碧空の下で

人生の第四コーナーをまわって

チェンマイは蒸し暑い

2016-09-04 12:21:21 | 日記風雑感
飛行機からチェンマイを見下ろすと、緑の多いのが判ります。ほっといても木々はすぐ大きくなるような感じですが、やはり雨季がないと植物は成長しないようで、隣の空き地に植えていたバナナの木が雨季になって大きな葉を広げて、倍ぐらいの大きさに成長しております。あと1年もすると立派なバナナの実ができそうな具合です。






豊饒なる熱帯のめぐみは果物に限らず、ワシらに知的なめぐみを与えてくれることもあります。今では1930年にブラジルへ渡ったクロード・レヴィ・ストロースの著書『悲しき熱帯』によって、未開人社会と言われるインディオの社会も西洋の先進近代国家も基本的には同じであるということが認識されて、サルトルの実存主義との論争において、西洋社会の<熱帯>を見る目が変わってきたと思うのですが、(実はこの『悲しき熱帯』をまだ読んでいない)西洋社会の価値観で判断すれば、どうしようもないほどの、遅れた社会構造をもつアフリカは実は先進的と言われる西洋の社会が見失ったものを持ち続けている社会であって、自然と人とのかかわり方においての豊かさや、人々の関係性においても、西洋ではすでに見失ってしまったものを今も残している。このような人類の始原性を一方的に西洋の価値観で断罪するような思考は、思想は、もはや近代の枠の中でどうにもならなくなっていくだろうと言ったのは、今は亡き吉本隆明でした。<始原性>と<未来性>を同時に常に射程に入れて考えなければ、思想としては役に立たなくなるぞというのです。例えば、仏教を通じて、動物的な領域ともいっていい始原に降りようとしたオウム真理教のような思想に一定の評価するわけです。一方で彼は原発に反対するのは間違っているというのです。この反・反原発の意見について高橋源一郎は吉本を原発の安全性に関する間違いがあったと批判する感想を述べておりますが、3.11以後のことについては吉本はすでに鬼籍に入っておりどのように考えたかはわかりません。話を戻して<始原性>と<未来性>の視点をもつという意見は吉本の戦中、戦後の体験から生まれたと思う、国家と個人の関係、近代思想と日本人の関係あるいは大衆と知識人の関係を根本から徹底的に考えなければ徹底した軍国主義者であった自分が間違った意味を無にしてしまうという、強烈な自己確立の意思が作用したはずです。そこを原点として、戦後の吉本の思想的な活動が始まっていくわけですが、このような肉体性を持った言語、思想と言うものは、ワシらを魅了したのは確かです。そのスタイルは「あしたのジョー」だった。彼がワシらに残したものは何かというとまずそのスタイルが強烈に思い浮かぶわけです。

 『吉本隆明が僕たちに遺したもの』より
吉本の「世界との直取引性」とそのことの別のあらわれである「先端と始原の二方向性」という特徴。
「歴史というのは、西洋近代にのみ向かっていくのではなくて、固有の場所から普遍的な未来に向かっていると考えるべきでは・・・歴史の概念がいまでも成り立つロすれば、未来への何かに向かっていることへの追求と、「アフリカ的段階」が人類の原型であることを掘り下げることが同じである場所なんですね」この「アフリカ的段階」とは西洋近代の世界史の考え方からは野蛮で未開で問題にならない「旧世界」として切り捨てられている人類史上の一段階だが、いったんその見方を離れれば、そこで人々が「西洋近代と深く異質の仕方で自然物や人間をしみ通るように理解し、自然もまた言葉を発する生き生きとした存在として扱っている豊かな世界」として現れてくる。現在でいえば、「アメリカのインディオやアフリカの先住民、また日本のアイヌ民族や沖縄の人たちの中に」色濃く痕跡をとどめている世界の生のありようで、それを「段階」という考え方でそろえると「前アジア的」つまり「アフリカ的」段階として普遍化できないかと考えています。段階というのは現在の歴史の中に重層的に存在しうると考えられています。歴史とはこれを「誰にも納得できるように言えば、もともとある現在の瞬間に世界中のすべての人間が、何を考え、どんな行為をしているか、その総和を意味している」公共的なこと、何か意味あることだけをピックアップして以下は足切りにして、現在の世界史は成り立っているがそういうものは、そもそも歴史ではないんだと考えられています。歴史は外から見ると外在史(文明史)として現れるが、内から見ると内在史(精神史)として現れてくる。そこで、両方から見る、重層性として「史観を拡張」してみなければならないのではないか。というのが吉本の考えです、別にいえば外在史の観点から内在史を断罪しない。近代的倫理から悪を断罪するのではなく、悪の行為のうちに、近代的倫理を相対化するような内在性があると認められる場合は足場の近代的倫理をいったん相対化する必要があるんだというのです。そのうえで、「その矛盾をうめないと、今後の超現代的な文明史や社会史を考えることはできない」のではないかというのです。オウム真理教というのは、人間精神の始原の内在史の、動物と人間が自然まみれでともに生きているような段階の生の噴出なんだという直観が吉本にはあるのでしょう。
近代とは1メートルの棒のようなものに過ぎない線分に過ぎない。それを未来の方向へ伸ばしていくなら、近代の価値観(自由平等博愛)の先まで行かなくては、世界の未来は拓けないのではないかという直観があり、その近代的な限界を突破するには、それを未来方向だけではなくて、始原方向にも伸ばしていかなければならない、未来と始原への二方向同時突破の考えでなければダメだろうという直観が通底している

話は長くなるのでやめますが、このような観点は確かに近代の呪縛の拘束から解放されるブレークスルーであるかもしれません。近代の呪縛という言葉を使いましたが、近代はマルクス主義とファシズムを同時に生んだわけですが、人類解放の理論と言われたマルクス主義はもはや抑圧の理論として現実に機能してしまっている。その原因を問うことは単に政治的な党派性やましてや国家主義者や民族主義者のプロパガンダに乗る次元ではなく、思想の根本を近代とはなんであったかと問うことにつながっていくことではないでしょうか。 そういう意味では、吉本の観点は有効性があると思う次第です。

内なる歴史という内在史(精神史)と外在史(文明史)の総体なんかわかるわけないとマルクスはいうでしょう。が、ごもっともと言ってしまっていいものかというのが、問題提起の一つとしてあるのですが。マルクスは上部構造は下部構造に規定されると言って、下部構造(経済)の分析によって世界を解明して見せたのですが、その有効性が射程距離がどこまであるのかという議論になると不毛ではないかなとワシは思っている。まず上部構造下部構造と言うのは便宜的な分け方であり理論上の仮設であって、マルクスの天才を示すロジックであるのですが、そこから疑っても何も出てこない気がします。疑うなら近代から疑ってかからないとと思います。掘り下げるなら<アフリカの段階>から考えに入れないとだめだという意味がが、すこしわかってきたわけです。





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