日本の浪人が見た1893年の朝鮮の風景~『朝鮮雑記』本間久介著、初の完訳

2008年06月13日 | 支那朝鮮関連
【書籍】 日本の浪人が見た1893年の朝鮮の風景~『朝鮮雑記』本間久介著、初の完訳[06/16]
http://news24.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1213710884/-100

韓半島(朝鮮半島)を舞台に清国と日本が衝突した日清戦争の機運が熟した1894年7月1日、日本では「朝鮮雑記」という本が出た。作者は如囚居士という筆名を使った本間久介(1869-1919)。天佑侠という右翼団体会員であると同時に、後にその機関紙、二六新報特派員を歴任した本間は1893年、初めて朝鮮を訪れた。

釜山に滞在してから京城(ソウル)に移り、南大門近隣の薬屋を拠点に薬売りを装いながら京畿道、黄海道と京畿道及び忠清道一帯を探った後、東京に帰ってその旅行記を1894年4月17日付けから6月16日付けまで二六新報に連載した。朝鮮雑記はまさにこの続物を154編に整理した単行本だった。

彼はどうしてこの時、朝鮮を訪れたのだろうか?1893年春の東学百姓軍一揆が決定的な契機になったと本間自ら言う。すなわち、朝鮮が知る必要性から朝鮮を訪れたというのだ。漢陽大韓国学研究所教授ながら韓国近代史専攻であるチェ・ヒェジュ博士は当時、朝鮮の事情と風俗全般を日本人の目で眺めたこの朝鮮雑記を通じて「1868年の明治維新以後、文明開化を成した文明国日本が他者の目で'未開化'の朝鮮を眺めると、'野蛮と文明'の交差点が読めるようになる」と言う。

それでは、そんな症状が朝鮮雑記では具体的にどのように表現されていようか?チェ博士は朝鮮雑記全編を通じて朝鮮と朝鮮人は「純粋、無事泰平であるとともに不潔、懶怠、腐敗」などの姿で登場すると言う。本間が「奇妙な風俗」と思ったことの一つが早婚。早ければ12~13歳にしかならない男の子が、20歳ほどの女性と結婚する事が朝鮮では決して変な事ではない、と「幼い男女が何をするのか?朝鮮の人口が毎年減少するわけは、ここにある」と言う分析を添えている。

また、銅貨である孔方銭の他に通貨がない朝鮮人たちに紙幤を見せたが、その効用性を全く理解できずに、どうのこうの評する姿を"まるで盲人が象を評することと似ている"と比喩している。本間は朝鮮のお風呂文化を伝えながら、朝鮮の不潔さを強調した。冬季に黄海道海州に行ってから一ヶ月間もお風呂に入れず、客舎の大家の案内で訪れた風呂場の風景を朝鮮雑記は地獄に比べた。風呂場と言う所で会った10人ほどになる朝鮮人を「みな肉がなくて、この世の人には見えない」と言う描写と共におもしろいことに、当時の朝鮮の風呂場が「屋上に火を起こして家の下へ熱を抜く」やり方だったと紹介した。

本間は日本がどうすれば朝鮮に対する清国の野心を挫いて優位にたてるか露骨に表現した。例えば、このためには何より朝鮮に日本人がたくさん進出しなければならない、と主張する。釜山には清国人より日本人が多いが、他の地域、例えば京城には日本人が法外に足りない、と指摘しながら「居留地人民の多寡は何よりその勢力の強弱に影響を及ぼす」と言い「もし一瞬にして風雲の変異こちら(京城)で起きれば、誰が漢江を挟み韓山を横に残してこの天が与えた形勝を占めるのか」と慷概した。

こんな政治色の濃い言葉の他にも朝鮮雑記はわずか1世紀前、朝鮮の風景をパノラマのように広げてる記述が多い。日傘の代わりに傘を差して意気揚々の朝鮮人が登場するうえ、冠も脱がずに争う場面、寺小屋で子供達が声を出しながら本を読む風景、塩を宝物のように思う人々、男色と娼妓に関する証言も見える。この朝鮮雑記がチェ博士によって韓国で初めて完訳された。

