子とおんなじように学校に行ってるだけで、英語なんてできるはずがないのに・・・。だいたい他の子はそんなこと聞かれないよね。けど私にはそれを聞くのは何で?」
 おそらく、その子に対する周囲の期待は悪意から来るものではない。むしろ「英語ができる=かっこいい」という気持ちから発した期待だろう。
 しかし、いずれにせよ「英語ができそうな」外見のその子は「英語ができる?」と聞かれるたびに「英語ができない自分」と向き合わざるを得なかった。そして、それがきっかけでアメラジアンスクールに通うことになったという。私のような「日本の人」が英語を学ぶことと、アメラジアンである彼らが英語を学ぶこと。それは似ているようだがやっぱり違う意味があるかも・・・と気づかされた失敗だった。
 以来私は「人の外見と使用言語は一致しない」ことを生徒に気づかせるためいろいろな言語で自己紹介をしようとした。だが語学は付け焼き刃ではできない。結果的に、それも失敗の一つとなってしまった。
(2011.6.27)

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③  普通って何? 

スクールでは昨年度、中学生クラスの授業の一環として、生徒が自分たちで映像作品を作る「ビデオプロジェクト」を行った。これまで「撮られる」ことが多かった生徒たちは、プロのカメラマンのサポートやトヨタ財団の助成に支えられながら、自らカメラを回し、生き生きと作品を作っていった。そして、その過程では多くのドラマが生まれた。
 授業の終盤、映像作品を用いて他校との交流を行う準備をしていた時、生徒たちは「この作品を通して、私たちがみんなと同じ普通の人であることを知ってほしい」と書いた。しかし、私も含めたスタッフはそれに違和感を持った。
 翌週の授業で生徒たちに率直に「本当にみんなが目指しているのは普通なの? そもそも普通って何なの?」と聞いてみた。すると次の授業で生徒たちは開口一番「普通じゃダメなの?」と言ってきた。それをきっかけにまた話し合った。
 
 話していて分かったことは二つあった。まず、生徒たちが想像以上に周囲から「違う」存在として見られており、そのことがプレッシャーになっていること。そしてもう一つは教師(私)が彼らの多様性を考慮せず、無意識のうちに「普通」の子と比べて評価しようとしていたことである。
 ある生徒が「地球上に同じ人はいないよね。だからみんな違うのが普通なんだよ」とつぶやいた。「私たちがみんなと同じように普通」ではなく「みんなが私たちと同じように多様であり、それが普通」である。映像作品が持つメッセージが大きく変わった瞬間だった。
 生徒には内緒だが、私は今も時々誰もいない教室で完成した作品を鑑賞している。そして、作る過程のいろいろなドラマを思い出しながら一人でニヤニヤしている。
(2011.7.15)


7.10 集会アピール

2011年07月11日 | 掲示板
            7.10集会アピール

 2011年4月21日,最高裁判所(白木勇裁判長)は、「大江・岩波沖縄戦裁判」の元隊
長による上告および上告受理の申し立てを受理しないとの決定を下しました。これによ
り大江氏と岩波書店の勝訴が確定しました。
 この裁判では,沖縄戦当時に慶良間諸島で起こつた住民の「集団自決」は, 日本軍の
自決を強要する命令によるものか,否かが最大の争点となつていました。
 そして一審判決は,「(軍の命令が出されたという)事実を真実とする相当な理由があ
つた」と判示し,二審判決は,一審判決から更に踏み込み「日本軍の強制ないし命令と
評価する見解もありうる」と判示して,元隊長の主張を退けました。今回,最高裁判所
は,それらの判決を支持する決定を下したのです。
 この裁判を勝利へ導く大きな力となつたのは,命を削るような思いで沖縄戦体験者が
語つた証言,陳述書等であり,体験者の証言の積み重ねによって,その証言の客観性を
高めることを追求してきた沖縄戦研究の成果の反映でもあつたともいえるでしょう。
 またこの裁判は,沖縄戦の真実を歪曲し,「集団自決」を殉国美談に仕立て上げようと
する人々の支援と沖縄戦教科書記述の書き換えを狙う運動と直結した極めて政治的なも
のであり,そのことが2007年の高校歴史教科書の検定意見をめぐる問題によって明らか
になりました。
 2007年3月,この裁判が「係争中」であるとの理由で,高校歴史教科書の「集団自
決」の記述にかかる「軍命」を削除する教科書検定意見が出されたことが大きく報道さ
れました。その後,沖縄県民の検定意見撤回を求める声が高まり,2007年9月29日に
開催された「教科書検定意見撤回」県民大会に見られるように「沖縄戦の実相を歪めて
はならない」と,その体験を継承しようとする意識が多くの県民に広がり,体験者が重
い口を開いて戦争体験を語り,島ぐるみの教科書検定意見の撤回を求める大きな運動ヘ
と発展しました。また,教科書検定意見撤回を求める要請書を採択する県外の自治体も
出る等,検定意見撤回を求める声は全国的な広がりも見せました。
 今回の最高裁判所の決定により,元隊長の全面敗訴が確定し,教科書検定意見の「係
争中」との理由も消滅し,教科書検定意見が誤りであったことがはっきりしました。 し
かし,未だ文部科学省は,「私人の論争なので司法が下した判断についてコメントする立
場にはない」と開き直り,県民の教科書検定意見の撤回を求める声に全く応じようとは
しません。
 わたしたちは,最高裁判所における勝訴判決をうけて、文部科学省に対し,2006年度
教科書検定意見の撤回を求める取り組みを続けます。
 教科書に沖縄戦研究の成果を反映してもらうよう,教科書執筆者,教科書会社への要
請等に積極的に取り組みます。
 今後行われる教科書検定についても,沖縄戦研究の成果が反映されよう働きかけると
同時に,沖縄戦の実相を正しく伝えるためのあらゆる取り組みに積極的に関わることを
決意します。

                        2011年7月10日
               大江岩波書店沖縄戦裁判勝利報告集会参加者一同