それは
ある日突然。
昨日まで、人がいなかったところに、人がいる。
遠目で気付いた彼は、その者を見る。
あたりを見る。
東一族の大きな屋敷の庭。
宗主家系や高位家系の者が住むところ。
けれども、その者は、見るからに旧ぼけた服を着ている。
ああ。新しい使用人か。
彼はそう思って、その者を見る。
その者は、庭で豆をむいている。
まだ、彼の存在に気付いていない。
さあ。
どうやって表へ出ようか。
彼は考える。
人に姿を見られるのが、あまり好きではない。
出来れば、その者に気付かれないよう、ここを通り抜けたい。
しばらく、彼はその者を見続ける。
その者は、ただ、豆をむき続ける。
横には、大量の豆。
当分、終わらないだろう。
彼は、空を見る。
日は、まだ高い。
と
その者の手から、豆がこぼれる。
作業を急いでいたのか。
その勢いで豆は、彼の方へと転がってくる。
彼は、その場に立ったまま、……首を傾げる。
その者は、転がった豆を探している。
――手探りで。
豆を見つけることが出来ない。
当たり前だ。
豆は遠く、
彼の足下まで、転がってきているのだから。
けれども、
その者は、自身の近くで手探りしている。
ああ。そうか。
彼は、豆を拾う。
その者に近寄る。
足音がしないように。
その者の近くに、豆を置く。
そのまま、その場を通り過ぎる。
少し進んで、彼は振り返る。
その者はなくした豆を見つけ、微笑んでいる。
……彼に、気付くことなく。
当然だ。
目が、見えないのだから。
また次の日も、
同じ場所にその者がいる。
豆をむいている。
彼は、あたりを見て、足音を立てないように、その場を通り過ぎる。
また次の日も。
そのまた、次の日も。
その者はただ、ひとり。
豆をむいている。
しばらくして、
雨が降り
彼は、いつもの者がいる場所をのぞく。
そこには、誰もいない。
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