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「成院と患者」7

2019年06月21日 | T.B.2002年


 数日間。
 彼女は、せっせと刺繍をする。

 その刺繍が終われば、
 衣装が完成すれば、
 自分は、殺されてしまうのに。

 彼女は、休まず刺繍を続ける。

 たまに、彼女は突然立ち上がると、隣の部屋へと行く。
 おそらく、吐いているのだ。

 病が、発症しはじめているのだろうか。

 出来れば、彼女が刺繍をしている衣装の、完成を待ってやりたい。

 けれども

 もう、時間がない。

 彼女は、顔を上げ、目をつむる。
 手を止める。

 真っ青な顔。

「気持ち悪い?」
 彼の言葉に、彼女は首を振る。
「……いえ」
 彼女は、目を開こうとする。
 刺繍を続けようとする。

 その動きは、前より、遅い。

 もう、だめだ……。

 彼は、息を吐く。

 これ以上、だめだと、彼女に云わなければならない。
 はっきりと、
 これから何をするのか、伝えなければならない。

「……聞いてほしいんだ」

 彼女は、ゆっくりと、彼を見る。

「君は……」

 彼は、彼女と目を合わせられないまま、云う。

「……流行病かもしれない」
「え……?」
「君は知らないかもしれないけれど、数年前に東一族で流行ったんだ」
「…………」
「眠るように死んでしまう病気でさ」
 彼が云う。
「思いの外、周りに感染するんだ」
「……感染」
「予防薬はやっと出来たんだけど、治療薬はまだ出来ていなくて」
「…………」
「だから、その病を広げないためにも」

 彼は、荷物から、薬を取り出す。
 彼女に、その薬を見せる。

 彼女は、その薬を見る。

 彼の手は、震えている。

「俺は、君に、……この薬を投与しなければならない」
「……それは」
 彼女が云う。

「人を殺す、……薬なのですね」

 彼は答えない。

 代わりに、

「すまない」
 そう、彼は謝る。
「東一族に、その病を広げるわけにはいかない」

「……医師様」

 彼女が云う。

「それを投与するように云ったのは、次男様、ですか」

 彼女は、次期宗主のことを、口にする。

 彼は、思わず、彼女を見る。
 彼女が云う。
「医師様は、きっと、違うお話を聞いてきたのだと思います」
「……え?」

「私は、……流行病ではありません」




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