ソース:毎日経済(韓国語)[日本浪人が見た1893年朝鮮の風景]
http://news.mk.co.kr/newsRead.php?sc=30000023&cm=%EB%AC%B8%ED%99%94%C2%B7%EC%97%B0%EC%98%88
%20%EC%A3%BC%EC%9A%94%EA%B8%B0%EC%82%AC&year=2008&no=380014&selFlag=&relatedcode=&wonNo=&sI
D=300

朝鮮雑記
http://kindai.ndl.go.jp/BIImgFrame.php?JP_NUM=40010293&VOL_NUM=00000&KOMA=1&ITYPE=0



イザベラ・バード 93-94頁 南漢江(なむはんがん)旅行に際して
http://www5b.biglobe.ne.jp/~korea-su/korea-su/jkorea/nikkan/heigouji-chousen.html
「通貨に関する問題は、当時朝鮮国内を旅行するものを例外なく悩ませ、旅程を大きく左右した。日本の円や銭はソウルと条約港でしか通用しない。銀行や両替商は旅行先のどこにも一軒としてなく、しかも受け取って貰える貨幣は、当時公称3200枚で1ドルに相当する穴あき銭以外になかった。この貨幣は数百枚単位で縄に通してあり、数えるのも運ぶのも厄介だったが、なければないで又それも厄介なのである。 00円分の穴あき銭を運ぶのに6人の男か、朝鮮馬1頭がいる。たった10ポンドなのにである。」

1904年、150ドル分を銅銭に両替して呆然とするアメリカ人
http://www.enjoykorea.jp/tbbs/read.php?board_id=thistory&page=28&nid=1907242&start_range=1905112&end_range=1907479


イザベラ・バード 朝鮮紀行 152P

結婚は父親どうしで決め、それが当然のこととして了承される。息子が二一歳になってもまだ独身でいれば、父親は怠慢だという評判がたつ。 一般に一七、八歳が男子の結婚年齢である。
女の子は両親が「良縁」をのがしてしまいそうだと考えた場合、まだほんの子供の年齢で結婚式を挙げることがあるものの、 一六歳になるまでは妻としての務めを果たさなくてよい。
一方、両親がなにかの事情で早く息子に妻をめとらせて望ましい婚姻関係を得たいと考えた場合、一〇歳や一二歳の男の子が結婚することはざらにあり、黄色の帽子にピンクとブルーの上衣を着ておとなぶろうとしている男の子の姿が都会の光景のなかに見られる。



朝鮮通信使、金仁謙の著書『日東壮遊歌』

●1764年1月22日 大阪
100万軒はあると思われる家の全ては「瓦の屋根」だ。凄い。
大阪の富豪の家は「朝鮮の最大の豪邸」の10倍以上の広さで、
銅の屋根で、黄金の内装である。 この贅沢さは異常だ。
都市の大きさは約40kmもあり、その全てが繁栄している。信じられない。
中国の伝説に出てくる楽園とは、本当は大阪の事だった。
世界に、このように素晴らしい都市が他にあるとは思えない。
ソウルの繁華街の10000倍の発展だ。
北京を見た通訳が通信使にいるが、「北京の繁栄も大阪には負ける」
と言っている。
穢れた愚かな血を持つ、獣のような人間が中国の周の時代に、この土地にやってきた。
そして2000年の間、平和に繁栄し、一つの姓(つまり天皇家)を存続させている。
嘆かわしく、恨めしい。

