「杏子、入るわね!」
扉を開けて、沢子が家の中へと入ってくる。
「沢子」
「ほら、布を持って来たわ」
「ありがとう」
沢子は、子どもを見る。
「あら、おとなしく起きているわ」
「ええ」
杏子が云う。
「お腹がいっぱいなのね」
「抱いてもいい?」
「もちろん」
杏子は、受け取った布をしまう。
台所へ行き、お茶を運んでくる。
「ああ、真都葉。かわいいわね」
沢子が云う。
「早く、目が見えるようになるといいわねー」
「そうね」
「笑っているみたい」
杏子はお茶を淹れる。
「沢子、よかったら」
「ありがとう」
沢子は、真都葉を抱いたまま、椅子に腰かける。
「本当におとなしいわねー」
「今だけよ」
「泣くの?」
「しょっちゅうね」
「どっち似ているかしら」
沢子は杏子を見る。
「杏子かな?」
「寝顔は圭かしら」
杏子は笑う。
真都葉を受け取り、抱く。
沢子はお茶を飲む。
しばらく、たわいもない話をする。
「あら、こんな時間」
沢子は外を見る。
いつのまにか
真都葉は杏子の腕の中で眠っている。
「長居しちゃったわ」
「いいのよ」
「また来るわね」
「ええ」
沢子は立ち上がり、真都葉の頭をなでる。
「じゃあ、また」
沢子は荷物を抱え、家を後にする。
杏子は、真都葉を寝かせる。
部屋を見渡す。
少しずつ、家の中を片付けているのだ。
ここは、人の家。
あくまでも、留守の家。
けれども、おそらく、この家の住人は戻ってこない。
そう、云っていた。
ひとりを、
圭を、のぞいては。
杏子は再度、真都葉を見る。
片付けをはじめる。
住人の物は、ほとんどない。
部屋の隅の埃を払う。
沢子が運んできてくれるいろんな布を縫い合わせ、
カーテンやクロスを作る。
真都葉が泣きだすと、その世話をする。
そんな日々の繰り返しに
少しずつ
慣れてきている。
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