
前回は「鉱石ラジオ」で大人に勝った話でしたがこれには後日談があります。イヤホンでしか聞けない鉱石ラジオに疑いを挟む「ひねくれ者」がいます。「坊ちゃん!(当時、親父の会社はまだ健在だったのでこう呼ばれていました)本当に台風は北に進んでいるのかい?」「・・・!」時々ガムを呉れる古参の社員(実体は土方頭ですが)です。まあ、日頃の言動から疑われるのは当然かもしれませんが、「3センチの虫にも1.5センチの根性」です。この日からこの「ひねくれ者」を黙らせる戦いが始まります。
当時は真空管が3個の「並三」と呼ばれた酷い音のラジオが主流でした。放送局も心得たもので、「三つの歌」のように音楽は二の次で出場者のばかばかしさを楽しむようになっていました。ひねくれ者を黙らせるには普通のラジオではダメです。親類の電気屋が雑誌を呉れました。「ラジオ技術」と言う大人向けの雑誌です。ここに夢のラジオ「五球スーパーヘテロダイン」と言う最高級ラジオが出ていました。完成品は目の飛び出るほどの値段です。修理に持ち込む客から使える部品を「確保」するしかありません。電気屋の「協力」で部品が揃うのに1年半かかりました(木村さん、ありがとう!)。それでも「真空管」だけは買わなければなりません。かなりの値段ですが、少し前に1メートル以上もある巨大な「水出しコーヒー装置」を買って夫婦仲が悪くなっていた親父は案外簡単に金を出して呉れました。「出来なかったら木村に返すからな!」とプレッシャーをかけるのを忘れません。
今思えば無謀な話で、大人向けの雑誌記事と配線図を見ながら最高級ラジオを組み立てるのは小学4年生です。部品の「二連バリコン」「IFT」「トランス」「電解コンデンサー」はガキの挑戦をあざ笑うかのように巨大です。ハンダで松脂の焼ける匂いにまみれて何とか配線し終えたのは3週間後です。周りに誰もいないことを確認して、むき出しのシャーシに真空管を差し込んで恐る恐る電源スイッチを回します。暫くすると真空管がボーッと光り始めます。しかしダイナミック・スピーカーから出てくるのは「ブーン」と言うハム音だけです。半分は予測していたことなので、もう一度配線をチェックします。漢字の多い記事は読めないので配線図だけが頼りです。ハンダ付けをやり直したり、抵抗器を入替えてみたり、そのうちシャーシの内部は飛び散った松脂でベトベトになりました。悪戦苦闘すること約1ヶ月、何度やっても駄目です。小学生で「配線図」の夢を見たのは自分くらいでしょう。親父に知れるので電気屋に持ち込むことは出来ません。部品は動作確認済みなので原因は他にあります。更に数週間過ぎたとき、妙なことに気づきました。ある部分を触ると音が変化するのです。結論から言うと「アースの取り回し」を間違えていたのです。記事が読めないガキの悲しさでした。
こうして原因を特定して望んだ「本番」の感動は忘れることができません。電源を入れて待つこと10秒、初めて聞く「ザーッ」と言う音・・・電波を捉えている音です!心臓が飛び出そうです。ゆっくりバリコンを回します。「相川では東北東の風、風力3、晴れ、1013ミリバール・・・」NHKの天気予報です。電気が走るような感動です。ゆったりした口調が神の声のように聞こえます。更につまみを回します。驚くほど大きな声で始めて聞く言葉です。「朝鮮放送だよ!」いつの間にかあの「ひねくれ者」がいます。なぜか泣いているように見えたのは気のせいだったのでしょうか。最も濃厚な記憶のひとつです。