●1764年1月28日 京都
街の繁栄では大阪には及ばない。
しかし倭王(天皇)が住む都であり、とても贅沢な都市だ。
山の姿は勇壮、川は平野を巡って流れ、肥沃な農地が無限に広がっている。
この豊かな楽園を倭人が所有しているのだ。
悔しい。 「帝」や「天皇」を自称し、子や孫にまで伝えられるのだ。
悔しい。 この犬のような倭人を全て掃討したい。
この土地を朝鮮の領土にして、朝鮮王の徳で礼節の国にしたい。

●1764年2月3日 名古屋
街の繁栄、美しさは大阪と同じだ。 凄い。
自然の美しさ、人口の多さ、土地の豊かさ、家屋の贅沢さ…この旅で最高だ。
中原(中国の中心地)にも無い風景だ。
朝鮮の都も立派だが、名古屋と比べると、とても寂しい。
人々の美しさも最高だ。
特に女性が美しい。 美しすぎる。 あれが人間だろうか?
「楊貴妃が最高の美人だ」と言われているが、名古屋の女性と比べれば、
美しさを失うだろう。
(帰路にて)
名古屋の美人が道を歩く我々を見ている。
我々の一員は、名古屋の美人を一人も見逃さないように、
頭を左右に必死に動かしている。

●1764年2月16日 江戸(東京)
左側には家が連なり、右側には海が広がっている。
山は全く見えず、肥沃な土地が無限に広がっている。
楼閣や屋敷の贅沢さ、、人々の賑わい、男女の華やかさ、城壁の美しさ、橋や船…。
全てが大阪や京都より三倍は優っている。
この素晴らしさを文章で表現する事は、私の才能では不可能だ。
女性の美しさと華やかさは名古屋と同じだ。




部屋に「しびん」がある朝鮮は未開の国?
【新刊】本間九介著 チェ・ヘジュ訳『日本人の朝鮮偵察録 朝鮮を知る』(キムヨン社)

1893年に釜山に潜入し、行商をしながら朝鮮を探った日本人・本間九介が、壮士集団「天佑侠」の機関紙「二六新報」に1894年4月から6月まで連載した文を、日清戦争発生当時に本にまとめたもの。 「1万冊の本を読んだエリート」と伝えられている著者は、後に韓国統監府や朝鮮総督府でも働いた。

著者の目に映った朝鮮は、衰亡の道をたどる未開の国だった。本間は「朝鮮人は室内に“尿綱(しびん・小便つぼ)”を置きながら、無心に過ごせるほど不潔だ」と書いた。 また本間は、日本人住居地を歩き回り、日本語で客をつかもうとする朝鮮の人々の姿を描写し、「『ローマ帝国衰亡史』の著者、エドワード・ギボンが朝鮮を見たら、自信を持って『朝鮮衰亡史』を書いただろう」とも述べている。

さらに、本間は「日本の商家の女たちが言葉を学び、朝鮮の女や子供に接近すれば、彼らの好みに合う品物を供給し、輸出を増やせるだろう」と書いた。 この文からは、1868年の明治維新で近代化に成功した日本の優越感あふれる視線や、不気味さを感じさせる。

http://www.chosunonline.com/article/20080622000003

42 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2008/06/22(日) 23:32:31 ID:GX3sBbV7
『朝鮮紀行―英国婦人の見た李朝末期』 イザベラ・L. バード 

英国人女性旅行家 バードが朝鮮を訪れたのは、1894年(62歳)の時である。 以後3年余、バードは4度にわたり朝鮮各地を旅した。
「朝鮮紀行」("Korea and Her Neighbours")に書かれている李朝末期(約100年前)の朝鮮の姿は凄まじい。
http://f17.aaa.livedoor.jp/~kasiwa/korea/photo/image/0003.jpg (1897年南大門前)
 「都会であり首都であるにしては、そのお粗末さはじつに形容しがたい。 礼節上二階建ての家は建てられず、したがって推定25万人の住民は主に迷路のような道の「地べた」で暮らしている。路地の多くは荷物を積んだ牛同士が擦れ違えず、荷牛と人間ならかろうじて擦れ違える程度の幅しかない。 おまけに、その幅は家々から出た糞、尿の汚物を受ける穴か溝で狭められている。
酷い悪臭のするその穴や溝の横に好んで集まるのが、土ぼこりにまみれた半裸の子供たちと疥癬もちでかすみ目の大きな犬で、犬は汚物の中で転げまわったり、日向でまばたきしている。ソウルの景色のひとつは小川というか下水というか水路である。蓋のない広い水路を黒くよどんだ水がかつては砂利だった川床に 堆積した排泄物や塵の間を悪臭を漂わせながらゆっくりと流れていく。
水ならぬ混合物を手桶にくんだり、小川ならぬ水たまりで洗濯している女達の姿。Seoulには芸術品がまったくなく、公園もなければ見るべき催し物も劇場もない。 他の都会ならある魅力がSeoulにはことごとく欠けている。古い都ではあるものの、旧跡も図書館も文献もなく、宗教にはおよそ無関心だったため寺院もない。結果として清国や日本のどんなみすぼらしい町にでもある堂々とした宗教建築物の与える迫力がここにはなにもない。」







在韓外国人「日本や香港はすごく楽」
【特集】外国人が暮らしにくい国・韓国

先月27日、ソウル市竜山区の銀行窓口を訪れ、クレジットカード発行について相談するマリア・チジェフスカさん(27)は韓国に住んで4年目のウクライナ人。窓口担当職員は「正直言って、外国人が来ると言葉もあまり通じないし、発行基準が厳しいので“できません”と追い返してしまう」と語った。/写真=イ・ミョンウォン記者

 韓国は今も閉ざされた国なのだろうか。韓国はこの十数年間、「国際化だけが生き残りの道」として「グローバルコリア」をスローガンに掲げてきた。韓国に住む外国人の数も昨年100万人を突破した。しかし、韓国で生活したことのある外国人たちは「シンガポールや日本に比べると、韓国はまだまだ」と口をそろえる。「韓国ではコミュニケーションはもちろん、道を尋ねたり、クレジットカードを使ったり、インターネットを利用したりといった生活上の基本的なことでも不便なことが多く、外国人に気配りする意識や文化も不十分」だという。本紙取材チームは、韓国に在住する外国人約50人にインタビューを行い、彼らが経験した不便さや、韓国への注文を聞いた。

 ソウルに住むカナダ人英会話講師のジョン・ゼロさん(25)は携帯電話のことでいつも不安を感じている。十分に充電できていても、携帯電話が突然使えなくなり、代理店に駆け込んだことは1回や2回ではない。ゼロさんの携帯電話はあらかじめ支払った金額分だけ使用できる「プリペイド式」だからだ。韓国に住む外国人が便利な後払い式の携帯電話サービスに加入するのは難しい。外国人が料金を支払わずに海外に逃げてしまうことを疑う通信会社の「気遣い」があるからだ。

 プリペイド式携帯電話の不便さに耐えかねた米国人大学院生、ジェフリー・スピエルソンさん(29)は韓国人の友達名義で後払い制の携帯電話を契約、毎月友達に通話料を渡している。スピエルソンさんは「香港と日本に半年ずつ住んだことがあるが、どちらも自分の名義で携帯電話を作るのに何の問題もなかった。どうして韓国では外国人を信じないのだろう」と話す。

◆「韓国は外国人が自分の名前で暮らせない国」 

 外国人が韓国に住んでいて最も困るのが「自分が、自分自身として生活できない」ということだ。「金融・インターネット・通信など、生活の基本となるサービス分野で外国人が自分の名義を使うのは非常に難しい」と訴える。コンフェリー(外資系ヘッドハンティング会社)ソウル支社のジョナサン・ホームズ支社長は「世界11位の経済力を持つ韓国が、中国の上海やタイのバンコクよりも外国人にとって不便なのか、到底理解できない」という。

 PR会社プレーンのマイケル・ジェームズ・ベースバート副社長(36)の日常生活は、ほとんどが「うそ」で塗り固められている。携帯電話の名義も、クレジットカードの名義も韓国人の妻のものを使っている。ポータルサイト「ネイバー」と「ダウム」にID登録しているが、これもすべて妻の名義だ。ベースバート副社長は「外国人のわたしが韓国で自分の名前で暮らそうとすれば、あまりにも多くの時間やお金、書類が必要だから」と説明した。

 台湾人留学生のリ・サンウィアンさん(23)は音楽サイトでK-POPをダウンロードするたびに、韓国人の友達に携帯電話の少額決済をお願いする。韓国の歌を3‐4曲ダウンロードするのにかかる費用1000‐2000ウォン(約113‐226円)を振り込むためにいちいち銀行に行く不便さを解消するため、友達に頼んでいるのだ。

◆外国人の手間は2・3倍  

 韓国に住む外国人はほとんどが韓国政府の発行する外国人登録証と登録番号を持っているが、実生活ではあまり役に立たない。このため、映画・列車のチケット予約、ネット決済などができず、韓国人より2・3倍も手間がかかるケースが多い。

 日本人でJSRマイクロ・コリア営業チーム長のワカバヤシ・ゲンゴさん(41)は昨年7月、家族と共にソウル市江南高速ターミナル近くの映画館に行ったが、4時間以上待たされ、やっとのことで映画『ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団』を見た。インターネットで映画のチケットが予約できていれば、そんな苦労はしなかったはずだ。ワカバヤシさんはCGVやシティー劇場など、複数の映画館のインターネット会員になろうとしたが、外国人登録番号では加入できなかったり、映画館側がさまざまな書類を出すよう求めてきたため、だめだった。

 SGSコリア社員で4年前に韓国に来たウクライナ人のマリア・チジェフスカさん(27)も先日、インターネット通販サイト「インターパーク」でお気に入りのスカートを買おうとしたが、時間をムダにした末、とうとうあきらめてしまった。同サイトの「外国人会員加入」欄の指示通りに名前や外国人登録番号を入力したが、最後に出たのは「実名確認できません」というエラーメッセージだけ。韓国生活3年目の米国人、マイケル・ラルフ・ブラントリーさん(42)=韓国外国語大学教授=は2006年のクリスマス休暇に帰国するため飛行機のチケットを買おうとリュックサックに現金350万ウォン(約40万円)を入れ、航空会社のオフィスを尋ねた。スリにでも会いはしないかと心配でたまらず、ずっとリュックを胸に抱えていたという。こんな苦労をするのも、クレジットカードが作れなかったためだ。

◆外国人に対する基準もなし 

 「インターネット大国」と呼ばれる韓国だが、外国人はインターネットのせいで頭を抱えている。

 インターネットサイトのID登録は外国人の加入をいろいろと制限し、統一された基準すらない。ネットで外国人の実名確認ができるよう、出入国管理事務所が04年7月から情報を提供しているが、サイトごとに条件が違う。ネイバーやEmpasなどでは、出入国管理事務所に登録されている外国人の実名が確認できる。だが、サイワールドやCGVなどでは外国人登録証のコピーをFAXで送らなければならない。しかし、ネットで登録可能だというネイバーも、実際に登録手続きをしてみると、エラーが度々発生する。

 銀行サービスも同じだ。外国人に対しクレジットカードを発行する条件は、同じ銀行内でも支店やコールセンター職員の対応によって違う。国民銀行コールセンターのある職員は「教授のビザで保証人がいなければ年収5000万ウォン(約560万円)以上であることを証明しなければなりません」と言うのに対し、別の職員は「教授のビザなら年収の証明は必要ありません」と答えた。ソウル市衿川区にあるウリ銀行A支店では「外国人は連帯保証人がいなければクレジットカードは作れません」とはっきり言ったが、ソウル市東大門区のウリ銀行B支店では「年収3000万ウォン(約340万円)以上で大企業社員や公務員なら保証人がいなくても大丈夫です」と言う。日本で3年間暮らした後、2年前に韓国に来たカナダ人のライアン・ベトキンさん(32)=大学英語講師=は「韓国はグローバルスタンダード(国際基準)どころか、コリアンスタンダード(韓国の基準)すらきちんとしていないようだ」と呆れ顔だった。

アジアのほかの国はほとんど制約なし 

 アジアのさまざまな国で働いている外国人たちは「韓国で暮らした後に日本や香港へ行くと、とても便利で楽に感じる」と話す。

 日本では外国人登録証さえあれば携帯電話や国民健康保険にすぐ加入でき、条件やメリットも日本人とまったく同じだ。「ライブドア」(www.livedoor.com)などほとんどのポータルサイトは外国人が加入するときも外国人登録番号を知らせる必要はなく、名前や住所など、基本的な事項を書き込むだけでいい。

 香港では保証人や保証金がなくても外国人が携帯電話を契約したり、クレジットカードを作ったりするのにさほど制約はない。香港上海銀行(HSBC)、スタンダード・チャータード・バンク、恒生銀行といった主な銀行はどこも、外国人が口座を作って3カ月後にはクレジットカードが作れるようになっている。これは香港人とまったく同じだ。住宅ローンを申し込むときも、香港人と同じく給与明細など自身の所得信用度だけを証明すればいい。

 シンガポールはさらに外国人に対しオープンだ。シンガポール国際商工会議所のフィリップ・オーバーマイヤー議長は、「“シンガポールで外国人がシンガポール人と同じでないのは投票だけ”という言葉があるほど、外国人が不便さを感じることはない」と話す。雇用ビザがある外国人は、携帯電話もクレジットカードもシンガポール人と差別されることなく加入・利用できる。また、雇用ビザと銀行口座がある外国人なら、現地人とまったく同じ条件で銀行融資が受けられる。家を買うときも、外国人は住宅価格の70?80%までローンが組める。インターネット・バンキングで公共料金の支払いや送金ができるのも、外国人がシンガポールで味わえる便利さの一つだ。

http://www.chosunonline.com/article/20080309000010


日本人ジャーナリスト、伊藤順子さん「ハーレムより怖い韓国」







【韓国】死んだミンク鯨が網に掛かった(群山)[05/15]
http://news24.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1213514571/l50
(写真)
http://imgnews.naver.com/image/003/2008/06/15/NISI20080615_0006994939_web.jpg
http://imgnews.naver.com/image/003/2008/06/15/NISI20080615_0006994942_web.jpg

15日の午前2時30分頃、全南(チョンナム)・群山市(クンサンシ)沃島面(オクドミョン)ヨン島の北西9kmの海上で、忠南(チュンナム)舒川郡(ソチョングン)船籍の漁船H号(7.31?)が、仕掛けていた網にミンク鯨一頭が掛かって死んでいるのを船長のコ某さん(43歳)が発見、通報して来たと群山海洋警察は明らかにした。

コさんは、「前日に設置していた網を引き上げる途中、全長5m、胴回り2.2m、重さ1?のミンク鯨一頭が死んで掛かっていた」と語った。

群山海洋警察はこの鯨を調査した結果、銛(もり)等よる傷などの不法捕獲跡が無く、 コさんに引き渡した。

ソース:NAVER/群山=ニューシス(韓国語)
http://news.naver.com/main/read.nhn?mode=LSD&mid=sec&sid1=102&oid=003&aid=0002141720

『海のLotto』~死んだミンク鯨をまたまた発見ーなぜ韓国だけ クジラがこんなに漁網にかかるのか


この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 前の記事へ | トップ | 「中国共産党員が投票してい... »
最新の画像もっと見る

支那朝鮮関連」カテゴリの最新記事